十四話
ヴァインとチョロネコの喧嘩が収まったのは、それからしばらくしてだった。
「ところで、ヴァインに話って……」
「ああ、それか」
ひっかき傷だらけのヴァインと打撲のあとだらけのチョロネコにオボンの実を渡しながら、ミコトはNに尋ねる。喧嘩がバトルに発展していたようだ。
「それならもういいんだ」
「いいんですか?」
「おもしろい答えが聞けたから」
ミコトもヴァインも首をかしげた。
「質問もしていないのに、答えが聞けたんですか?」
「タジャ?」
「まあ」
Nは目を逸らす。
「ボクには納得し難いけど」
――どんな答えなんだろう。聞いてみたくはあったが、聞くと怒られそうな気がした。
「ボクはね、ミコト」
Nは目線を戻した。
「モンスターボールに閉じ込められている限り、ポケモンは完璧な存在にはなれない。ボクはポケモンというトモダチのため、世界を変えねばならない……そう思っているんだ」
そう言ってしゃがむと、ヴァインの頭を撫でた。
「ニンゲンにとって、モンスターボールは便利な道具だ。だけどポケモンにとっては、拘束する悲しい道具だ。だったら、ないほうがいい……」
「タジャ〜♪」
ヴァインは気持ちよさそうにしている。撫でられるのは好きなようだ。
「……ミコトは、どう思う? モンスターボールは必要だと思う?」
「え、ボク?」
話を聞き流していたわけではないが、まさか意見を言うことになるとは思っていなかった。
「そうだなあ……」
少し考えるミコト。
「モンスターボールがなくても、ポケモンと仲良くなることはできる。トウヤや姉さんがそうだった」
そしてカバンから、ヴァインのボールを出した。 Present box から出してずっと、ボールに戻していない。
「もしかしたら、必要ない道具かもしれない」
ボールからヴァインに目を移す。
「だけど……もしもですよ。そのポケモンが危険な状態に晒されているとしたら。だったら、モンスターボールに身を隠すことができるんじゃないかな」
ヴァインはそんなことないだろうけど、といってボールをカバンに戻す。
「体が大きいポケモンなんかとくに。そう、伝説のポケモンなんか……」
「……どうしてそこで伝説のポケモンがでてきたの?」
「なんとなく。姉さ――」
――姉さんがなんか『伝説のポケモンが〜』とか言ってたし。
言葉に出さずに飲み込んだ。
「――いや、なんでもないです」
「人の名前だそうとして『なんでもないです』って、そりゃねーんじゃね?」
後ろの方から、突然声が聞こえた。
「……は?」
この声にはよく聞き覚えがある。
「……なんでここにいるの、姉さん」
ご本人の登場だ。
「えっとな? 久しぶりにイッシュに戻ってきてー、博士に挨拶しようと思ったらカラクサに行ったって聞いたからここまできてー、そしたらなんか話し声が聞こえたんで気になって近づいてみたらお前が『姉さん』っていいかけてた」
彼女こそが Subal=Carvonado 。ホウエンリーグ準優勝者であり、ミコトの
実姉だ。つい先日あったときよりも、少しだけ髪が伸びている気がした。一年前からしたら随分伸びている。
「ミコトの姉?」
Nは立ち上がる。ヴァインは名残惜しそうな目をしていた。
「あ、はい。ボクの姉さんで、スバルっていうんです。で、こちらNさん。ポケモンと話せるんだって」
「はじめまして」
「こちらこそはじめましてー。へぇ、トウヤだけじゃねーんだな」
スバルはNに軽くお辞儀をしてから、
「……あ、チェレンいたのか」
チェレンに気がついた。
「流石に酷くないですか」
気づかれなくても無理はない、二人の話についていけていなかったのだから。
「さっきから『トウヤ』って、誰のこと?」
Nが尋ねた。
「ボクらの
義弟です」
「ヤグルマの森でさまよってたところを見っけたんだっけ?」
まるで野生ポケモンのような扱いだが、事実である。
「Nさんと同じで、ポケモンと話ができるんです。ね、ヴァイン」
「タジャ」
ヴァインは頷いた。実際に話をしたのだから立派な証人だ。
「あれ、ツタージャじゃん。ヴァインっていうのか、よろしくな〜」
スバルがしゃがんで、ヴァインの頭を撫でる。
「タージャ♪」
やっぱり撫でられるのが好きなようだ。
「人懐っこいな」
「みたいだよ。人間に触られてもちっとも嫌な顔しないんだ」
「そっかそっかー。おりゃっ」
「タジャっ!?」
