4‐1
「えー、今日はみんなに伝えておかなければならないことが三つある」
翌朝の朝礼でペラップは言った。
弟子たちは、いつもと違う朝礼にそわそわしている。ヒトカゲの姿が見えないのだ。昨晩なにかあったのだろうか、と気が気でない様子だ。
「まずはみんな気になっているであろう、ヒトカゲのことだ」
ペラップは早速核心を突く。弟子たちの目が一斉にペラップに向けられた。
「あいつは……」
ごくり。弟子たちは唾を飲んだ。ペラップも彼らが集中していることを確認し、あることを告げた。
「ちょっとしたお使いでしばらく帰ってこない」
『…………はぁ?』
ペラップの言葉に、弟子たちは拍子抜けした。
「本当に大したことはないから、心配しなくて良いぞ♪」
いつもプクリンの近くにいるからだろうか。カイには、ペラップの笑顔がプクリンの笑顔に似ているような気がした。
「え、じゃあなんでオイラには声がかからなかったんだよ? オイラたち、チームだぜ」
「ボクのトモダチに『使いを一人寄こせ』って言われちゃったからなんだ」
カイの質問には、(珍しく朝礼の時間に起きている)プクリンが答えた。
「
彼が人数を指定することは滅多にないから、何か大事なことかなあと思って」
プクリンの言葉に疑問符を浮かべたのは、カイ、リコ、ハルキの三人だけだった。
「ねえ、『彼』って誰のこと?」
リコは疑問をそのままプクリンに投げかける。
「僕の探検のシショーだよ♪ とっても頼もしいよ♪」
その問いにプクリンは、満面の笑顔を浮かべて答えた。
「ヘイヘイ! だったら別に、新人のヒトカゲじゃなくてもいいんじゃないか?」
「新人だからこそだよ」
ヘイガニの疑問にも、プクリンは表情を変えずに答える。
「きっといい経験になるんじゃないかな♪」
立ち会ったペラップは知っている。プクリンの考えは、『ヒトカゲにただ経験を積ませる』、そんな浅いものではないと。
彼の修行もかねて、向かわせたのだと。
「と、言うわけだ」
だがペラップはそれを流して、次の話に切り替えた。
「それから、二つ目」
ペラップはもったいぶってそこで話を止める。
弟子たちは、ごくりと唾を飲んだ。
そしてにっこり笑顔で、ペラップはこう告げた。
「……今度、遠征に行くことになった♪」
一瞬静まり返る、ギルド地下二階。
だがすぐに、にぎやかさを取り戻した。
「遠征ですって? キャー!」
「ヘイヘイ! いつもどおり選抜するんだよな?」
「楽しみでゲス〜〜〜!」
「選ばれなきゃいけないんだよ、ルビー」
「もちろんわかってるでゲス」
カイ、リコ含む弟子たちは、『遠征』という言葉で盛り上がっていた。
「……って、何?」
ただ一人、ついていけていないハルキを除いて。
リコはにやぁっと笑うと、からかうような口調でハルキに言った。
「あ、そっか。ハルキは知ってるはずないもんねえ」
もともと人間だったもんねえ、と言おうとしてやめた。昨日、ハルキから、「自分が人間だということはあまり言いふらさないでほしい」と言われてしまったからだ。
少しだけ迷って、
「バカだもんねえ」
と付け足した。
何かに亀裂が入る音がした。
「リコよりマシだっての!」
「あっ、酷ーいっ! そんなことないもん! ハルキよりバカな人なんていないもんっ」
「いーやっ、リコがいるね!」
そのまま言い争いを始めてしまう二人。
「おだまりっ!」
そこに、ペラップの渇が入る。
「リコは煽らない! そしてハルキは喧嘩を買うな!」
「「だぁってぇ……」」
「だってじゃない! 返事は!?」
「「……はあい」」
渋々ながら頷く二人。息ぴったりである。
そんな様子を弟子たちは苦笑しながら(プクリンは崩れない笑顔で)眺めていた。
しかし、感心しているものが一人。カイだ。カイはリコと口喧嘩をしたことがない。臆病なカイが強気なリコに怯えていただけであるが、そんなカイだからこそ、ハルキは凄いと感じていた。
