八話
「申し訳ないけれど、ベルの家まで行ってくれる? きっとまたいつものようにのんびりしているんじゃないかな。本当、マイペースだよね」
「流石に人使いが荒いと思うんだ」
『タジャ』
頷くヴァイン。
アララギポケモン研究所に行ったはいいものの、チェレンのこの一言により、ベルの家に行くことになってしまった。理由は簡単、ベルが来ないからである。
「全く、本当にマイペースなのは誰なんだか……っとぉ、ここだ。危ない危ない、素通りするところだったよ」
ミコトは、とある家の前で歩く足を止めた。ポストには singled ≠フ文字。ベルの Family name だ。
とりあえずノックしようと、ミコトが右手の手の甲側をドアに向け、上げたところで、
「冒険だってできるんだから!」
「ぶっ?!」
『タジャっ?!』
思いっきり扉がミコトの顔にぶつかった。
それに気づかず今の声の主――ベルは、逃げるように走っていく。
「あったたた……今日はこんなのばっかりだよ……」
そしてそれにも気づかずに尻餅をついたままのミコト。
『タージャー?』
「うん、大丈夫だよ。ちょっと鼻が痛いけれど……」
鼻の頭の辺りを擦りながら、ミコトは立ち上がる。
『タジャ、タジャタジャー』
「ボクはトウヤじゃないからわかんないよ……」
『タジャぁ……』
頬を膨らませる姿が微笑ましい。
「今のはベルなのかな……?」
閉じた扉を見ながら呟くミコト。
「……まあ、あのお父さんだしなぁ……」
あのお父さんとは、ベルの父のことである。
ベルの父は酷い子煩悩で、カノコタウンの外に出ることも許さないような人物だ。旅に出るなどと言う話を聞いて、発狂しない訳がなかった。それでベルは飛び出していったのだろう。
「……とりあえず、ボクも行こうっと」
ミコトは砂をはたき、ヴァインを抱えあげた。彼の役目はベルを呼ぶこと。そのベル自身が飛び出していったのだから(行き先は研究所だと推定している)、もうここに用はない。
「待たせちゃ悪いしね」
『タジャ』
足早にアララギポケモン研究所へと向かう。
* * *
「遅いよ」
チェレンと目が合うなり怒られた。
「人を使ったのは誰だか」
それに反抗するかのように言い返すミコト。
「2人とも、そんなにピリピリしないで」
ベルはこのような場面が滅法苦手である。
「「誰の所為でこうなってんだろうね、ベル?」」
「う……」
しかし、これも事実。言葉に詰まるベル。
「……そーれーよーりっ。ね、中に入ろう」
こんな感じの無理矢理の話題転換も、いつものことだった。
「……まあ、そうだね」
「……うん、博士も待ってるだろうし」
そして、こうやって言いくるめられるのもいつものことだ。
「じゃ、入ろうか」
チェレンは、真っ先に扉の奥へと消えていった。ミコトがそれに続こうとしたとき、
「あっ、ミコト」
「何?」
ベルに呼び止められた。
「さっきのことなんだけど……」
(あれ、ミコトでしょ? 私の所為で Door に顔ぶつけちゃったの)
チェレンに聞かれないよう、小声で話すベル。気づいていないと思っていたが、一応ベルも気づいていたようだ。
(まあ……ね)
(あのさ、ごめんね? いっつもいっつも)
(いや、いいよ。もう慣れたし……)
いつものことだった。ミコトがあんな目に逢うのも。
(それと……)
(ん?)
本当に誰にも聞かれたくないのか、ぐんっとミコトに近づいて、ベルはこう囁いた。
(…………さっきのは秘密だよ)
さっきの、とは、多分顔をぶつけさせてしまったことだろう。チェレンにバレればまた説教タイムが始まると思ったのだろうか。
( OK 。秘密だね)
(うん。秘密だよ)
サッと後ろに引いてミコトから離れるベル。
「それじゃ、私たちも入ろ」
ベルに促され、ミコトも頷いてから研究所に入っていった。