Two 起動
十五話 疑問点とかくれんぼ
 ツカサは、落とす鉛筆が示す方向に歩き続ける。ここがどこなのか、自分がどの方角に進んでいるのかなど、地理要素は一切分からないまま進んでいた。
 そしてその途中で、
「おい、そこの赤マフラーのトレーナー! オレ、ミツオ! バトルしようぜ!」
 何度かバトルを仕掛けられることがあった。彼は、バトルのことなど覚えてはいなかった。だが回数を重ねるうちにどういうものか理解してきているようだ。
「ピチュー、頼めるか?」
 右肩に乗っているピチューは、問いかけに頷いて答えると、地面に降りた。
「いっけぇ、ワンリキー!」
 ミツオはボールを投げ、ポケモンを繰り出す。場に登場したのはワンリキーだ。
「オレからいくぜ!」
「…………」
 ――勝手にしろ、ツカサは心の中でつぶやいた。
 バトル続きに、彼はうんざりしていた。


     ◎


「あ〜っ、負けちゃったあ」
 そういうのは、ミニスカートのサユリ。倒れてしまったムックルをボールに戻し、ツカサに駆け寄った。
「あなたのピチュー、強いんだね! 私のほうがポケモン多かったのに、負けちゃったよ」
「ピチュピッチュ!」
 当然といったように胸を張るピチュー。バトル続きだというのに、全く疲れを見せない。
「ふふっ、その自信、羨ましいなあ」
 サユリはしゃがみ、ピチューの頭を撫でた。そして立ち上がり、
「またどこかであったら、私のリベンジマッチだよ! 負けたままじゃ悔しいもん。じゃあね!」
 それを言い残し、ツカサが歩いてきた方に走っていった。ツカサが歩いてきた道を戻ればコトブキシティだ。ポケモンの回復をしに行くのだろう。
 ピチューは再びツカサの肩の上に乗る。気に入ったようだ。
「大丈夫か?」
ピチュ(うん)
「ならいいけど」
 ツカサは視線を落とす。サユリのビッパの歯が地面に刺さった跡を見つめる。
「……人間って、自分勝手だよな」
()?」
 彼の呟きに首をかしげるピチュー。説明するように、ツカサは言った。
「あのビッパ、楽しくなさそうだった。ムックルも、ケーシィも、スボミーも。ケーシィなんか、何度もテレポートで離脱しようとしてたしな」
 バトル中ツカサはずっと、彼らは戦いたくないのでは、と考えていた。
「さっき戦ったワンリキーは、まだ楽しんでいるように見えたけど。ほかのやつらは、仕方なくというか、言われるがままに戦ってたよな」
 コロボーシ、ズバット、コリンク、ワンリキー、コダック、ビッパ、ケーシィ、スボミー、ムックル。ピチューは、今日戦ってきたポケモンたちの様子を思い出す。ワンリキーとのバトルは、すごく楽しかった。それは相手も楽しそうにしていたから。けれど他のバトルは? ――確かに、相手は全くやる気がなかったように見えた。だから自分も、あまり楽しくはなかった。
「ピチューやワンリキーのように、バトルが好きで楽しめるって奴はいいと思う。けど、そうじゃないやつもいるんだよな」
 バトルをしたいポケモン。コンテストに出たいポケモン。ポケスロンに出たいポケモン。 ミュージカルに出たいポケモン。 映画やドラマに出たいポケモン。ポケモンブリーダーのパートナーとしてサポートをしたい育てたいポケモン。自らの力だけで冒険をしたいポケモン。同じ種類のポケモンでも、それぞれしたいことは違うのだろう。
「ポケモンの意思を無視して、戦わせるってさ。すごく自分勝手じゃないか?」
 跡を見つめたままのツカサは、そう言って悲しげな笑みを見せた。
「……まあ、俺の考えだけどな」
「……ピチュ(うん)
 ピチューも俯いていた。
「おいおい、ピチューがそんな顔する必要ないだろ」
 ツカサは、左手でピチューの左の電気袋を軽くつつく。弱い電流が流れているような気がした。
「悪かったな、突然変なこと言いだして」
ピチュピ(ほんとだよ)
 二人とも、苦笑した。
「じゃ、進もうか」
ピッチュ(うん)

