9月1日
寝る直前のこと。ツカサは、ベッドの上で体を起こしていた。
「……
ピチュ?」
それに気づいたピチューが、声をかける。
「少し、落ち着かなくて。ごめんなさい」
「
ピチュピチュ、
ピッチュ」
「あ……ごめん」
謝罪。記憶を失くす前のツカサだったら、『ごめん』と言うのはありえなかった。
「
ピチュ」
ピチューももちろん、そんなことは知らない。だから軽く流せる。
ツカサは辺りを見回した。ピチューは自分の布団の上に乗っかっている。不思議と重くない。ハンガーにかかっているのは、自分の服だと思われるもの。グレーのジャケットに、紺のジーンズ、黒の七分丈T‐シャツと、それから赤いマフラー。随分と飾り気のない服だった。
後ろの物置には、ショルダーバッグと、十字架のペンダントが置いてある。ペンダントは夕刻、日暮イツキと名乗る青年に渡されたものだ。『片時も手放すな、首にかけておけ』とは言われたものの、流石に寝るときくらいはいいだろうと思う。
落ち着かないと言ったのは本心で、眠れそうにないので、ショルダーバッグを手にとった。中を見ると――ぐちゃぐちゃ。ツカサはため息をついた。
「もうすこし整理しててくれよ……って、俺なんだけど」
――記憶をなくす前の自分はどれだけ無頓着だったのだろうか。
そういうわけで、ツカサはショルダーバッグの中を整理していた。すると、
「ん?」
ショルダーバッグの中から、表紙に何も書いていないノートを発見した。ノートを開いて見たが、何も書かれていない。
もったいないし、何より今回みたいなことがもう一度起きてしまったら、自分はどうするつもりなのだろうか。そう考えたツカサは、このノートを一日にあった出来事を書き留めるノート――日記帳にすることにした。
粗方整理が終わったところで、ツカサは筆記用具を取り出し、ノートを開いた。
今日の日付は、9月1日。それも日暮イツキから聞いたことである。
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09.01
目が覚めると、病院と呼ばれる白い場所にいた。何が起きているのかわからず混乱した。
しばらくして、病室(部屋)に日暮イツキという人間と、ピチューが入ってきた。『ポケモン』だけは覚えていた。イツキから『記憶喪失』と言われた。『今までの記憶』をなくしてしまったらしい。確かに、起きる前のことは何も覚えていない。
いろいろ話をしていたら、音が鳴った。イツキは慌てて俺の鞄(ショルダーバッグというらしい)から小さな機械を取り出すと、外へ出ていった。なんでも、病院の中では使えないらしい。ピチューもイツキについて行って、俺はしばらく一人になった。
数分後、戻ってきたのはピチューだけだった。ピチューは『イツキから渡された手紙』を俺に渡した。一緒に読んだ。『足型文字』を読める人間は珍しいと、ピチューに言われた。
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そこまで書いてツカサは、ショルダーバッグの脇ポケットに入れておいた手紙をそのページの上に置き、ノートを閉じた。
ピチューは不思議そうに、そのページを開く。そして少しだけ見て、ノートを閉じた。
「
ピチュピ?」
「多分、そんなもん」
「
ピチュピチュピッチュピチュ……」
「今書ける文字と言ったら、さっき読んだそれくらいだからさ」
そんなことを話しているときも落ち着かなかった。後ろの棚にあるペンダントを見る。これを見ているあいだは、少しだけ落ち着く。
やっぱり、つけておこう。ツカサは手に取り、自らの首にかけた。冷たさが身にしみるとともに、高揚していた気持ちが沈んでいく。これなら眠れそうだ。
ツカサはノートと筆記用具をショルダーバッグに直すと、横になった。先程まで眠れなかったはずだったが、案外すぐに意識は夢の中へ落ちていった。