九話
カノコタウンにある、一件の研究所。ここには、一人の博士が住んでいる。若い女性だ。
「ハーイ! 待ってたわよ、 Young girl に Young boy !」
ミコト、チェレン、ベルの三人が入ってきたとわかると、すぐにこう話しかけてきたハイテンションなこの女性が、博士だ。
「改めて自己紹介するね。わたしの名前は――」
と彼女が自分の名を告げようとしたところで、
「……アララギ博士? 名前は知っていますよ」
チェレンがツッコミを入れた。
「あのさチェレン、そこは言っちゃいけないお約束だよ」
ミコトが苦笑いをしながら注意する。
「まったくチェレンは、相変わらずクールじゃない。今日は記念となる日なんだから、かしこまったほうがいいでしょ」
チェレンがクールなのはいつもどおりだからいいけど、彼女はと呟いて、
「では改めて」
もう一度仕切りなおした。
「わたしの名前はアララギ! ポケモンという種族がいつ誕生したのか……その起源を調べています」
――まあ、知ってるけどね。心の中でツッコミを入れるミコト。
アララギは彼らが連れているポケモンを見た。
ベルのミジュマル、チェレンのポカブ。そして、ミコトのツタージャ・ヴァイン。
「あっ、すごーい! もうポケモン勝負をしたのね?」
「はい」
「ちょっと失敗したけどね」
「……『ちょっと』、なのかなあ?」
「……ごめんなさい」
「いや、あなたたちが失敗した話は聞いてても面白くないのよ」
バッサリと切り捨てるアララギ。
「まあ失敗したって言ってるけどね。この子達、君たちを信頼し始めた……そんな感じがするわ」
そしてニコリと笑った。
「ところで、ニックネームは付ける?」
「あ、ボクはもうつけました」
「私もつけよーっと。ん〜と……」
「僕もそうしようかな」
その場でニックネームを考え出すチェレンとベル。モンスターボールとにらめっこをしている。
ヴァインがミコトのズボンの裾を引っ張った。
「タジャー」
「どうしたの?」
「タージャー……」
まるで『暇』とでも言っているようだ。
「暇、なの?」
ヴァインは頷く。
「うーん、そればっかりは仕方がないよ」
「あ、このこ♀だったんだ……じゃあ……」
「強くなるんだよな……弱そうな名前だと悔しいよな……」「ほら、あんなふうに迷ってるみたいだし」
「タジャァ……」
ふくれっ面のヴァインに、ミコトは優しく話した。
「名前って、大事なものなんだよ。人間でいうなら、生まれて初めての誕生日プレゼント。君らポケモンにとってはわからないけど」
「…………」
「だから、悩んで当然なんだ」
「決めた!」「よしっ」
「二人とも、決まったみたいね」
さて、とアララギは話を続けた。
「君たちにポケモンを託した理由だけど」
「ポケモン図鑑、ですよね」
アララギの言葉を遮って、チェレンが言う。
「ポケモン図鑑……?」
ベルは首をかしげた。
「すごいすごい! 流石チェレン! ポケモンのことをよく勉強してるわね! ……あと、ミコトも知ってるわよね?」
「はい、よく知ってます。出会ったポケモンを自動的に記録するという、とてもハイテクかつ便利な道具ですよね」
「へぇ〜……ミコト、よく知ってるね〜」
「姉さんも持ってたんだ。データでいっぱいのポケモン図鑑ってすごいよ!」
「うん、私が説明するまでもなかったわね」
満足そうにアララギは頷く。
「つまりね。ミコトやチェレン、そしてベルには、いろんなところにでかけ、このイッシュ地方すべてのポケモンに出会って欲しいのッ!」
「すべてのポケモン!?」
チェレンが驚く。
「あら、変なこと言ったかしら」
「いいえ、そうじゃないんですけど……結構厳しいんじゃないですか?」
「大丈夫よ、そんな心配することじゃないわ」
回れ右をして少し歩くアララギ。
「それでは、三人にお聞きします」
そして振り返り、こう言った。
「ポケモン図鑑を完成させるべく、冒険の旅にでかけるよね!」
聞かれるまでもなかった。
「はあーい……じゃなくて、はい!」
たとえどんなに厳しいとわかっていても。
「ありがとうございます。おかげで念願のポケモントレーナーになることができました」
たとえどんなに悲しいことが待っていると知っていても。
「もちろんです!」
彼らの決意は、揺らがないことだろう。
「ありがとッ、みんな!
最高の返事よね!」
そして彼らは、ポケモン図鑑をもらった。