十三話
「今の演説……わしたちはどうすればいいんだ?」
「ポケモンを解放って、そんな話ありえないでしょ!」
野次馬は散らばっていった。
ヴァインは「ようやく広場の方が見れる!」と喜んでいたがいざ野次馬がいなくなると、広場は跡形もなく片付けられていた。落ち込むヴァイン。
「タージャ……」
「し、仕方ないよ……」
ミコトがヴァインを慰めていると、
「そのツタージャ」
突然何者かに話しかけられた。
辺りを見回すと、チェレン以外にも一人だけ残っている少年がいた。さっきの野次馬の中でも浮いていた少年だ。
「今、話していたよね……」
「へ?」
話も突飛すぎてついていけていない。
「……随分と早口なんだな」
まったく話に関係ないチェレンが言い返す。
「それに、ポケモンが話した……だって? おかしなことを言うね。そういうことはトウヤだけで勘弁して欲しいんだが」
「ああ、話しているよ。そうか、キミたちにも聞こえないのか……かわいそうに」
少年はがっかりした様子でヴァインを見ている。当のヴァインはきょとんとしていた。
「ボクの名前はN」
「……僕はチェレン、こちらはミコト」
「こっちはヴァインだよ」
「タジャ!」
ヴァインは元気に返事をした。
「頼まれて、ポケモン図鑑を完成させるための旅に出たところさ。もっとも、僕の最終目標はチャンピオンだけど」
ポケモン図鑑という単語に、Nは反応した。
「ポケモン図鑑、ね……そのために幾多のポケモンを、モンスターボールに閉じ込めるんだ」
今度はミコトが反応する番だった。
「ボクもトレーナーだが、いつも疑問で仕方ない。ポケモンはそれでシアワセなのか……って」
「…………」
ミコトは口を挟む気もなく、黙って聞いている。
つもりだったが、
「そうだね……ミコトだったか」
「へ? は、はいミコトですが」
話を振られてしまい、すっとぼけた返事をしてしまった。
「キミのポケモンの声を、もっと聴かせてもらおう!」
「ヴァインが了承さえすれば。ヴァイン、Nさん、君に話があるって」
「タジャ〜?」
ヴァインは首をかしげる。
「………………………え?」
Nにとっても予想外の返答だったのか、目を点にしている。
「え、だってボクのポケモンの声が聞きたいんだよね? だったら、普通に話をすればいいんじゃないかなって」
「タージャ」
ジト目でミコトを見るヴァイン。明らかに面倒くさそうだ。
「変だとは思わないのか? キミは。ボクがポケモンの声を聞けることに」
「まあ、前例がいるので」
トウヤのことだった。彼もポケモンと会話ができる。
「ポケモンの声が聞けるだなんて羨ましいです」
「…………」
Nはその場につっ立っていた。
「ポケモンの……今だったら、ヴァインの望むことが具体的にわかる。お互いにもどかしい思いをせずに済むでしょ?」
「……キミは変わってるね」
「それはどうも」
変わっている人に変わっていると言われてもあまり嬉しくない。
「……ホントに変わってるよ、ミコト」
「そうかなあ。チェレンは思わないの? ポケモンの話が理解できたらーって」
「まあ確かに、思わなくもないけど。いつその技が最大限の威力を発揮できるか、ばっちり把握できるし」
「バトルのことばっかりだよね、チェレンは」
「目標だから」
――目標。その単語が、ミコトの頭をぐるぐると巡っていた。まだ彼には、目標がない。
迂闊だった。ぼーっとしているうちに、
「タジャっ!?」
ヴァインが驚いたような声をあげた。後ろに飛び退くヴァイン。
「チョロ〜」
いつの間にか、紫色の猫――チョロネコがいた。地面にはひっかいたあとがある。
ミコトはチョロネコに図鑑を向けた。
『チョロネコ、しょうわるポケモン。人のものを遊びで盗む。盗まれた人も、愛くるしい仕草につい許してしまうのだ』
「へえ。確かに可愛いよね」
図鑑の説明を聞き終わってから、ミコトはチョロネコに近づく。頭を撫でようとした。
すると、
「
痛!」
チョロネコは容赦なくミコトの手を引っ掻いた。
すぐに手を引っ込めたので、かすっただけで済んだ。
「い、いきなり何すんのさ!?」
「ごめんね。そのチョロネコはボクのトモダチで……ほら、ちゃんと謝って」
「チョロ?」
「ミコトは悪い人じゃないよ。ヴァイン……ツタージャだって、敵意はまったくない」
「チョーロ?」
「疑り深いなあ……」
Nは困ったように腕を組む。
「タジャタージャっ」
突然襲われたヴァインはご立腹のようだ。
「タジャっ」
「チョロ……チョロチョロ!」
「タージャ!?」
口論になっている。
「ちょ、ヴァイン!? ごめんなさいNさん、なんか喧嘩してるみたいです……」
「ミコトが謝ることじゃないよ。この場合、悪いことをしたのはチョロネコなんだ」
Nは苦笑いをしていた。
ちなみにチェレンは、
「…………」
話についていけていなかった。