十一話
「なんだろう! ドキドキワクワクしちゃうね!」
「そうだね。さ、博士が待ってる」
「待たせちゃったかなあ」
一歩一歩前へ進んでゆく少年少女たち。その先には、アララギがいた。
「アララギ博士、お待たせしました」
真面目なチェレンが謝罪を述べる。
「そんなことないわよ。……それでは、説明を始めますね!」
アララギは白衣のポケットから、ひとつのモンスターボールを取り出した。
「ポケモンと出会うことで、ポケモン図鑑のページが自動的に埋まっていきます!」
そういってモンスターボールを開く。出てきたのはチンチラポケモンのチラーミィだ。少しの汚れも見逃さず、そして許さない。今も白衣の洗濯やアララギが持っているボール、さらには三人の持ち物の掃除をしたくてそわそわしている。
しかしアララギは、それに気づいていない。
「そしてポケモンを捕まえることで、さらに詳しい情報が得られるようになっているの!」
ミコトは、チラーミィの様子に気付いた。
「あの、博士……」
「ということで。私が実際に、ポケモンを捕まえてみせまーす!」
アララギはミコトの声にも気づかない。研究者はこんなものか、とミコトは密かに落胆した。
彼はチラーミィに図鑑を向ける。こうすることでポケモンの情報を見られるようになっていた。
『チラーミィ、チンチラポケモン』 ちなみに音声付きである。
「あら、早速使ってるの?」
「はい」
勿論そのことも知っていた。
『しっぽでお互いの体を撫でて挨拶。しっぽの手入れを欠かさず、いつもきれいにしている』 説明を聞き、チラーミィがそわそわしている理由がわかると同時に、ミコトは新たな疑問を抱えた。これ以上の情報とはなんなのか、と。この説明はいつでも見ることができる。これだけあれば十分だろう。
「見るだけだったら情報はそれだけ。捕まえたら、そのポケモンのタイプや足跡、それに平均身長や平均体重が加わるのよ」
――そんな情報必要ない。彼の率直な感想だった。あったところで何の約にたつというのだろう。タイプはそのポケモンをよく観察すればわかることだし、身長や体重だって所詮平均。人間と同じで、一匹一匹違うものだ。目安にしかならない。足跡など論外だ。
「どしたのミコト、そんなに怖い顔して」
ベルのこの言葉にミコトははっとした。いつの間にか考え込んでいたようだ。
「な、なんでもないよ。ちょっと考え事してただけ」
「ふーん。それより、博士がポケモン捕獲講座をしてくれてるみたいだよ」
ほら、といってベルは草むらの方を指差した。アララギが草むらに入り、ポケモンを探している。
その様子を見ていたミコトは、
「……いや、いいよ。方法は知ってるから」
こんな返事を返していた。
「そう? ならいいけど」
ベルはチェレンのそばに行った。チェレンも博士と一緒になってポケモンを探しているようだ。
「…………」
ミコトは手の中にあるポケモン図鑑を眺めた。
確かにこれがあるおかげでポケモンと旅ができる。ポケモン図鑑を埋めるという約束で旅に出させてもらっているのだから、それは成し遂げなければならないだろう。
しかし彼には、ポケモン図鑑の完成がそんなに大切なことだと思えなかった。もともと図鑑の中にデータが入っているから向けるだけで情報が出るのだ、完成などさせなくても図鑑のデータをパソコンでひとつひとつ見ていけばいい。ならなぜ、わざわざこうしてデータを集めさせているのだろう。
「――では、私はこの先のカラクサタウンで待ってまーす!」
いつの間にか捕獲講座は終わっていたようだ。アララギは北の方に歩いて行った。
「もちろん二人共わかると思うけど、ポケモンが飛び出してくるのは草むらだよ」
「へぇ、そうなの?」
「「…………」」
ミコトとチェレンは言葉を失った。
「へ、どしたの?」
ベルには理由がわからないようだ。
「い、いやなんでもない。じゃ、僕もカラクサタウンに向かうよ」
チェレンはポカブを抱え上げる。
「うん、賛成! それに隣町まで行かないと、モンスターボールも買えないし」
そういってベルもミジュマルを抱え上げ――ようとしたところで、何か思いついたようだ。
「ちょっと待って! ねえねえ! ミコト、チェレン。あたしいいこと思いついたんだけど」
「さあ、行こうか。博士も待っているだろうし」
「そうだね」
二人とも完全にスルーしようとしていた。
「ちょっとぉ〜〜〜ッ!!」
「……まったく。で、今度はどうしたの? ボクは嫌な予感しかしないんだけど」
「そんなことないもん!」
「だって前例があるし……」
ミコトは自分の部屋を思い出した。
「今度は大丈夫!」
そしてベルは話し始める。
「どれだけポケモンを捕まえたか、みんなで競争しようよ? 博士からもらったポケモンも含めて、たくさんポケモンを連れている人が勝ち、ね」
――ほら、やっぱり当たった。
すぐにパス宣言をしようとしたミコトだったが、
「なるほど、そういうことならおもしろいな。図鑑のメージも埋まるから、博士も喜ぶだろうし……」
「え?」
それよりも先に、チェレンが肯定の意を示した。
「決まりね! あたしとエイウのコンビが一番だもん! いこ、エイウ」
「ミジュ」
「ちょ、ちょっと待っ……」
二人はミコトの話も聞かずに、さっさと行ってしまった。
彼は一人取り残された。
「……おりたかったのになあ」
「タージャ?」
「ま、参加しなきゃいい話だけどね。ボクたちも行こうか。とりあえずカラクサタウンは通らなきゃならないし」
ヴァインは頷いた。
「あとでベルに何か言われそうだよね」
「タジャ……」
* * *
カラクサタウン手前。そこに三人は集まっていた。
「それじゃ、せーので見せあいっこね。せーの!」
三人は一斉に手元にあるボールを出した。
ミコトは参加していないため、ヴァインのボールのみ。ベルはミネズミを捕まえたので、ミジュマル――エイウのボールを合わせて二つ。チェレンはヨーテリーを捕まえたので、ポカブのボールを合わせて二つ。ミコト以外は二匹だ。
「ちょっとミコト、やる気……」
「なかったけど」
「なんでぇっ!?」
「だってしたくなかったし」
「なら言ってくれればよかったのに!」
「言おうとしたけど二人とも先に行っちゃったじゃん」
予想通り、ベルと口論になった。
「まったく……。じゃあ、カラクサタウンに行くよ。博士が待っている」
チェレンは彼らを無視し、カラクサタウンに向かおうとした。
その時、ライブキャスターが鳴った。ミコト含め三人は、ライブキャスターをつなげた。
『ハーイ! みんな元気? そろそろポケモンと仲良くなった頃でしょ!』
ライブキャスター越しにアララギの声が聞こえてくる。
『今、カラクサタウンのポケモンセンターにいるの! 案内してあげるから、みんな早くおいでよ!』
「わかりました、ポケモンセンターですね」
チェレンが確認のため、復唱した。
『オッケイ! それじゃーねー!』
ライブキャスターの通信が切れた。
「……だってさ。じゃ、先に行くよ」
「あ、ボク行かないと思う。一応わかってるから」
「そう? じゃああたし、博士に伝えておくね!」
そう言って二人はカラクサタウンの方に向かっていった。