「えっと。遠征はね」
そんなカイが、誰かに言われたわけではないが、説明役を買って出る。
「ギルドを挙げて、遠くまで探検に行くんだ」
以前兄から聞いた話を、一生懸命記憶の引き出しから取り出す。
「当然、近くのダンジョンを探検するのとは訳が違うから、ギルドの中からメンバーを選んで遠征するんだぜ」
選んで、という言葉にハルキは反応した。
「じゃあ、選ばれなかった奴は……」
彼の言葉の続きがわかったのか、カイは頷いて答える。
「うん。ギルドで留守番だな」
カイが粗方説明し終えたところで、プクリンが補足をする。
「いつもなら新弟子は遠征メンバーに入れたりしないんだけど……」
「うう……そっか……」
リコは悔しそうに唸る。自分とハルキはまだ弟子入りして日が浅い。ヒトカゲとカイがいつから探検隊をやっているかは知らないが、なんにせよ今回は留守番決定だ。そう考えると気分が落ち込んでしまう。
だがそんな彼女の予想は、続くプクリンの言葉によって覆された。
「でもキミたち、すっごく頑張ってるじゃない? だから今回は特別に、新弟子のカイ、ハルキ、リコ、そしてヒトカゲも、遠征メンバーの候補にいれることにしたんだ!」
「「「「「えっ!?」」」」」
これには弟子全員が驚愕の声をあげる。
四人いるかいないか。それだけで、競争率は大分違ってくるのだ。
「遠征まではまだ時間がある。それまでにいい働きをすれば、メンバーに選ばれる可能性が高くなるぞ」
ざわざわと騒がしくなり始めた地下二回に響くよう、ペラップは声を張り上げる。
「頑張ってね♪」
プクリンはいつもどおりの声で、弟子たちを激励した。
「実はあっし、前回の遠征は行けなかったんでゲス……」
カイの隣でルビーがぼそっと呟く。
「え、そうなの?」
「はいでゲス。だから今回こそは行くでゲスよ!」
ルビーは闘志に燃えていた。
「一緒に行けるように頑張るでゲス!」
「うん!」
元気よく、カイは頷いた。
「それで、三つ目だ」
突然、ペラップの声色が変わった。
「これは本当に悪いニュースだ。覚悟して聞いてくれ」
ただ事ではないと感じ取った弟子たちは、先ほどまでの浮かれた雰囲気とは一転し、ヒトカゲの話を聞いていたときのように静かに、そして真剣になる。
それを確認してから、ペラップは最後の用件を伝えた。
「キザキの森の時が……止まったんだ」
☆☆☆☆
これは弟子たちが起きてくる前のこと。
「ペラップおるかー?」
ギルド地下二階――いや、地下三階。迷路のようなつくりになっているうえに、真っ暗だ。そこでヒトカゲは、ペラップを探していた。
「まったく。こんなところあるっちゅうことも知るやつなんかおらんのに、わざわざ迷路にする必要はあらへんやろ」
眉間に皺を寄せ、ヒトカゲは愚痴をこぼす。
「いざって言うときのためだ」
だがその廊下には、誰かがいた。振り向けば、ランプで顔を照らされる。
「お前みたいなやつがいるだろう?」
そのランプは誰かの手に――いや、羽に持たれていた。
ペラップだ。
「ようペラップ。おはようさん」
「ああ、おはよう」
まずは穏やかな挨拶を交わす。
そしてペラップは、感心した声で言った。
「よくもう一階あるって気づいたな」
「床が変やったからな。まだ下に空洞がある気がしてたんや」
ペラップの言葉に、ぽりぽりと頭を掻きながらヒトカゲは答える。
「それにや。上には、ほかの弟子たちや親方はんの部屋はあるのに、ペラップの部屋だけはあらへんやないか」
親方の一番弟子と自称するペラップが、別の場所で寝泊りをしているはずがない。ヒトカゲはそう考えたのだ。
「せやからギルド内をあちこち探しとったんやけど、そうしたら隠し通路を見つけてもうてなあ」
「大したやつだ」
ペラップから思わず苦笑いがこぼれた。