スバルはヴァインの脇腹をつつく。するとヴァインはくすぐったそうに身をくねらせた。
「へっへー。あたしの勝ちー!」
「タージャーッ!!」
顔を真っ赤にして恥ずかしそうだ。
「一体なんの勝ち負けなんだ……」
「姉さんはそういう人だから」
「そりゃ知ってるけど……パワーアップしてない?」
「…………そうだね……」
ミコトもチェレンも呆れている。
「チョロ〜?」
「ん、どうしたんだいチョロネコ」 チョロネコはスバルに近づいた。
「おっ、チョロネコじゃん。ちっこいポケモンばっかで可愛いななんか」
じーっとスバルの目を見ている。
「どした?」
スバルもチョロネコの目を見ている。
「……チョロっ♪」
しばらくして、チョロネコはスバルの足に擦り寄った。
「おーよしよし」
そんなチョロネコの頭も撫でる。
「久しぶりにこんな和むなあ……あ、久しぶりといえばミコト」
「へ、何?」
「ミコトも久しぶりだろ? こいつと顔合わせんのは」
スバルはカバンからひとつのモンスターボールを出す。
「こいつにとっちゃ一年ぶりのイッシュだしな。よぉし、羽伸ばしだ!」
そしてボールから、一匹のポケモンをだした。知っているポケモンではあるが、ミコトは図鑑を向ける。
『コジョンド、ぶじゅつポケモン。腕の体毛をムチのように扱う。両腕の攻撃は、目にも止まらぬ速さ』
「コジョ?」
コジョンドはきょとんとしていた。何があったのかわからないといった様子だ。
「タジャ?」
「チョロ?」
ヴァインやチョロネコも見たことのないポケモンを前にきょとんとしている。
「ファイのことだったの?」
「むしろファイ以外に誰がいるってんだ。ファイ、イッシュに帰ってきたぜ! こいつら新しいトモダチだから、仲良くしてやってくれ」
「…………コジョ!」
理解したコジョンド――ファイは、大きく頷いた。
そしてヴァインとチョロネコを抱え上げると、広場に向かった。
「仲、いいんだね。コジョンドと」
ファイの様子をみて、Nはスバルに話しかけた。
「すごく楽しそう」
「まーな、ファイってんだ。タマゴ孵したのがあたしでさ。遊ぶ時も寝るときもずーっと一緒だったんだ。勿論、ホウエンに行く時だって」
スバルはファイのボールをカバンに直す。
「旅に出る前は日が暮れるまで遊んだもんだ」
「母さんにしょっちゅう叱られてたよね」
「それは言うなって」
Nはファイとヴァイン、そしてチョロネコが仲良く遊ぶのを見ながら言った。
「……あのチョロネコ。もともとは違うトレーナーのポケモンだったんだ。けど……捨てられた。散々傷つけられて、こき使われて」
今チョロネコは、心から楽しんでいる。
「だから、ボク以外のニンゲンは、信用してなかった。いつだって敵視してたんだ」
「じゃあさっきのは……」
ミコトは自分の手についた傷を見た。人間を信用していなかったのなら、当然のことだ。
「おいミコトお前、どうしたんだその傷。貸してみ」
「あ、うん」
言われるままに手を差し出すミコト。スバルはカバンから消毒液と脱脂綿、ピンセットを取り出すと、ピンセットで脱脂綿をつかみ、その脱脂綿に消毒液を含ませた。そしてキズに軽く触れる。
「いたたた……」
「我慢しろ」
「そうは言われても、染みるものは染みるよ〜……」
「貧弱だなーお前」
――貧弱とかそういう問題じゃないと思うけど……。
やっぱり口には出さない。
「……よしOK。これで大丈夫だろ」
何回か触れた後、カバンから袋を取り出し、使用済みの脱脂綿を入れる。その後、全部しまった。
「ありがと姉さん」
「礼を言われることはしてねーよ」
「…………」
Nはじっとスバルを見ていた。
「……ん、どしたよ」
「いや、とくには。ただ、チョロネコが初対面にも関わらず懐いてたのがわかったよ」
そう言ってNはスバルの目をしっかりみて言った。
「スバルは優しいんだね」
「へ!?」
驚くスバル。
「……どうしたの?」
「そ、そんな率直に褒められたことなくて、なんか小っ恥ずかしいというか……」
照れているのか頭を掻いている。
「姉さん、なかなか人格について触れてもらえないんだよね。『ポケモンバトルが強い』とか『トレーナー自信運動神経がいい』とか、表面上の評価だけだから」
「うっせ、バトルが強いのはポケモンだっつの。あたしが強いんじゃねえ」
確かに人格については触れられたことないけど、とつぶやくスバル。
ちなみにチェレンは、
「……あのー……」
まだ取り残されていた。