十二話
「ヴァイン、これ」
「タジャ?」
ミコトはヴァインに、オボンの実を渡した。
「疲れたでしょ。野生のポケモンがあんなに襲ってくるなんて、思ってもなかったから」
ヴァインはそれを受け取り、口に運ぶ。
ミコトとヴァインがのんびりと1番道路を歩いていると、突然野生ポケモンが草むらから飛び出してきて、ヴァインに襲いかかってきたのだ。仕方がないので倒し、そのあとそのポケモンにオレンの実をあげた。
「さてと……どうしよっか、これから。なんか図鑑のデータを集める気にもならないんだよね」
ぼちぼちとカラクサタウンまでの道を歩く。
カラクサタウンはイッシュ地方の街の中でこそ田舎だが、カノコタウンに比べると随分便利だ。東部にはポケモンセンターが、西部には演説でもできそうな広場があった。
その広場でなにかがあるのか、変な格好をした人達がせかせかと準備をしている。数にしてざっと10〜15人だろう
「……あれ、どこの会社の制服だろうね?」
「タージャ」
あまりにもダサい。ミコトとヴァインの、率直な感想だった。
「演説でもするのかな。あの後ろの人が」
そのダサい格好をした十数人の後ろに、これはまたおかしな格好をした人物がいた。椅子の上で水分補給をしながら指示をしている。随分偉そうだ。
「どうするヴァイン、聞いていく? とくにすることもないし」
「タジャ」
ヴァインは頷いた。
しばらくして、チェレンがポケモンセンターから出てくるのが見えた。
「あ、チェレン」
「ミコト、まだこの街にいたんだ」
「まあね」
何かあるみたいだし、と広場の方に目を向ける。偉そうな人は、既に立っていた。
「ベルは?」
「傷薬とかモンスターボールとか、冒険に必要な物を買いこむってさ」
「女の子は買い物が好きだね。……姉さんはそうでもなかったけど」
「スバルさんは特殊だと思うよ」
「チェレンもそう思う?」
ミコトには、スバルという一つ上の姉がいた。彼女は旅に出る前からポケモンによく懐かれる人だったが、現在どこにいて何をしているかはわからない。
「……どうだろう、僕はスバルさんを超えられるだろうか」
スバルは先日、ホウエン地方のポケモンリーグに出場した。惜しくも敗れたが、それでも準優勝という優秀な結果を残している。
「簡単なんじゃない」
ミコトは、ぶっきらぼうな返事をした。彼は姉の敗因に納得していないのだ。
「もうすぐ始まるみたいだよ。チェレンも聞いていく?」
「そうだね……まだイッシュリーグまでは時間があるから急がなくてもいいし、そうしようかな」
彼らは広場の前に移動した。
* * *
広場の前には野次馬が集まっている。広場では、せかせかと準備をしていた変な十数人が一列に並んでいた。
真ん中の一人が後ろに下がり、道を作る。するとその道を通って、偉そうな人物が前に出てきた。
「みなさん、こんにちは。ワタクシの名前はゲーチス……プラズマ団のゲーチスです」
(プラズマ団……聞いたことある?)
(ないね)
野次馬の最後尾にいる二人には、声しか聞こえなかった。ゲーチスと名乗る男の声は、マイクもないのによく通っていた。
「今日みなさんにお話するのは」
ゲーチスはここで、一度文を切ってから言葉を続けた。
「ポケモン解放についてです」
『えっ?』 『なに?』
野次馬が騒ぎ出す。
――ポケモン解放、ねえ。
ミコトは足元にいるヴァインを見た。前の様子が見えないのがもどかしいのか、ぴょんぴょん跳ねたり足のあいだから見ようとしている。
「われわれ人間は、ポケモンとともに暮らしてきました。お互いを求め合い、必要とし合うパートナー……そう思っておられる方が多いでしょう」
諭すように、ゆっくりと話を続けるゲーチス。
「ですが、本当にそうなのでしょうか?」
声しか聞こえないが、その話の裏には何かがあると、ミコトは直感で思った。
「われわれ人間がそう思い込んでいるだけ……そんな風に、考えたことはありませんか?」
(僕はないけど)
(その前に手持ちポケモンがいなかったよね)
(……それは言わないでほしいな)
チェレンの目が一瞬泳いだ。
「トレーナーは、ポケモンに好き勝手命令している……仕事のパートナーとしてもこき使っている……『そんなことはない』と、誰がはっきりと言い切れるのでしょうか」
『ドキ!』 『わからんよ』
(ボクは言い切れるよ)
(随分な自信だね)
(うん。だって、前例が二人もいるから)
前例……それは姉のスバルと、弟のトウヤのことだった。スバルもトウヤもポケモンに命令してはいないし、こきを使っていたわけではない。行動しようとしたら、いつもポケモンが自ら進んで手伝っていた。だから彼には、自身があった。
「いいですか、みなさん。ポケモンは人間とは異なり、未知の可能性を秘めた行きものなのです。われわれが学ぶべきところを、数多く持つ存在なのです」
それにはミコトも同感だった。確かにと頷いている。
「そんなポケモンたちに対し、ワタクシたち人間がすべきことはなんでしょうか」
『なあに?』 『
解放?』
ゲーチスは野次馬の呟きに食いついた。
「そうです! ポケモンを解放することです!! そうしてこそ人間とポケモンは初めて対等になれるのです!」
この考え方は同意できなかった。
「みなさん。ポケモンと正しく付きあうためにどうすべきか、よく考えてください」
――間違いない、この男の話には絶対裏がある。ミコトは確信した。
「というところでワタクシ、ゲーチスの話を終わらせていただきます。ご清聴感謝します」
そういって一礼すると、ゲーチスは一歩下がった。そして端にいる二人のしたっぱ団員は旗を折りたたむと、持っていた袋に片付けた。
プラズマ団はカラクサタウンから去っていった。