十二話 病室とからかい
八時前。523号室に、ひとりの青年が入ってきた。ベッドは四つあるが、そこにはツカサがいるだけで、他三つのベッドは空いている。
「あっ、イツキさん」
その青年、イツキと面識があるらしく、読んでいた本に栞を挟んだ。顔を上げたとき、胸元のペンダントがずり上がる。
「おはようございます」
「ピッチュー」
ピチューもツカサの肩に乗っている。ツカサと一緒になって挨拶をした。
「うん、一つ言わせてもらっていいか?」
「いいですよ」
「とりあえずその敬語やめようか」
イツキはツカサの態度に若干引いている様子だ。
「えー、だめなんですか? でもどう見ても俺より年上ですよね」
「あーくそっ、もうやめろよ! 昨日も言っただろ! きもちわりーっつーの!」
病室なのに叫ぶ日野。ツカサ以外の患者がいないとは言え、別の部屋に迷惑がかかる。
怒鳴られ、ツカサは肩を落とす。
「わかりま……わかったよ。つまんねー」
「遊ぶなよ。朝っぱらから疲れる」
はあ、とため息をつき、イツキは椅子に腰掛けた。
「で? とりあえず、手紙は読んだんだな?」
ちらっとツカサの目を見ながら尋ねるイツキ。それに対し、ツカサは顎を引いて応える。
「随分珍しい字を使ったらしいな」
「それは今どうでもいいんだ、ちゃんと読めたか? 読めてもらわないと正直困るんだが」
「うん、大丈夫」
「んじゃこれ」
イツキはツカサの本の上に、小さな機会を置く。ポケギアだった。
「これは?」
もちろん、ツカサは覚えていない。
「ポケギア。まあ、携帯電話だ。困ったらこれを使え。使い方はこれ読んどけ」
そう言って丁寧に折りたたんだ紙をさらにポケギアの上に置くイツキ。
「あ、どーもご丁寧に」
軽く礼を言って、ツカサはポケギアとその上に置いてある紙を手に取り、徐に紙を広げる。通常使用される文字と、足型文字が使われてあった。
「……ピチュ、ピッチュピッチュ」
肩に乗ったまま紙を覗き込んだピチューは、若干呆れているようだった。
「丁寧にしなきゃわかんねーだろ?」
「正直書くのは一言語だけでいい」
「一言語っておめーな……足型文字だけが読めてもそんなに得しねーよ」
むしろ損ばかりだろう。
「さて」
突然、イツキが席を立つ。
「さっさと着替えろ」
「え、なんでそんな突然」
「ピチュ」
ツカサとピチューの反応に、イツキは思わず溜息をつく。
「あのなあ……」
呆れるしかないようだ。そして呟く。
「ツカサはともかく、ピチューはもう少し危機感覚えろよな。襲われてんだから」
その呟きに反応したのはもちろんピチュー。
「襲われた? どういうことだ、説明しろ」
全く分かっていないらしいツカサは、説明を乞う。
だがピチューも日野も、黙ったままだ。
「説明してくれないとわかんねえだろ」
そう言われ、顔を合わせる二人。
「……それもそうか」
「……ピチュ」
頷き、決意した。