3‐7
「ち……っくしょぉ!!」
ここは『大鍾乳洞』。ここであるカメックスが、命懸けで宝の奪い合いをしていた。彼には敵が見えていない。
戦いが始まってかれこれ五分。カメックスはもうボロボロだった。息が荒く、次倒れたら立ちなおすことができないかもしれない。
「いい、加減……ハァっ、姿を、見せやがれ!」
姿を見せない敵に対する苛立ちもあった。彼は、背中に付いたキャノンから大量の水を放出した――『ハイドロポンプ』だ。しかし相手が見えず、標的を定められなかったためか、手応えが全くない。
――こっちも見せるわけにはいかないんです――
不意に、脳内に直接響いてくるような声が聞こえた。中性的な声で、性別すらわからない。だが戦いが始まってからは、こうやって会話をしていた。
わからないことだらけの敵。それでも、幾つかのことには気づくことができた。まず、敵が電気技を使うこと。そして、彼の知り合いだということだ。その証拠に、
「ふん……わかった、自分で、推理してやる」
――それは困りました。頭のいいナギには気づかれてしまいます。どうしましょうか――
敵は、彼の名前を知っていた。
――やっぱり、早くナギを倒してしまうのが得策ですかね?――
まるで、あと数秒でもあれば倒せるとでも言わんばかりの余裕だ。それが気に障ったようで、ナギはしっかり足をふん縛った。
「そんなこと、させる、ものか。俺の……俺たちの、誇りにかけて」
目を閉じるナギ。開けていたところで見えない、ただ集中力が欠かれるだけだと判断した。
「お前を倒したあとで、ゆっくりと推理させてもらうとする」
全神経を肌に集中し、風を感じる。これはかつての
相棒、ウォリーにはできないことだった。ナギの屈強な精神力があるからこそ成し遂げることのできるものだ。
――ボクが倒されたときは、姿を見られることになるんですけどね――
わざと集中を掻き乱すように、敵は思考を割り込ませる。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………シャリっ。
踏まれた土の音がナギの耳に入ってきた。
すかさずそこに向かって『波動弾』を打つ。その大きさは並大抵のものとは比べ物にならない。集中力によってその力を増幅させたのだ。
しばらくは踏まれた砂利に一直線に飛んでいくが、すぐさま右に軌道を変え、何かを追うように『波動弾』は動く。
「なっ……」
戦いが始まって始めて、ナギ以外の声が聞こえた。強い風が吹く。『高速移動』でも使用しているのかもしれない。それによって『ハイドロポンプ』の水たまりに波紋が広がっていく。『波動弾』は必ず命中する技だ。それが消えた、つまり直撃し衝撃が発生した場所によって、大体の場所が特定できる。
ついに『波動弾』が消えた。
「そこか!」
その場所めがけナギはキャノンから『吹雪』を放った。恐ろしい冷気がその場を襲う。そこには何かがいるのだから、カタチ≠ェ現れるはず。運がよければ凍ってくれる。そう確信していた。
そして確信は――
「騙されやがって」
――打ち砕かれた。
「えっ……」
ナギの懐に接近していた敵は、容赦なく『雷パンチ』を打ち込んだ。その威力は凄まじいもので、その場所から壁にまで飛ばされてしまう。甲羅を強く打ち付けてしまった。これにはうめき声を上げ、倒れるしかない。
今まで『十万ボルト』などの特殊技しか使わなかった敵が始めて、物理技を使った。拳の大きさ、体格を知られないための配慮だったのかもしれない。それによって、正体を確信される可能性は、大いにあったのだから。
しかし今となってはどうでもよかった。狼狽える声を聞かれてしまった、今では。
「お……前は……っ、まさか……っ!?」
見上げることもままならない。ダメージに加えて、『雷パンチ』の追加効果で麻痺を負ってしまったようだ。
――だがありえない、ありえるわけない、あの一流探検家が盗みなんてことが――
「……甘ちゃんだな、お前も」
そんなナギに対して敵は、容赦なく『十万ボルト』を落とした。
「信じるのは……相棒だけにしておけよな、一流探検家のナギさん」
☆☆☆☆
