3‐9
太陽も海に差し掛かった頃。ようやく二人はギルドに到着した。昼すぎに出発したのだが、温泉からギルドまでは案外遠かったのだ。
網の上に、カイの足が乗る。
『あ、カイだ! ハルキ、今度は間違いないよ! カイが帰ってきたよ!』
網の下から、リコの元気な声が響いてきた。
「……何やってんねん、リコは」
「……さあ」
しばらくして柵が開き(柵を開けたドゴームがなぜか安堵の表情を浮かべていた)、二人は内部に入る。そして、今日の出来事をペラップに報告した。
「フムフム。なるほど」
ペラップは頷くと、二人の(おもにカイの)長い話を簡潔にまとめた。
「滝の裏には実は洞窟があって、そこの奥には大きな宝石があり、そこを押すと仕掛けが動いて、なんと温泉まで流された……ということか」
「おう」
「残念ながら、宝石はとってこれなかったけどね……」
肩を竦めるカイ。本当に残念だったようで、ずっと明るかった表情に影がさす。そんなカイにペラップは、フォローを入れるように言った。
「いやいや、そんなことないよ! これは大発見だよ!」
「ホント?」
「あそこの滝の裏が洞窟になってるなんて、今まで誰も知らなかったワケだし♪」
「そっか! 発見かあ!」
カイは嬉しかった。自分が新しいことを発見したのだから。
ペラップも上機嫌だ。
しかし、ヒトカゲだけが浮かない表情をしていた。
「ん? どうしたんだ、ヒトカゲ」
「あ、ああ。いや、ちぃと考え事をな」
――探検の際に見た、二つの映像。どうしてもそのことが頭から離れなかった。そして、それによって判明する真実も。
しかし、こんなに喜んでいるのに落とす必要はないだろうと、ヒトカゲは判断したようだ。そのことについてカイに話すつもりはなかった。
報告終了後、部屋に戻った二人は、夕食の時間まで暇を持て余していた。
「今日は楽しかったな!」
カイは自分のベッドの上の段で右に左に動き回っている。そのため、その下で本を読むヒトカゲは、多少不快感を感じていた。
「ああ、せやな。……なあカイ、静かにできひんの?」
「あ、ごめん」
とそこに、あの二人が帰ってきた。
「たっだいまー!」
ハルキとリコだ。
「おかえり! さっきは何してたの?」
「見張り番の仕事! ディグダさんに用事があるから、代わりに私たちがやってたんだ」
「そら大変やのぉ」
感心したように言うヒトカゲだが、興味はないようだ。
「そんなことないよ。ねっ、ハルキ?」
リコはハルキに話を振るため後ろを向く。だがハルキはすでにそこにはいなかった。
気づけば彼はベッドにダイブしていた。
「「いつの間に!?」」
「戻ってきてすぐ飛び込んでたで」
ヒトカゲはそんなハルキに同情のような視線を向けていた。ハルキとリコの様子から、何があったのかなんとなく察したようだった。
「疲れたんとちゃう?」
「えー、なんで疲れるの? あんなに楽だったのに〜……」
解せぬという表情で口を尖らせるリコに対し、ヒトカゲは呆れてため息をつくとこう言った。
「自分なあ……。相方は大切にせえよ? 絶対後悔するで」
そしてヒトカゲは部屋を出ていった。
「……ねえ、なんでカイはヒトカゲと探検隊を組もうと思ったの? 私はヒトカゲとは組もうと思えないよ」
そう尋ねた後、少し間を置いて、例えどんなに探検家になりたかったとしてもね、と付け足して言う。
「うーん、そうだなあ」
カイは、ギルドに入る前の記憶を遡る。ヒトカゲは、ギルドに入るつもりだと言った。自分は、だったら一緒に探検隊を組まないかと言った。そして口論になった……。
なぜ、探検隊に誘ったのか。その答えを導き出すことは実に容易なものだった。
「ヒトカゲがパートナーなら、オイラ、変われそうな気がしたんだ」