 それからしばらく、ツカサたちがトレーナーと出くわすことはなかった。
 しばらく、だ。


     ◎


 出会いは唐突にやってきた。
 太陽も西に傾き始めた頃、二人の上に、何かがが突如現れた。
「ピッ!?」
 それに気づいたピチューは、咄嗟にツカサの肩から飛び降りる。
「え? どうしたん――」
 一足遅れて気づいたツカサは逃げ遅れてしまい、
「わあああああああっ!?」
「――うわっ!?」
 そのまま落ちてきたものの下敷きになってしまった。
「うぐっ……」
「……いった……くない……?」
 落ちてきたのは、人のようだ。
「ピッチュ!!」
「ん、ピチュー? なんでこんなところに……」
 少年は疑問に思いながらピチューを観察する。ピチューは、少年の下敷きになったツカサを一生懸命に指をさし、『退け!』と言っていた。
「……あっ!!」
 ピチューの訴えにようやく気付いた少年は、慌ててツカサの上から退いた。
「わ、(わり)い! 大丈夫か!?」
「大丈夫なわけないだろ……」
 苦しそうにツカサは起き上がる。勢いよく地面にぶつかった衝撃で、メガネのレンズにヒビが入ってしまっていた。立ち上がって顔を上げたツカサを見て、少年はそのことに気づく。
「あ、メガネ! 割れてるじゃん!」
「え? ああ……これか」
 かけていたメガネを外し、眺めるツカサ。もともとツカサの視力は悪くないので、度は入っていない。なくても問題はなかった。
「でも、メガネかけてる人ってメガネがないと何も見えないらしいじゃん!」
「俺はなくても平気だけど」
「……へ、そうなの?」
 少年は唖然としてしまった。
「じゃあお前、目はいいのか?」
「多分」
「だったら何でかけてんの?」
 変装、と言いかけて口をつぐむ。イツキは『狙われている』と言っていた。あまり公言しない方がいいだろう。
「なんとなくだな」
「へえ、変なの」
 解せないという表情をしている少年。
 変装とは言え、割れたものをかけているのはおかしいかと考えたツカサは、メガネを鞄に仕舞った。

「ところで、なんで上から?」
 ツカサは、ずっと疑問に思っていたことを尋ねる。
「ああ、それはさ」
 ぽりぽりと頭を掻いて、少年は説明した。
「俺のパートナーのケーシィが、すっげー悪戯好きでよ。『テレポート』で適当な場所に飛ばすんだ」
 おかげで午前中も大変だったんだよ、とぼやく少年。そんな彼にツカサは、
「お前と遊びたいんじゃないのか?」
 と言った。
「……そうなのか?」
「まあ、推測だよ。聞いてみればわかる話だけど」
「……それもそうだよな」
 少年は腰につけたモンスターボールを手に取り、ポケモンを繰り出す。ケーシィが出てきた。エスパーの力で、ふわふわと浮いている。
「なあケーシィ。お前、遊びたいのか?」
 この質問を受けたケーシィは、ぱあっと顔を輝かせ、元気よく頷いた。
「……そっか!」
 少年も笑顔になった。
「よし、じゃあ遊ぼう! 何する? あ、でも技を使うのは禁止な!」
 ケーシィは必死に何かを伝えようとしている。だが、ポケモンの言葉を知る術を、人間の少年は持っていない。そのため、わからない。
 だが、彼にはわかった。
「かくれんぼ、ってなんだ?」
 そう、ツカサには。
「なんで唐突に?」
「突然じゃないだろ。さっきから『かくれんぼしたい』ってケーシィは言ってるのに」
 ツカサの発言に、
「…………え?」
 少年は固まってしまった。
「……おーい? 大丈夫か?」
「お前こそ、大丈夫なのか……?」
 心配していたつもりが、逆に心配されている。
「何がだ?」
 ツカサには、少年が何を心配しているのかわからない。
「だって、ケーシィが『かくれんぼ』って言ってるなんて、わかるわけねーじゃん」
 少年の反応は、当然のものだった。人間がポケモンの言葉の意味を知る術はない。雰囲気や限られたポケモンたちとのテレパシーによる意思疎通でしかわからないはずなのだ。
 だがツカサはそれなしに、わかっているように言うのだ。
「ずっと言ってるだろ」
「……まあ、仮に言ってたとするぜ。断言する材料がねえ」
「??? 断言もなにも、言ってるんだから」
「だあもう話が進まねえ! ケーシィ、こいつの言うことはホントかよ!?」
 少年はツカサを指差し、ケーシィに確認を取る。ケーシィは少年の気迫に多少驚きつつ、顎を引いた。
「ま、マジかよ……信じられねえ……」
 愕然とする少年。
「……俺の質問、答えてもらってないんだけど」
「ピチュピチュ……」
「なんで?」
 ピチューもため息を着いた。
「なあ」
「何だ?」
 少年の呼びかけにツカサは応える。
「ずっとなのか? ポケモンたちの言葉の意味がわかるのって」
「……まあ、そうなるな」
 曖昧な返事だった。無理もない、いつからなど覚えていないからだ。
「それ、普通じゃねーからな」
 少年は一応伝えておく。
「あんまり人前でポケモンと話すのは控えたほうがいいぜ、驚かれるからな。わかってても、そういう素振りは見せないほうがいい」
「ふーん、そうなのか」
 聞こえているのに、聞こえていないふりをする。そういうことだろうか。ツカサにとってそれは、あまりいい気分ではない。
「理解できるっていうのを知ってる人間の前だったら問題ないよな?」
「状況によるぜ。知らない人間の前で平然と喋るのがまずいってんだからよ」
「そうか、わかった」

