十五話
「さて、と……ファイー、そろそろ行くぞー!」
「コジョー?」
ファイは陽気に三人の方へと駆けてきた。
「……あれ、ヴァインとチョロネコは?」
先ほどのようにファイが連れてくると思っていたスバルは首をかしげた。ファイが広場の方を指す。
そこには、気持ちよさそうに仲良く寝ているヴァインとチョロネコがいた。
「寝ちゃったんだね」
「だな。……今更だけど、ミコトもチェレンもなんでカラクサなんかにいるんだ? カノコからここまでは草むらだってあるのに」
「ああ、そのことなら」
チェレンはポケットの中から、ポケモン図鑑を取り出した。
「アララギ博士に頼まれたんです、図鑑のデータ集め。それでポケモンをいただいて……」
「ふーん、アララギ博士がね……持ってたんだ」
そう言ってスバルはなにか考え事を始めた。
「……スバルさん、どうしたのか?」
「さあね。でも、こういうときは放っておいたほうがいいよ。姉さん、邪魔されるとすごい形相で怒鳴るから」
ミコトも以前、怒鳴られたことがあった。かなり前のことになるが、覚えている。
「ま、いいか。それじゃ、僕は先に行くよ。次の街……サンヨウシティのジムリーダーと早く戦いたいんだ」
チェレンは腕時計を見た。もう太陽は真上に来ていた。
「きみもジムリーダーと戦ったらどう? トレーナーが強くなるには各地にいるジムリーダーと勝負するのが一番だからね」
「いや、でもボクはそんなに強さにこだわってるわけじゃないし……」
「それじゃあね」
そう言ってさっさと行ってしまった。
「チェレン、何目指してんだ?」
スバルはチェレンの後ろ姿を見ながら、ミコトに尋ねる。
「ポケモンチャンピオンだって」
「ふーん。随分でっかいこと考えてんな。チャンピオンになったところで何かがあるわけじゃねーっつーのに」
「…………」
Nは何かを思いつめているようだった。
「ん、どうしたN」
それに気付き、話しかけるスバル。
Nは口を開く。
「……ボクはチャンピオンを超える」
「へ? ってことは、目標はチェレンと同じか?」
「違う。ボクはチャンピオンになりたいんじゃない。チャンピオンを超えたい」
「どっちも同じだろ。現チャンピオンを超えればチャンピオンになれるんだし」
「
全然違う!」
Nは何かを訴えるように叫んだ。
「お、おい……」
「……ごめん、スバル」
「い、いや、こっちこそ……悪かったな」
スバルもNも気まずそうにしている。
「……それじゃあたし、ちょっと急ぎ用があるから。またな! 行くぞファイ」
「コジョ!?」
「え、ちょっと待っ」
スバルは走り去っていった(ファイはそれについていった)。
Nとミコトだけが、ここに取り残されていた。
「……えっと、なんか姉さんがごめんなさい」
「気にすることないよ。スバルだって悪気があったわけじゃないし、そもそもミコトは関係ないから」
そう言ってNは広場の方で眠っているチョロネコにそっと近づいた。
「…………ミコト」
「何ですか?」
「これからキミはどうするの? チェレンが言ったみたいに、ポケモンジムに挑戦するの?」
――そうだった。全く考えていない。
ミコトはなんて返事しようか迷った。そして、ひとつの結論に至る。
「ヴァイン次第、と思います」
「決定権はヴァインにあるのか?」
「ボクが全部決めてしまったら、旅に新鮮味がないんじゃないかなって」
今思いついたことだが、本気でそうしようと思っている。
「ヴァインは今、昼寝をしてる。昼寝の邪魔をしてまで旅を進める気は、まったくありません」
「そうか」
Nはしゃがんで、チョロネコの寝顔を見た。すごく気持ちが良さそうだ。
「Nさんは?」
「……あまり、考えてない。チャンピオンを超えるという漠然とした目標はあるけれど、それまでどうするのかなんて」
「そうですか」
ミコトはヴァインの近くに座る。
「じゃあしばらく、ここでお昼寝しませんか? 急ぎでもないでしょう」
「正直、急いでるんだ。ゆっくりしている時間はあまりない」
Nはチョロネコを起こさないよう、優しく抱え上げた。
「それじゃあミコト、またどこかで」
そう言って去っていく後ろ姿を、ミコトはただただ見ていた。
* * *
数時間後。
「タジャぁ……」
大きなあくびとともに、ヴァインは目を覚ました。となりでは、ミコトが寄り添って眠っている。
「タジャ、タージャ」
ヴァインはミコトをゆさぶった。
「……ぅん? ヴァイン、おはよ……よく眠れた?」
「タジャっ!」
「そっか、それはよかった。……ふあ〜あ」
ミコトも熟睡していたようだ。
「やっぱり春はいいね。暑くないし、寒くもないし、芝生は気持ちがいいし」
体を起こすミコト。
「ヴァイン、これからどうしよう。姉さんは用事があるみたいで先にどっか行っちゃったし、NさんはNさんでチョロネコを抱えて2番道路の方に行ったみたいだし、チェレンはポケモンジムに挑戦したくてサンヨウシティの方に行っちゃったし」
「タジャ」
ヴァインはミコトの肩に乗った。
「タジャタージャ!」
「……もしかして、ボクに任せるって言ってるの?」
頷くヴァイン。
「いいの? それで」
もう一度頷く。
「……わかった、ボクが考える」
ようやく決心がついたようだ。
「……でも今日は、ポケモンセンターに泊まっていこうよ。昼寝してたらこんな時間だし」
時刻は十六時。日も沈もうとしていた。ヴァインは頷く。
「結構寝ちゃったね」
「タジャ」
旅はまだ、始まったばかりだ。