4‐6
砂埃が晴れると、そこにリヴァレインの姿はなかった。
だが、どこにいるかはわかった。――上だ。
「『スピードスター』!」
上空で不安定なまま、ヒトカゲのいない方向に無数の星を降らせるリヴァレイン。
何をしているのだろうか。リヴァレインの行動に、ヒトカゲは不信感を抱き、首を傾げる。
だがこれも彼の考えのうちだった。
強く地面を蹴り、リヴァレインの落下地点と思われる場所に走り出そうとするヒトカゲ。
だがその瞬間、『スピードスター』が彼を背後から襲った。
「ぐぅっ!?」
ヒトカゲは、落下するリヴァレインを攻撃する態勢に入っていた。そんな彼が、突然の衝撃に対応できるわけがない。
『スピードスター』という技は、必ず相手に命中する技だ。どう回避しようとも、この技を繰り出した時、本人に標的が見えていれば、相殺しない限り星は相手を追尾し続けるのだ。
背中に直撃を受け、ヒトカゲは体勢を崩した。前のめりに倒れこみそうになったが、どうにか踏ん張る。
その隙にリヴァレインは着地し、次の行動をとった。
「『岩石封じ!』」
彼のこの言葉とともに、ヒトカゲの真上に、彼の体長ほどの大きさの岩がいくつか現れる。そして、そのまま重力のままに落下していた。
『岩石封じ』は岩タイプの技である。炎タイプのヒトカゲがこれを受ければ、大ダメージは免れない。しかも、行く手が阻まれ、自由に動けなくなる。
それを理解していながらも、すぐには次の行動に移らない――いや、映れないヒトカゲ。体制を崩してしまっていたのだ。冷や汗が頬を伝う。
とそこでヒトカゲは、
あることに気づいた。
ガン! という音とともに、岩が闘技場の床に突き刺さる。
リヴァレインは突き刺さった岩に近寄ると、ヒトカゲの様子を確認するためにひょいとその上に飛び乗った。
だが驚くことに、そこにヒトカゲはいなかった。リヴァレインは目を丸くした。間違いなく、さっきまでここにいたのに――。
動揺していたリヴァレインは、気づくことができなかった。
背後から近づく、ヒトカゲの存在に。
「おかえしやっ!!」
「っ!?」
とっさに振り向くが、その行動が間違いだった。
「うぐぁっ」
振り向いたことによって、鳩尾にヒトカゲの拳が直撃。リヴァレインは飛ばされ、今乗っていた岩とは反対側の岩に背中を打ち付けられる。
どさっとフィールドに尻餅をつくリヴァレイン。からから、と砕かれた石ころが彼の傍を転がる。
そしてその衝撃で、彼がかけていた眼鏡がずれる。バランスを失った眼鏡は、そのまま重力に引きつけられ、音を立てた。
「なかなか効いたやろ」
自慢げに腕を組み、そしてかなりの余裕を見せて、ヒトカゲは岩の上からリヴァレインを見下ろす。
ヒトカゲは確信していた。このフィールドなら、自分は負けないと。
勝負が決まっているバトルを、これ以上続ける必要はない。そう考えたヒトカゲは、リヴァレインに提案した。
「降参してもええんやで?」
☆☆☆☆
「ヒトカゲさん、ひとつお願いを聞いてもらってもいいですか?」
リヴァレインは、自らの指を一本立てながら遠慮がちに、ヒトカゲに尋ねる。
「何や?」
「オレとバトルしてください」
自分はバトルが好きだ、と彼が気づいたのは数年前。バトルをしているときが一番楽しそうだと、友人に言われたのだ。
「是非ヒトカゲさんの実力を、この目で確かめたいんです」
そんな彼の目は、まるで何かを楽しみにしている子どものようだった。
「自分が思おとる程、オレは強おないで?」
「またまた、謙遜しても無駄ですよ。先程オレが感じたあの強い力は、実力者のものに間違いありません」
そしてただバトルをするにも、実力者とするのが一番楽しかった。
「根拠は?」
「ルイスがそうでした」
「誰やねん」
ヒトカゲは唸る。まだ炎技は使えない。使えたとしてもあまり効果はないだろうが、それでも使えるか使えないかで、バトルに多少の変化があることは間違いなかった。
どちらの答えを選ぶか迷っていると、リヴァレインはふっと笑った。
「まあヒトカゲさんがどんなに強くても、バトルが楽しいだけで、勝敗にはなんの影響も及ぼしませんがね」
まるで、挑発するように彼は言い放った。
「結局、オレが勝つんですから」
彼の思惑通り、この一言が引き金となった。ヒトカゲの眉がピクリと動く。
「言うてくれるやないか」
ヒトカゲはにやりと口角をあげた。
「そない言うんやったら、ええよ。どっちかが降参したら終わりやからな」
「ええ、勿論です」
こうして、この二人がバトルをすることになったのだ。
眼鏡を落としたリヴァレインは、俯いたまま顔を上げない。
「どないしたんや? 口くらい開けるやろ」
ヒトカゲは始めから、自らの勝利を確信していた。
「早ぉ言いや」
「……れが、言うもんか」 だがそれはリヴァレインも同じだった。
すっと顔を上げると、リヴァレインは物凄い形相で、先ほどとは似ても似つかない鋭い瞳で、ヒトカゲを睨みつける。一瞬足が竦んだ。
「オレが勝つって
言ったはずだぁっ!!」