下の段であるヒトカゲの寝床に腰を下ろすカイ。ヒトカゲと出会った数日前が、何年も前のような気がした。
「自分がどこにいるのかも知らない、名前もない。おもしろいポケモンだな、って思った。そんなヤツ、会ったことも聞いたこともなかったからさ」
いつもの変わらない日々。そこに突如、ヒトカゲは現れた。今まで会ったポケモンとは全く違う価値観を持つ彼は、カイにとって
異端者だった。
「そんなヤツと一緒なら、絶対にうじうじ悩む暇なんて無いだろうなあ、おもしろそうだなあって。そう考えてたら、気づいたら誘っちゃってたんだよね」
「へえ、カイから誘ったんだ」
リコは感嘆の声をあげつつカイの隣に座った。
「なんか変な感じ。あんなに前に進めなかったのに」
「アハハ、そうだったなあ」
彼女の言葉にカイは苦笑する。事実である以上、否定したくても肯定するしかない。
「じゃあ、カイが勇気を出すくらいの価値があるんだよね。あいつって」
「価値っておい」
「まあ私にはわかんないけど」
仰向けに布団に倒れこむリコ。ふぁさっという音とともに少しだけ藁が散る。
「あんまり乱暴に扱うとヒトカゲが怒るぞ」
「はあい」
☆☆☆☆
夕食後のことだ。プクリンの部屋に、いつもとは違うノックの音が鳴り響いた。別腹と言ってペラップの了承を得、セカイイチを頬張っていたプクリンは、その手を止める。セカイイチとはリンゴのことで、その名のとおり世界一大きく、世界一甘く、世界一おいしいと言われるリンゴだ。彼の大好物でもある。
「どうぞ〜♪」
彼の返事から一秒もしないうちに、扉は開かれた。
「ちょっと邪魔するで」
ヒトカゲだった。彼が扉から手を離すと、吸い込まれるように扉は元の位置に戻り、バタンと音を立てる。
「どうしたの?」
大好物を食べる邪魔をされたというのに、プクリンは笑顔だ。崩す気配もない。
「いや、ホンマしょうもない話なんやけどな?」
頬を掻き、もったいぶるヒトカゲ。
「今日の探検のことで、ちょっとな」
「『滝壺の洞窟』がどうしたの?」
笑顔のまま、首をかしげるプクリン。ヒトカゲはそれに不気味さを感じながらも、本題に入った。
「親方はん、あそこに行ったことあるやろ?」
プクリンは感心したような表情を見せた。そして、
「うん、あるよ♪」
笑顔でそう答えた。
「すごいねーキミ。どうしてわかったの?」
「なんとなく……て
言うても納得いかんか」
「うんっ」
まるで子どものようにプクリンは頷く。
「知りたいなあ♪ ワクワク♪」
「って言われてもなあ……実はオレにもよくわからんのやけど」
「え、そうなの?」
黙ってヒトカゲは頷いた。
「質問しようとしてたのに逆に質問されるとは思ってなかったわ」
苦笑いを浮かべる。
「で、なんで自分、オレらを『滝壺の洞窟』に行かせたん?」
ヒトカゲのこの質問に対し、プクリンは少しだけ考えると、こう答えた。
「初心者向けのダンジョンだし、仕掛けもなかなか面白かったなあ、って思い出したからかな♪」
満面の笑みだ。
「そ、そーか」
――この人は一体いくつなのだろうか、とヒトカゲは不安になった。
「聞きたかったことはそれだけ?」
「おう。邪魔したなあ」
そう言ってヒトカゲは、部屋を出ようとプクリンに背を向ける。
「あ、最後にひとつだけいい?」
そんな彼をプクリンは呼び止めた。再びプクリンに顔を向けるヒトカゲ。
「ええで」
プクリンの笑顔はいつの間にか消えていた。
「君は何者なんだい?」
真剣な眼差しをしていた。
「オレか? せやなあ……」
その目に応えられるよう、ヒトカゲは考える。そして、ひとつの答えを導き出した。
「オレは……平和を願う、ただのヒトカゲや」