六話
ミコトは、見事チェレン戦でも勝利を収めた。
「2戦連続お疲れ、ヴァイン」
『タジャァ……』
流石に疲れたようで、ヴァインはその場に座り込んでいた。
「お疲れさま、ポカブ。ゆっくり休みなよ」
『ポカ』
チェレンはポカブをモンスターボールに戻した。
「初めての勝負で思わぬ不覚を取ったけれど……この感動、僕らはようやくトレーナーになれたんだ」
「うん!」
「だね」
3人で笑いあう。それはとてもにこやかに、楽しそうに。心から楽しそうに。
しかし、そんな笑顔もチェレンの一言で壊れてしまう。
「……じゃなくて、部屋のこと、君のママに謝らないといけないね」
一瞬でミコトの笑顔が凍りついた。
そう、ミコトの部屋はぐちゃぐちゃ。気がつけば、さっきより酷くなっていた。本棚の本が更に落ちていて、机の引き出しも出ている状態。挙げ句の果てにはテレビが倒れている。奇跡的にWiiは壊れていなかったが、ミコトをショック状態に陥らせるには十分だった。
「……テレビがぁっ!?」
ミコトが真っ先に心配したのはテレビ。安易に買いなおせるものではないからだ。
コンセントのコードがいくつか切れていたもの、本体は大丈夫なようだ。ミコトは胸を撫で下ろした。
しかし、部屋が滅茶苦茶なのには変わりない。大切な本たちはページが破けたり曲がったりしている上に、机の引き出しの中のプリントもぐちゃぐちゃだ。更には壁に亀裂が入っている。ミジュマルがぶつかったからかも知れない。
「…………本当に、ごめん」
「…………ごめんね、ミコト。まさかこんなことになるなんて」
「もういいよ……」
ミコトはがっくりと肩を落とした。
今彼が気にしているのは、
「お小遣いで足りるかな……?」
自分の財布の中だった。
* * *
「――と言うわけなんです。騒がしくして本当にすみませんでした」
所変わって一階。3人でミコトの部屋のことを謝っていた。
「あ、あのぅ、お片付け……」
「片付け?」
お片付けします、とベルが言いかけたところを、ミコトの母が遮る。
そして、
「いいのいいの! 後であたしがやっておくから」
「「「え……?!」」」
驚くような言葉を発した。
「……い、いいのっ?!」
正気に戻ったミコトは、ミコト母に聞き返す。
「まあ、記念すべき日だからね。それとも、片付けで始まる旅がいいの?」
「そ、そんなわけないよ! 母さんありがとう! 今、ボクには母さんが輝いて見えるよ!」
そういうミコトの目も輝いていた。
「で、3人とも。それよりも、アララギ博士に会わなくていいの?」
「はい! では失礼しますね」
そして、チェレンの切り替えは本当に早いものだ。
「じゃあ、アララギ博士にお礼を言いにいかないといけないし、呼ばれてるし、僕は先に行くよ。ポケモン研究所の前で待ってるから」
「あ! 私、一度家に戻るね。おばさん、どうもお邪魔しました」
2人はそそくさと帰っていった。
本当に切り替えが早い2人である。
「ミコト」
「あ、はい」
とりあえず、ミコトは2人が家から出たのを確認してから、母の前に正座する。客がいなくなったからお説教が始まるのかもしれない、という勘で動いたのだ。
しかし、それとは全く違う返事が返ってくる。
「ポケモン勝負って、ものすごーく賑やかなのね! 下までポケモンの鳴き声とか聞こえていたわよ!」
「………………え…………?」
ミコトが固まる。
「思い出しちゃうなー、初めてのポケモン勝負!」
「………………もしかして、怒って……ない……の?」
「何で怒るの?」
「だって、部屋が……」
「今日は門出の日よ? 怒ってたって仕方がないじゃない。……そうだ! 勝負をしたポケモンを休ませてあげないとね! ミコト、貴方のポケモンを出しなさい」
「はい」
ミコトはモンスターボールからヴァインを出した。
『タジャ?』
場所が変わっていることに首を傾げるヴァイン。
「あら、可愛いじゃない。でもこの様子を見ると、やっぱり疲れてるみたい」
母は屈むと、ヴァインを回復させた。
『タジャッ……タージャッ』
「よしっ、しっかり元気になったわね」
ヴァインは飛んだり跳ねたりして、回復したことを確かめた。
「あ、そうそう。出かけるならライブキャスターを忘れないでね」
そう言いポケットからライブキャスターを取り出すと、ミコトに手渡した。
「あなたも博士にお礼を言うんでしょ? いってらっしゃい!」
「……うん! いってきます!」
このいってきます≠ヘ、今日の夕方に帰ってくるいってきます≠ナはない。そんなことは、母にもわかりきっていた。
だから、だろうか。
「それからミコト、部屋のことだけどね」
「あ、うん」
「旅の途中で度々送ろうと思ってたお金をそっちに当てるから、お金は自分で稼いでね」
「…………前言撤回。やっぱり母さんは鬼だぁぁぁあああっ!!」
冗談に聞こえない冗談を言ったのは。
ちなみに、冗談ではなかったりするのだが。