 閑話休題。
「ケーシィはかくれんぼがしたいんだよな?」
 少年が再度確認すると、ケーシィもまた、頷いた。
「よしっ、じゃあかくれんぼするか!」
 微笑ましい、そう思いながらツカサは傍観していた。――声をかけられるまでは。
「お前らも一緒にしようぜ! 人数多い方が楽しいだろ!」
「……えっ」
 予想外の展開だ。
「決まり! じゃんけんめんどくさいから、最初は俺が鬼な! 今から100秒数えるから。ケーシィ、テレポートで移動するのはルール違反だぜ!」
 そう言うと少年はしゃがみこみ、
「いーち、にーい」
 数え始めてしまった。
「ど、どうすれば……」
『かくれんぼ』を覚えていないツカサは戸惑う。そんな彼をみてピチューはため息を着くと、
「ピッチュ!」
 彼を先導した。

 そんなこんなで二、三分後。ツカサは、ある木の上にピチューといた。
(かくれんぼって名前、そのままだな)
 声を潜めてピチューに話しかける。隠れる場所を探す途中で『かくれんぼ』の説明をしてもらったのだ。
ピッチュ(静かにして)
(ああ、ごめん)
 この近辺で隠れられる場所といえば、木の上か物陰くらいしかなかった。ピチューは比較的見つかりにくいところに隠れたつもりだ。
 だが、
「みっけ!」
「わっ!」
 何者かによって、ツカサのマフラーが引っ張られる。結果、ツカサは地面に引き摺り下ろされてしまった。引っ張ったのは少年だったようで、あっさりと見つかってしまった。
「木には似合わねえマフラーが垂れてたぜ?」
ピチュピチュ(なにやってんのさ)ピチュピ(ツカサ)!」
「あはは、悪い」
「じゃああとはケーシィを見つけるとして、次は……どっちが鬼だ?」
「俺がやるよ。見つかったのは俺だろ」
「まあそっか」


     ◎


 太陽は西の空に沈もうとしていた。
「あー楽しかった!」
 少年とケーシィは満足そうにしている。あれからずっとかくれんぼを続けていた。
「ありがとな!」
「いいよ、俺たちも楽しかったし」
「ピチュ」
 もちろん、ツカサたちも一緒だ。
 少年は、彼らに尋ねた。
「なあ、これからお前らはどうすんの?」
「そうだな……」
 その質問に答えるため、ツカサはポケットから鉛筆を取り出すと、地面に落とす。落ちた鉛筆は、ある一方向を指した。
「あっち」
「おいおい、大丈夫かよ」
「今のところは自由に旅をしてるんだ」
 ツカサの言葉にピチューも頷く。ピチューも、記憶がなくなる前のツカサが何を目的として旅をするかは聞いていなかった。
「ふーん、そっか」
 少年は適当な返事をすると、ツカサの手首をがっと掴んだ。
「へっ?」
「ケーシィ、『テレポート』だ!」
 次の瞬間、四人は消えてしまった。

■筆者メッセージ
 すみません、前半が異常に暗いです。申し訳ない。
 現時点で本作の『テレポート』はポケモンがモンスターボール内で勝手にやったらトレーナーも巻き込まれるものとしていますが、今後変わるかもしれません。
 ケーシィの鳴き声がわからないごめんなさい。

 今回、いつもに比べて長くなりましたが、読んでいただきありがとうございました。
漠然幸樹 ( 2014/07/19(土) 21:09 )