4‐3
「キザキの森の時が……止まったんだ」
その言葉に、真っ先にディグダが声を上げる。
「えっ!?」
それに流されるように、キマワリ、ヘイガニも思い思いに言葉を発す。
「なんですって!?」
「時が止まっただって!? ヘイヘイ!!」
彼らの言葉に答えるよう、ペラップは言った。
「そうだ……」
そしてキザキの森の状況を説明する。
「時が止まったキザキの森は……風もなく、雲も動かず……葉っぱについた水滴どころか、そのとき降っていた雨も止まって、ただその場で佇むのみ」
ペラップは目を閉じ、淡々と言う。まるでその景色を想像しているように。
「それって……」
「そう」
その場にいる全員が息を呑む。
ペラップは目を開くと、ついに言った。
「キザキの森は、時間そのものが……停止してしまったらしいのだ」
暫しの沈黙。
それを破ったのは、ダグトリオだった。
「じ、時間が止まってしまったのか……」
信じられない、という顔をしている。
「でも、いったいどうしてそんなことに……」
キマワリの呟き。
ざわつく弟子たち。だがそんな中、一つ小さな声が、なぜか響いた。
「時の歯車よ」
リコが俯き、静かに告げた。ざわついていた声がぴたっと止まる。
「キザキの森にあった時の歯車が……誰かに盗られた」
弟子たち全員の注目を浴びる。
「それ以外ありえない」
なぜ彼女が時の歯車が存在する場所を知っているのか。誰もが理解できなかった。
二人を除いて。その二人≠フうち片方は悔しそうに目を逸らし、もう片方は悲しげに目を伏せた。
「でも……でも……!」
わなわなとリコは震えだす。
プクリンは思い出した。ウォリーが、『リコ』という元気いっぱいな妹がいると話していたことを。ウォリーの種族はエンペルト、それまで旅をしたこともない妹の種族がポッチャマであっても、不思議でない。
「お姉ちゃんがいるのに……っ、なんで盗られるの……!?」
一番この事実を受け入れたくないのは、リコだ。それにプクリンは気づいてしまった。ここで言わせるべきではなかった、と後悔した。
だがもう遅い。
「……お姉ちゃんは」
顔を上げて、涙をいっぱいにためた目でペラップを睨みつけ、リコは強い口調で尋ねた。
「お姉ちゃんは、無事なの?」
ペラップにはぴんときていないらしく、首を傾げるほかなかった。
仕方なく、プクリンが答えた。
「ウォリーは今、ガルーラさんの家にいるよ」
そこにいつもの笑顔はない。瞳はどこか悲しそうだ。ペラップもプクリンの言葉でようやく気づく。
「そう……」
リコは悟った。きっと姉は、その泥棒にやられたんだと。
「誰が盗ったか、言ってた?」
「それは言ってなかったよ」
こういうプクリンは、悔しそうな顔をしている。
「夜だったからよく見えなかった、って」
――仇、とらなきゃ。絶対に。リコはそう心に誓った。
「その件については、すでにジバコイル保安官が調査に乗り出している」
ペラップは二人の会話が途切れたところを縫って、犯人探しは始まっていることを告げる。
「時の歯車を盗む者がいること自体が信じられんが……盗まれたからには他の時の歯車も危ないかもしれん」
その言葉にカイははっとする。――そうだ、兄ちゃんだって危ないんだ。
「不審な者を見つけたら、すぐに知らせてくれと言っていた。だからみんなも、何か気がついたらすぐに知らせてくれ」
皆、頷いた。
「以上だ。それでは解散」
いつものように声を上げる気にもならず、静かに解散した。
弟子たちがばらばらに散った後も、カイ、ハルキ、リコはその場に残っていた。
「……ねえ、ハルキ」
リコはハルキに背を向けて、話しかける。
「なんだ?」
「お姉ちゃんのお見舞いに行ってもいいかな?」
ハルキにはその声が、若干震えているように聞こえた。
「できれば……一人がいい」
小さな背中だな、とハルキは思った。
確かにハルキは馬鹿だ。だがここで空気を読めないような奴じゃない。
「わかった」
ハルキは頷いた。見えないだろうから、声も出した。
その返事を聞いたリコは安心したように、
「ごめんね」
と言って、走り去ってしまった。
「……というわけだ、カイ」
ハルキは振り返って、苦笑いをその顔に浮かべて浮かべてカイに言う。
「お互いパートナーがいないんだぜ」
「ま、たまにはこういうのも新鮮だな」
カイも同じく苦笑し、ハルキの背に乗った蕾を軽く叩いた。
ハルキは表情をゆがめるが、それも一瞬のことだ。すぐにその表情は、真剣なものに変わった。
「いいよな? ペラップ」
「うん……まあ、仕方ないか。今回は特例だからな」
渋々頷くペラップ。
「じゃあハルキ、オイラちょっと行きたいとこがあんだけど」
「……おう、了解した」
ハルキは真剣な眼をしていた。
というわけで本日の探検は、カイとハルキの二人で行うことになった。
☆☆☆☆
リコは一人、トレジャータウンを走り抜ける。不思議に思ったポケモンたちが彼女を見るのも気にならない。
ガルーラの倉庫の前に着いた。荒い息を整え、並んでいる探検家たちの列に割り込んで、リコはガルーラに詰め寄った。
ダンッと机を叩く。ガルーラのポケットの中にいた子供は驚き、怯えて頭まですっぽりと埋まってしまった。
「お姉ちゃんに! エンペルトのウォリーに会わせて!!」
彼女の登場により、辺りは先ほどまでの賑わいが嘘のように静かになった。
「ど、どうしたんだい!?」
「プクリンから聞いたんだよ! お姉ちゃんはガルーラさんの家にいるんだよね!?」
眉間に皺を寄せ、眼を吊り上げて叫ぶ。
徐々に周りが騒がしくなっていく。
――あのポッチャマが、かの有名なエンペルトの妹なのか?