その隙を逃さぬよう、彼は地面を強く蹴った。一瞬で半分の距離まで接近する。
「うわっ!?」
「『火炎放射』!」
リヴァレインは一秒もかけずに大きく息を吸い、自らの大口から『火炎放射』を繰り出した。普通ならば橙色をするその炎は、なぜか青白い。
彼の雄叫びに、ヒトカゲはほんのわずかながら反応が遅れてしまった。零コンマ一秒送れて後ろに飛びのいたが、まだリヴァレインの『火炎放射』の有効射程範囲内に入っている。
「ちっ!」
ヒトカゲは空気を蹴った。移動距離は期待できないが、『火炎放射』の軌道から外れることはできた。
と安心したのも束の間、気づけば目の前にはリヴァレインの顔がある。
逃れられない。
「なぁっ……」
「『グロウパンチ』!」
二度目の『グロウパンチ』を受けるヒトカゲ。『グロウパンチ』は鳩尾に向けられていたが、咄嗟に受身を取ることが出来たため、ダメージを最小限に抑えることは出来た。だが先ほど拳で受けたものよりも、威力が上がっているように感じた。それもそのはず、『グロウパンチ』は使えば使うほど物理攻撃の威力が上がる技なのだ。
背中がフィールドに叩きつけられる。
「ぐ……」
ヒトカゲは痛みに耐えながらも、脳をフル回転させる。なぜリヴァレインの目が突然変わったのか。
「『スピードスター』!」
再び星を降らせる。だがこれも先ほどとは違い、星は炎を帯びていた。
先ほどのことで相殺するしかないことを学んだヒトカゲだったが、今回はそうはできない。炎を帯びているものでは相殺することが出来ない。
どうするのが一番良い選択か。彼は必死に考える。
ダメージは気にしなくても良いのだが、攻撃を受けると次の行動に移るとき時間がかかるのだ。
仕方がないので、最後の手段をとることにしたヒトカゲは、ばっと両手を自らの前に突き出した。すると彼の周りに、半透明なドーム状のシールドが現れる。それはすっかりヒトカゲを覆ってしまった。今ならば、どの方向から『スピードスター』がきても問題ない。
無数の星は炎を帯びたままそのシールドにぶつかり、消えていった。少しだけ余裕が出来たヒトカゲは辺りを見回し、今この状況を打開する方法を探す。本気で戦ってはならない。
ちらりと、落ちた黒縁眼鏡が彼の視界に入る。
――まさか。ヒトカゲの脳裏に、一つの考えが過った。だがそれが正しければ辻褄が合うのだ。試してみるしかない。
炎の『スピードスター』をシールドですべて相殺したことを確認して、彼は腕を下ろす。そして一瞬で姿を消した。
リヴァレインは舌打ちする。焦りと
恐怖で動悸が激しくなる。何もしなかった時間が、次の一手を
考える時間がほんの数十秒あったことで、ヒトカゲが姿を消さずとも、リヴァレインの目の前は真っ暗で、何も見えなくなっていた。
酷い頭痛に襲われ、頭を抱える。耳を塞ぐ。彼が一番嫌いなものが、次々と流れてくる。耳の穴が隠れたところで、それが止まることはなかった。発信源はわからない、もしかすると星の裏側かもしれない。
ヒトカゲも、リヴァレインの様子に気づく。ヒトカゲには、彼が苦しんでいるように見えた。
「自分、どないしたん?」
この言葉も、彼には届いていないらしく、無反応だった。震える声で、何かをぶつぶつと呟き続けている。
「やめろ……やめろぉ……」
攻めるなら今がチャンスだ。ヒトカゲも頭ではそれを理解しているものの、なかなか行動に移せなかった。
また、チャンスと同時に、考える時間も与えられていた。どのような攻撃をするべきか、またどのように攻撃すべきか。
自らの手の平を見つめる。先ほどのリヴァレインの手と比較せずとも、小さいと思う。だが、きっと同じ技≠使うことが出来る。
先ほどのリヴァレインの構え。身のこなし。そして二度の技≠フ威力。すべてを思い出す。
地面を蹴った。右拳の手応えに確信を持つ。
リヴァレインの後ろにさっと回り、ヒトカゲは呟いた。
「辛いなら、オレが降参してもええんやで」
聞こえるか聞こえないかの声量。
だがそんな声でも、リヴァレインの耳に――正確には脳に、しっかり響いていた。真っ暗闇だった場所に、ヒトカゲだけがぽつんと現れる。
「黙れぇっ! 『グロウパンチ』!」
左拳に意識を集中させ、真後ろに振り返り、ヒトカゲに拳を突き出す。
「真似させてもらうで! 『グロウパンチ』!」
と同時に、ヒトカゲも同じ技≠繰り出した。
ヒトカゲの右拳と、リヴァレインの左拳がぶつかった瞬間、ヒトカゲは飛ばされる。三度目の完璧な『グロウパンチ』と、見よう見まねの不完全な『グロウパンチ』では、威力が桁違いだった。
リヴァレインと同じように、背中を岩に打ち付けられる。走る激痛に、声を漏らさずに入られない。
だがそこに、今度は炎を纏った拳が、ヒトカゲを襲った。
「オレに嘘は通用しないって言っただろっ!」
ガン、と大きな音を立てて、リヴァレインの拳が岩にぶつかる。間一髪でヒトカゲは、拳が当たらない場所に転がったのだ。
かちゃり。ヒトカゲの左手に、めがねが触れた。
月が雲に隠れ始め、月明かりが弱まる。
一か八か、勝負に出るしかなかった。