五話 合格と理解
「あなたたちははじめから
合格だったんですから」
「は?」「へ?」「ふぇ?」
『理解不能』。彼らの脳内状況を一言で表すならば、この四字熟語がぴったりだろう。まさに理解不能だった。
「そ、それってどういう」
「そのままの意味ですよ。誰がなんと言おうと、あなたたちは合格です」
にこやかな笑顔は崩さない校長。
「あなたがたは、泥棒の正体を知っていますね?」
「はい。教頭先生ですよね」
「そうですね。では、どうして教頭先生が盗みを働いたのでしょうか」
三人は悩む。そして、ツカサが一つの結論にたどり着いた。
「……盗難事件も、試験の一環?」
「遠藤くん、満点です」
「「ええっ!?」」
驚くしかなかった。それもそうだ。
「盗難事件では、どんな困難にも立ち向かう勇気と、夢を絶対叶えるという意思を試しています。筆記よりも実技よりも、なによりも大事なことです」
校長はゆっくりと、穏やかな声で説明する。
「それらがあれば、例え知識がなくとも大丈夫だと、私は思っています。……まあ、多少は必要ですけれども」
最低限相性くらいは、と付け加える校長。チヨコは苦笑するしかない。
「とにかく。あなたがた
四人は合格ですので、安心してくださいね」
この言葉に、三人は違和感を覚えた。
「四人? もうひとりいるんですか?」
この場にいる合格者は三人。つまりあと一人、別の場所に合格者がいるのだ。
「ええ。あなたたちもよく知る人物ですよ。きっと今頃は保健室にいるでしょうから、教室に戻る前にぜひ立ち寄ってください」
アリサとチヨコは顔を見合わせた。
――もしかして。ツカサの頭の中に、ひとりの人物が浮上した。
「……さて、三人とも。時計を見てください」
首をかしげ、時計を見る。九時半を回っていた。
「やばっ、一限目始まってる!」
「まずいっ」
焦るアリサとチヨコ。しかし、
「そう慌てることもありません。大したことはしてないはずですから。それに、二限目からはテストです。無事にテスト用紙も返ってきたようなので」
なので、と校長は続ける。
「先に保健室に行ってください」
「……はいっ」「……わかりましたっ」
非常に物分りが良い二人だ。
「あ、そうそう。遠藤くんは残っていてくださいね」
そして、非常に心配な
優等生だ。
「わかりました」
しかしツカサは動じることなく、それを受け入れる。
「それじゃあ、失礼しました!」
「ありがとうございました!」
アリサとチヨコは、校長室を出て行った。
◎
「……また、派手にやったものね」
「仕方ないだろ」
「仕方なくなんかないわよ、ダメなものはダメ。抑えられない気持ちもわかるけど」
「わかられてもなんか困る」
「別に困ることもないじゃない」
「……ところで、本日はどのようなご用件でしょうかお母様」
「なんか他人行儀なのが妙に腹立つんだけど。そうね、今日は……あなたのクラスメートについてかしら」
「……安藤か、それともミドリか」
「流石ね、核心を付いてくる。でも今日は五十嵐くんのほうよ」
「やっぱりか。なんとなくそんな気はしてたけど」
「勘もいつもどおり。……なんで浄化しようとしないの?」
「覚えてないからだろうな。覚えてたらとっくのまにやってるさ」
「そんなことはないと思うわ。記憶は全部あるはずだもの」
「……じゃあ、失敗が怖いから、かな、多分。悪気とともに相手の記憶まで飛ばしてしまうということを恐れているのかもしれない」
「……それはあるかもね。実際に使ったことはないから。でも、失敗を恐れてちゃなにもならないじゃない。成功するって信じてやってみなきゃ。それに、あの人直々の指導なんだから、失敗するわけがないでしょう」
「わからない。だから恐れている」
「全く、慎重なのか臆病なのか」
「どっちも」
「それはない気もするわ」
「そうか」
――コンコン
「……それじゃ、今日はこの辺で」
「ああ。じゃあまたな、母さん」
「元気でね」
◎
ここは保健室。職員室と同じフロアにあるが、あまり近くはない。
そのベッドの一つで、彼女は休んでいた。
そしてそこに、二人の少女がやってきた。
「失礼しまーす」
彼女の耳は良い。保健室だからといって声を潜めても、しっかり聞き取れていた。
「……アリサ? どうしたの?」
ゆっくりと起き上がって声をかける。
「えっ」
アリサとチヨコにとってはその声が意外だったようで、驚きを隠せない様子だ。
「もしかしてアズサ?」
「そうだよ。声、忘れちゃった? ってないか」
忘れてたらすごい記憶力だよね、と笑うアズサ。
「えーっと、なんでアズサは保健室にいるの?」
チヨコがおずおずと尋ねる。
「ちょっと疲れちゃって。二人こそ、なんで保健室にきたの?」
「校長先生からもうひとりの試験合格者がいるって聞いて……アズサのことなのかな」
アリサが説明すると、アズサはぽかんと口を開けた。
「え、どういうこと?」
「つまりね――」
そして、さらに校長の説明を付け加える。
「――まあそんなこんなで、ボクら四人は合格ってことらしいんだけど」
「四人目ってやっぱり兄さんだよね」
「なんでわかっちゃったの?」
「だって兄さん以外にそんなことする人思いつかないよ」
一度息を吸って、アズサは言葉を続ける。
「教頭先生を殴っちゃうくらい、腹をたててそうじゃない?」
「よくわかってるじゃん」
場所を忘れて、三人は笑った。