――ああ、確か妹がいるとか言ってたな。
――いわれてみれば似てるかも、あの目とか。
ざわめきはどんどん広がっていた。
――エンペルトさんがガルーラおばさんの家に?
――珍しいな。
――何かあったのか?
――そういえばエンペルトさんって、キザキの森にいるところをよく見られてたよね?
――あそこに住んでるって噂も……。
――え、キザキの森って、時が止まったっていう、あの?
「わかった、わかったから落ち着いて」
ガルーラはなんとかリコをなだめる。息は荒いが、テーブルから手を離すリコ。
「あんた、ウォリーの妹なのかい?」
「そうだよ。何か文句でもあるの?」
聞こえてきた野次馬の言葉に憤りを募らせていたためか、言葉の棘を隠す様子もなかった。
妹。そういうことならば、会わせてやりたい。しかし今の時間は、一日のうちで一番忙しい。探検に出る前の探検家たちが、倉庫から道具を引き取りに来るのだ。
逆に言えば、探検に出ている時間は暇なのだ。それに該当する時間は、昼。
「だったら、昼まで待ってもらっていいかい? 今は忙しいから」
「……わかった」
渋々、と言うようにリコは頷く。
「じゃあそこの椅子にでもかけときな」
そういってガルーラは仕事に戻る。
リコも言われたとおり、カウンターの横にある椅子に座って待った。
☆☆☆☆
一方探検組は、お馴染みの十字路にいた。カイは鞄の中の道具を確認、整理し、ハルキは蔓で器用に地図を広げている。
鞄の中に入っている道具は、十分すぎるくらい揃っていた。少々遠出をしても問題ないくらいだ。
「行きたいところってどこだ?」
ハルキはカイに尋ねる。ちょうど整理を終えたカイは、地図を見ると、
「ここだよ」
と場所を指した。
「大鍾乳洞ってトコ」
「どれくらいかかんの?」
カイはそうだなあ、と唸る。
「まともに攻略しようと思えば、行き帰りを走っても丸一日はかかるかなあ」
「ペラップに言ってきたほうがいいんじゃないのか?」
ハルキは提案する。あまり遅くなるとペラップに叱られてしまうことを心配してだろう。
しかしカイは首を振った。
「大丈夫だよ。攻略が目的じゃないからね」
じゃあなんのために、と尋ねる前に、答えを言うカイ。
「兄ちゃんに会いに行きたいだけなんだ」
真剣な、何かを決意したような眼差しだった。
「ごめんな、完全に私情なんだけど」
「いや、いいよ。気持ちはわかるからさ」
ハルキは自分に重ねる。彼にも妹がいるのだ。もし妹が今、危険な立場にいるとしたら、ハルキは居てもたってもいられないだろう。
そんなことはないから安心なのだが。
「カイの兄ちゃんも、その……『トキノハグルマ』ってやつに関わってんだろ?」
くるくると地図を丸めながら尋ねるハルキに、カイはこくりと頷いた。
「大鍾乳洞にある時の歯車を守ってる」
ウォリーは、確かな実力を持っている。ウォリーの相棒の弟だったカイは、それを知っていた。その彼女を倒してしまうような相手だ。これはカイの兄も気をつけたほうがよいだろう。
「あんなことを言われちゃ、心配になるよ」
不安げに、笑った。
そんなカイにハルキは、
「大丈夫だって!」
その不安を吹き飛ばすように、カイの背中を叩く。
「強いんだろ? 兄ちゃん」
躊躇うことなくカイは頷いた。
「だったら問題ねーよ」
蔓を背の蕾の根元に戻す。
「……それも、そうだな」
なんとも楽天的で希望だらけの考えだ。
だがカイは、今はそれに乗ることにした。そう考えれば、幾分か楽になる。
「じゃ、行こうぜ」
「うん!」
二人は、大鍾乳洞へ出発した。
だがハルキは、彼に隠していることがあった。
ギルドでカイに蕾を叩かれたとき、彼には
見えてしまったのだ。
二人で冒険に行った先で、カイが絶望している光景を。