「それで、わざわざ探しに来たってことは、ワタシに用事があるんだよな?」
ヒトカゲは黙って頷いた。
「ちょっとだけ休みが欲しいんや」
その言葉に眉をしかめるペラップ。
「何で?」
「正直、
言うんも恥ずかしゅうて嫌なんやけどな……実はオレ、炎技が使えへんのや」
ここで衝撃カミングアウト。これまで順調に依頼をこなしてきた新人は、なんとタイプ一致技を使えないと言うのだ。
「どうにも使い方がわからんもんでな。せやから、修行に出たいんやけど」
「そうは言われてもなあ……」
ペラップは渋る。
このギルドには「修行に行ってくる」と言って脱走を図った弟子が何人もいたからだ。だからこういうときは、ペラップの判断で行かせることはできない。
「親方様からの許可が下りるかどうか……」
「何があったんや、このギルド」
「いいよ♪」
「お、親方様!?」
ペラップは驚愕する。まず、プクリンがこの時間に起きていることが少ないうえに、地下に降りてくることも滅多にないのだ。
「だってヒトカゲは、脱走を考えているわけじゃないみたいだからね」
褒められた話じゃない。だが彼は、何の淀みもなくさらっと言う。
「成程なあ。それで親方はんの許可がいるっちゅうことか」
ペラップは決まりの悪そうな顔をして顔を逸らした。
「まあ、許可する代わりに……って言うと、感じが悪いんだけど、少し頼まれてくれないかな? 大したことじゃないからさ」
「なんや?」
ヒトカゲは首を傾げた。
「昨日の話なんだけど、
ある人に、誰か使いを一人、こっちに向かわせてほしいっていう連絡がきたんだ」
プクリンの説明に、なるほどど頷く。
「オレは、そいつのトコに行けばええんやな?」
「そういうこと♪」
ヒトカゲは、考えるそぶりも見せなかった。
「構へんで」
お安い御用だ、と言わんばかりの即答だ。
「ありがとー♪ じゃあこれ、その場所までの地図ね」
はい、といってヒトカゲに二枚の地図を手渡すプクリン。
「準備ええな」
「だってヒトカゲだったら断らないと思ったし♪」
片方は、この世界の地図。青い海の中に五つの大陸が描かれていた。それぞれの大陸名と航路が書かれている。
もう片方は、アルティオ大陸のみが描かれた地図だ。町の名前から山脈の名前、高さまで細かく記されていた。
「もしかしてオレ、大陸超えなあかんの?」
「あ、言ってなかったね。そうだよ♪」
尋ね人はどんなポケモンか、そのポケモンの家がある町はどこか、その町に行くにはなど、事細かくプクリンは説明をする。
「ここからだと、早くて片道一週間弱ってところかなあ」
「随分長いんやな」
「船を使うからね。場所によっては、乗ってるだけで一日が過ぎたりするよ」
まあアルティオだったら半日だけど、とプクリンは付け加える。
「どんな用事かは行ってみないとわかんないけど、よろしくね♪」
「おう」
プクリンからもらった地図をくるくると丸めて、肩に下げていた鞄にしまった。所持品は探検隊バッジに、オレンのみとPPマックスが5個ずつなので、地図が潰れてくしゃくしゃになることもないだろう。
「ほな、行ってくるわ。おおきに!」
そう言ってヒトカゲは迷っている様子もなく、出口のほうへ走っていった。
「大丈夫なのですか? 親方様。
あの方の元に奴を行かせても」
ペラップはヒトカゲの身を案じているのか、不安げにプクリンに尋ねる。
「大丈夫だよ」
そんな彼に、プクリンの返事はとても頼もしいものだった。
「アルティオには凄い炎ポケモンもいるしね」
「そうなんですか?」
「うん♪ きっとヒトカゲのレベルアップにも繋がるよ」
――それに……。
プクリンには別の思惑があった。
「さてペラップ。ボクももう目が覚めちゃったし、そろそろ朝礼の時間だし、行こっか♪」
「そうですね」
それをなるべくペラップに悟られないよう、彼は早足で地下二階へと向かった。