『滝壺の洞窟』。そこをしばらく進んでいたカイとヒトカゲ。
「思った以上に辛かったな……」
「せやな」
「疲れてないの?」
「慣れたわ」
そろそろ最深部に辿り着くだろうと、カイは予想していた。
その予想は的中することになる。最深部にたどり着いた。そして最深部の地面には、小さな宝石がたくさん埋まっていた。
「うわあ〜っ! 宝石がきらっきらだ!!」
目を輝かせるカイ。
「おお……」
ヒトカゲも、思わず感嘆の声を漏らした。
カイはなんの警戒もせず、奥の方へと駆けてゆく。すると、
「あっ! あそこに大きな宝石がある!」
壁に埋まっている、一際大きい――それも、カイの体長と大して変わらないくらいの宝石を見つけた。薄紫色で、よく透き通っている。カイが近寄ってそれを覗くと、宝石の表面にカイの顔が写った。
「オイラ、こんな大きなの見たことないや! ものすごいお宝だよ! ねえヒトカゲ!」
「お、おう」
ヒトカゲは、カイの勢いに若干押され気味だった。
「これを持って帰ったら、きっとギルドのみんなはびっくりするよね?」
「せやな。誰もみたことないんと違う?」
苦笑しつつ、ヒトカゲも同意した。――もしかしたら、誰も≠ナはないかもしれないのだが、そのことは伏せることにした。
ようし、とカイは意気込むと、その宝石に手をかけ、力いっぱい後ろに引いた。
「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん! う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!!」
だが、びくともしなかった。
「ハァ、ハァ……。だ、ダメだ。全然抜けないや」
カイが相当な力を入れていたことは、ヒトカゲにもわかった。カイの力は強くなくとも弱くもない。それで抜けないというのは、相当なものだった。
「ヒトカゲもやってみてよ」
「任しとき!」
それが逆にヒトカゲを奮い立たせた。カイに変わってヒトカゲはしっかりと宝石を根元から掴み、引き抜こうとした。徐々に眉間にシワが寄っていく。宝石はぴくりとも動かない。
「********」 ヒトカゲは何かをぼそぼそと呟きながら、腕に力を入れていた。あまりにも抜けず弱音を吐いているのか、そういう風には見えなかった。
「あかん……オレも無理や……」
数分後、ついにヒトカゲも諦めた。
「全力を出したつもりやってんけど……」
「そっか……うーん、オイラもういっかいやってみる。もしかしたら抜けやすくなってるかもしれない」
そういったカイに
宝石を渡し、ヒトカゲは休むことにした。少し後ろに下がり、座り込む。それでも警戒は怠らない。
――刹那、目眩が彼を襲った。
☆☆☆☆
先程も見たシルエット。宝石のある場所にいる。
シルエットも自分たちと同じように宝石に手をかけ、引き抜こうとした。だがやはり抜けない。
と今度は視点を変え、宝石を押した。
すると、地面が揺れる。
シルエットがキョロキョロしているうちに、右側から――大量の水が迫っていた。
それに気づいた時には既に遅く、シルエットは水流に飲み込まれてしまった――。
☆☆☆☆
「…………っ!?」
ハッと我に戻る。
「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん! う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んっ!!」
カイは相変わらず宝石を引きぬこうと必死だった。
「だ、だめだ……やっぱり抜けないや……」
一旦手を離して息を整える。
するとカイの脳裏に、妙策が過ぎった。引き抜くことだけが宝石を取ることではないのかもしれない……。
カイは宝石を押してみた。
「あっ!?」
「ん? どうしたの、ヒトカゲ」
五秒と経たないうちに地響きが彼らを襲う。
「ど、どうしたんだろ……?」
カイも不安を覚えた。
「あかん! 逃げるで!」
そう言ってヒトカゲは咄嗟に、カイの腕を掴む。
「えっ、なんで!?」
しかし、既に遅かった。
「みっ、水だあーーーーーっ!?」
カイのその声とともに、水が二人を襲った――。