十四話 近所迷惑と巡り合わせ
203番道路を歩くチヨコ。まだ九時も回っていないため、人は少ない。虫取り少年ばかりを見かける。
それでも強くなるために勝負を仕掛け、数々のバトルをこなす。
しばらく歩き続けていると、クロガネゲートの入口が見えてきた。気がつけば日も高くなっている。周りを見てみれば、道路に入った時より人も多いような気がした。またバトルをする前に、自分の手持ちを回復させようと木陰に移動する。
といっても彼女の手持ちはブビィだけだ。バトル続きで疲れているように見える。
「そろそろ新しい仲間が欲しいかな……」
そう呟きながら、ブビィに傷薬を使う。ついさっき戦ったズバットの『吸血』が思いのほか効いたようだ。
辺りを見回す。街とは全然違う光景が広がっていた。草むらに水辺、森林。バトルをするトレーナーたち。生まれてからずっとコトブキシティに住んでいた彼女は、この景色を求めていた。
「……やっぱり、旅に出てよかったわ」
「ブビ?」
「なんでもない。さ、新しい友達を探しに行きましょ!」
「ビィ!」
彼女は元気に立ち上がり、草むらに入っていった。ムックルがビッパが多く見られる中、彼女の目に留まったのはコロボーシだった。丸々とした体が可愛らしい、虫タイプのポケモンだ。
「あ、かわいい……」
――よし、あのポケモンを絶対に仲間にしよう!
そう考え、ブビィと目を合わせる。ブビィは頷くと、チヨコから離れた。挟み撃ちのような形を取るつもりのようだ。
コロボーシに気づかれないように近づく。ゆっくり、ゆっくり……。
と、その時。
「うわああああああっ!?」
チヨコの目の前に、誰かが叫びながら落ちてきた。
「きゃっ!?」
その声に驚いたチヨコ、そしてコロボーシ。コロボーシは逃げていく。
「あっ、ちょっと!?」
追いかけようとした時には、もう姿を消していた。
怒りが募る。
「いったたた……」
そんなチヨコに気づかず、倒れ込んできた少年は地面に打ち付けた尻を摩りながら立ち上がる。眩しい橙色の髪はくせっ毛が酷いようだ。
「あ・ん・た・ねぇ〜〜〜〜〜っ!!」
「あ、あれ? なんか怒ってんの?」
その数秒後、少年の悲鳴があたりに響いたという。
「――そりゃ悪かったけど、ここまですることはないだろ!」
ボロボロになってしまった少年は叫んだ。
あのあとチヨコによりぼろぼろになってしまった少年は、落ち着いたチヨコに怒っていた理由を尋ねた。その結果が、これだ。
「あら、まだ元気あるじゃないの」
「なんでそうなるんだよ!?」
「うるさいわね、ちょっと静かにしてもらえない? 近所迷惑よ」
「理不尽すぎる!」
閑話休題。
「で、コロボーシだっけ?」
「ええ、そうよ。捕まえたかったんだけどね」
チヨコはギロリと少年を睨む。しかし少年は、それには気づいていないようだ。
「だったら、ゲットのコツを教えてやるよ!」
そう提案した。
「初めてだから挟み撃ちなんかしようとしてたんだろ? 普通はんなことしないし」
「随分失礼な物言いね」
チヨコはふくれっ面になる。
「ビィ」
「あっ、いいブビィじゃん! なんだよ、なんでバトル仕掛けないんだよ?」
「できれば傷つけずに捕まえたかったのよ」
はあ、と少年は溜息をつく。
「ポケモンを捕まえるときは、バトルで弱らせてから捕まえるんだぜ!」
「知ってるわよ。知っててやってたの」
「なんじゃそりゃ」
呆れてしまったようだ。
「とりあえず、コロボーシを探そうぜ。見つけないことには始まんねーよ」
「まあ、そうね」
というわけで、コロボーシの捜索を始めた。
◎
なかなかコロボーシは見つからず、とうとう日はてっぺんに登ってしまった。
「なんでこんなに探してるのに、見つかんないのよ……」
「ビィ……」
ずっと探し続け、チヨコもブビィも少年ももうヘトヘトだった。木陰で休んでいる。
「コロボーシってレアなんだぜ」
「そうだったの?」
少年は頷く。シンオウとは言え、まだ九月だ。それなりに暑い。額に汗をかいていた。
「……なんか悪いわね」
唐突にチヨコがつぶやいた。
「ぅん?」
「怒鳴った上に手伝わせちゃって」
もともと少年に手伝う理由はない、なのに手伝わせている。そこにチヨコは負い目を感じていたようだ。
「あー、別にいいよ。気にしてねーし」
「……お人好しなのね、あなた」
少年は笑った。
「よく言われるぜ」
などと、談笑していたのだが、
「「………………あ」」
あるものを見て、言葉を失った。
そこには、コロボーシがいたのだ。
叫びそうになるのをグッと抑える。
(どどど、どうするのよ!?)
