三話 過保護と泥棒
そんなこんなで、2週間の時が経過した。
「筆記用具持った?」
「ああ」
「ノートは?」
「もったよ」
「水筒は?」
「正直必要ないと思うけど……」
「えーっと、あとは……」
試験当日の朝、遠藤家では、持ち物検査をしていた。
理由は簡単、遠藤母が心配性だからである。
「母さん、心配しすぎだろ。大丈夫だって」
「でもねぇ……」
「ボクらのことだからちゃんと受かってくるよ」
「そうは言われても……」
「うち、ちょっとイライラしてきたんだけど……」
「あ、ちゃんと朝ごはんは――」
「「「もう食べた!」」」
「――そうよね」
誰がどう見ても過保護である。
「お母さん、うちらは大丈夫だから。安心して待っててよ」
「そうは言われても心配になるものよ……」
――そんなに信用できないのかよ。
アズサに続き、苛立ち始めるツカサ。心配する親の気持ちもわからなくはないのだが、少しは信用してほしいものである。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってきまーす!」
「行ってくるね!」
そして、彼らは、元気よく家を出た。
――皆、あの事件があるとは露知らず。
◎
「んだよ、これ……」
教室に入るなり耳に入ってきたざわめき声と
あるものに、ツカサは驚愕した。
「どうしたのツカ――」
遅れて入ってきたアリサも、
黒板の文字を見て言葉を失う。
黒板には、こう書かれていた。
『筆記試験に使用する問題用紙が盗まれたので、今年の試験は延期とし、本日は通常通り授業を行うこととします。』
「嘘……でしょ……!?」
ようやく声を搾り出すアリサ。
『筆記試験に使用する問題用紙が
盗まれたので、今年の試験は
延期とし、本日は通常通り授業を行うこととします。』
――延期。
その言葉は彼ら受験生に、絶望を与えるものだった。
夢への第一歩を踏み出す、そのためにまず試験の合格をする。
目標を、盗難という事件によって潰されたも同然だった。
「そ、そんな……っ」
アリサは、力なくその場に膝をつく。
そして彼女の目には、涙が浮かんでいる。
「今まで……っ、頑張ったのに……っ」
それは、一粒、一粒と、彼女の頬を撫でていった。
そんな彼女の様子を見てか、また、周りの様子を見てか。
彼は――動いた。
「あーあ、こんなじゃダメだ」
そう言ったのは、一番後ろの席に座っている彼――五十嵐ミドリだった。
「折角勉強したのに……残念だなぁ」
彼もやる気をなくしているようだ。
「こんなんじゃ夢なんか叶いっこないよ」
彼は頬杖をついて窓の外を見る。窓の外ではムックルが飛び交い、ビッパ達が追いかけっこをしていた。
ミドリの言葉を聞いたその場にいた生徒達は、口々に弱音を吐く。
『本当に、そうだよな……』
『何のために勉強したんだろ……』
『バカバカしくなってきたよ……』
『サクラさん付き合ってください』
『ていうか通常通り勉強って何するの? 何も持ってきてないんだけど』
「っ」
ツカサは何かの衝動をこらえるような表情を浮かべる。
「……どしたの、ツカサ?」
涙目で彼の方を見るアリサ。
頑張ったのに、水の泡。それが悔しくて、それが悲しかった。
――ツカサと、アズサと、三人で苦手を克服しようと頑張ったあの時が、意味のないものになってしまった。
別に意味がないわけではない。しかし、今の彼女にはそうとしか思えなかった。
ツカサは何かを察し、そして行動に出る。
「………………ちょっと、行ってくる」
教室を走って出て行ってしまうツカサ。
「ツカサっ!?」
彼の名を呼ぶ声は、既に意味のないものとなっていた。