4‐2
ヒトカゲは、ギルドを出て東へ進む。南に進めば海岸こそあるものの、そちらに港はない。
すがすがしい朝の空気を吸って、吐く。こんなことをしたのは、いったいいつ以来だったのだろうか。
目を瞑って、瞼にも風を受ける。すべてを包み込んでしまいそうな温かい風。
ゆっくりと目を開ける。太陽の光はまださほど強くない。既に昇ってしまっているようだが、それでも美しかった。
せっかくのんびりできる『時間』があるのだ。ギルドに戻ればまたきっちりがっちりした生活に戻ってしまうのだから、今のうちに堪能しよう。そう考えてヒトカゲは、ゆっくり歩いていた。
再び瞼を閉じる。
が、
「おいそこのお前ぇ! 止まれぇい!」
そんな時間も束の間、前のほうから耳に響く甲高い声が聞こえてきた。
眉間に皺を寄せた後、瞼を開く。そこには、八匹のヒマナッツが並んでいた。
「……なんや自分ら、オレに何か用なん?」
初対面の相手に貴重な時間を邪魔され、突然呼び止められたヒトカゲの虫の居所は、あまりよくない。
彼の様子を知ってか知らずか、ヒマナッツたちは大声で名乗った。
「われらは!」
「「「「「「「「ヒマナッツ盗賊団!!」」」」」」」」
「命が惜しければそこに金品を置いていけ!」
リーダーらしきヒマナッツがそういうと、彼らはびしっとキメポーズと思われしポーズを決めた。とはいっても彼らに手足はないので、思い思いの方向を向いて決め顔をしているようにしか見えないのだが。
「…………」
開いた口がふさがらないヒトカゲ。
そして、
「はぁ〜〜〜〜〜〜っ」
非常に大きくため息をついた。
「な、なんだ! 早くしろ!」
「ちっこいなあ自分ら。ホンマに物取りをしたいんやったら――」
そう言うとヒトカゲは、音もなく消えた。
かと思えば、中心にいるリーダーの脇にいたヒマナッツたちは突然、ぱたぱたと倒れていく。
「――これくらい相手を圧倒せなあかんやろ」
そしていつの間にか、ヒトカゲはリーダーの真後ろにいた。正確に脈を抑えている。爪を立てれば簡単に刺さりそうだ。
「ひっ……ひぃっ……!」
恐ろしさに腰(がどこにあるのかはきっと誰にも見当もつかないだろうが)を抜かしてしまったらしく、ヒトカゲが腕を放すと、ヒマナッツはへろへろとその場に倒れこんだ。
「安心せえ、お仲間はんは死んでへんから」
ヒマナッツを安心させられるように、ヒトカゲはヒマナッツの目線の高さまでしゃがみにこっと笑って言うが、それは逆効果のようだった。ヒマナッツはさらに縮こまってしまっている。
ヒトカゲは、彼の反応を見て苦笑すると立ち上がった。
「面倒やしただのコソドロっぽいし、ジバコイルはんには連絡せんどいたるよ」
探検隊バッジではかざして刑務所に送還、ということもできる。しかしそれは、依頼でお尋ね者として身柄を確保してほしいと言われたポケモンでなければできない。ヒトカゲの記憶では、ヒマナッツたちがお尋ね者となっている記事はなかったはずだ。刑務所の場所も知らないし、送る手段もない。
「ほなな」
そういって彼は、ヒマナッツたちが通せんぼした先へと歩いていった。
歩くことしばし。ヒトカゲは、時が止まった森に辿り着いた。今日は快晴だが、その場所だけ雨が降っている。降っているといっても雨粒は静止してしまって動きそうにない。
雨が降ったのは一昨日。つまりこの森の時間は、一昨日で止まってしまっている。
ここはキザキの森だと言うことを、彼は地図で確認する。そして、目を見開き、一言呟いた。
「なんでや」
と。
☆☆☆☆
昼下がり。彼は港に辿り着いた。
ポケは十分にあることを確認して、切符の販売所へ向かう。
「あのォ、すんまへん」
受付で新聞を被って寝ているオーダイルに、ヒトカゲは尋ねる。
「アルティオ行きはどれでっか?」
「……アルティオ行きぃ?」
起こされて不機嫌そうなオーダイル。だがばさっと新聞を顔から剥ぎ取ると、別の紙を手に取る。出港表だ。
「ああ、もうすぐ出港だな」
アルティオ船がいつ出るかを見つけたらしく、そう言って出港表を机の上に畳んでおく。
今度は沢山並んでいるほうを眺めて、
「あの船だ」
と言い、一つの橙色の船をその爪で指した。
「ほんなら、切符ください」
「あいよ。往復か片道か、どっちだ?」
オーダイルは首を引っ込めて、引き出しの中から切符の束を取り出す。
一瞬迷うヒトカゲ。ここで往復を買えば、向こうで帰りの切符を買う必要はなくなる。だが、その切符がいつまで有効かはわからない。
結局、片道の切符を買うことにした。
「片道で」
「ほれ。300
Pだ」
想像よりもリーズナブルでヒトカゲは驚くが、言われたとおりの額を支払い、切符を受け取る。
「堪忍な」
そう礼を言って受付を去ろうとした。
「おい兄ちゃん」
が、オーダイルに呼び止められてしまう。ヒトカゲは立ち止まって、オーダイルの方を見た。
オーダイルはヒトカゲを睨んでいた。
「お前、何
者だ?」
この短い会話で何かを感じ取ったのか、それともただ悪さをするポケモンに見えただけか。それは確かではない。オーダイルは圧をかけるような声で言った。
ヒトカゲはそれに対し、
「さあな?」
にやっと笑って答えた。
こうしてヒトカゲは無事、イスティオ大陸を旅立ったのである。