突然のことに、チヨコは動揺していた。だがコロボーシを驚かせてしまわないように声を潜め、チヨコは少年に相談する。
(一発でも攻撃するんだ! バトルは出来るよな!?)
(え、ええ! もちろんよ!)
(じゃあ、俺が合図したら指示するんだぜ!)
少年はモンスターボールを投げた。そのボールから出たのは、ケーシィだ。
「いけっ、ケーシィ! 『テレポート』であのコロボーシの足を止めるんだ!」
ケーシィは頷くと、その場から消えた。そしてコロボーシの目の前に現れる。
「コロロッ!?」
驚いて振り返るが、またケーシィが目の前に現れた。足が竦んで動けなくなってしまった。
「今だぜ!」
「わかってるわよ! ブビィ、『火の粉』!」
「ビィッ!」
しっかり息を吸い、コロボーシめがけて『火の粉』を放つブビィ。見事命中した上に、様子をみると、
「おっ、いいぜ! 火傷も負ってやがる!」
少年が言うように、追加効果でやけどを負ったようだ。
「このチャンスを逃すなよ!」
「うっさいわね! ……って、モンスターボール持ってない!」
「なんだよそれ!?」
思わずツッコミを入れてしまう。
「ほら、これやるから!!」
少年がチヨコに何かを手渡す。それは、空のモンスターボールだった。
「ありがとっ!」
受け取り、コロボーシに投げる。
ボールはコロボーシにあたり、ボールに吸い込まれる。ボールはしばらく揺れたが、やがて止まった。
「…………」
「おい、ゲットできたぜ」
「……そう、なのよね。ゲットできたのよね」
初ゲットに呆然と立ち尽くすチヨコ。
「……どうしたんだよ」
「……喜びを噛み締めてるのよ、自分で言うのも恥ずかしいんだけど」
「……そーか」
◎
「協力、ありがとね」
新しく捕まえたコロボーシの手当をして、チヨコはまたクロガネシティに向けて出発することにした。
「ボールも、また会った時に返すわ」
「いやいいよ、まだいっぱいあるしさ」
チヨコは首を振った。
「ううん、絶対返す。貸しがあるなんて気に食わないもの」
「そっちかよ!」
頭を掻く少年。
「そんでお前、これからどうすんの?」
「クロガネシティに行くわ。ジム戦と、人探しのために」
ジム戦、という単語に少年は反応した。
「お前もリーグ目指してんの!?」
「ってことは、あなたも? じゃあ私たちライバルじゃない」
旅先で出会った同じ目標のライバル。……チヨコの旅も楽しくなってきた。ワクワクが止まらない。
「今日は協力したが、次会ったときはバトルだ! 負けないからな!」
「私だって、負けるつもりはないわよ! 覚悟しなさい!」
握手を交わし、再開の約束をして、二人は別れた。
「あ、名前聞き忘れた」
「ビィ?」
「……まあ、いっか」