3‐6
――そこには、あるシルエットがあった。
そのシルエットはしばらく滝を調べると、その滝に突っ込んでいった。
そしてその奥には、洞窟があった。
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「いてっ!」
丸くなってコロコロと転がったおかげで、大きな怪我をせずに済んだ。カイは甲羅から手足と頭を出し、立ち上がる。辺りを見回すと、すぐそばにはヒトカゲがくるんと丸まっていた。
「ヒトカゲ、大丈夫?」
「あ、ああ……なんとか」
さらに前に一回転して、その勢いでヒトカゲは立ち上がる。
「それにしても、ここは……」
カイは上を見上げた。どうやら洞窟のようだ。滝に飛び込んでこの洞窟に出た、ということは、滝の裏には洞窟があった、ということになる。
「ヒトカゲ! 大発見だよ! 滝の裏! あったんだ、滝の裏!」
「ああ、せやな」
自分たちが発見したことに対して嬉々としているカイ。それとは対照的に、ヒトカゲは随分落ち着いた様子だった。
「ねえ、この先にもなにかあるよな? 行ってみようぜ!」
興奮した状態のまま、ヒトカゲの腕を掴み、カイは先の方へと走り出した。突然のできごとに一瞬思考が追いつかなくなるものの、なんとか体制を整える。
「お、おう」
――あれは結局、なんだったのだろう? 走りながらヒトカゲは考える。
滝に飛び込んだ瞬間、ヒトカゲにはある映像が見えた。それは、ひとつのシルエットが滝に突っ込むという、まさに今の二人のようなことをしてのけたポケモンの映像だった。
あのシルエットの正体がわからないわけではない。つい最近、それも今朝会った、ヒトカゲがここで一番
警戒しているポケモンだ。
だがそういう問題ではなかった。あの映像が本当であれば、この洞窟は既に発見されており、それが公表され、未解の滝などと呼ばれることもなかったはずだ。いや、本当で公表されていなかったとしても、自分たちをここに出向かせるわけがない。
そして何より、あのような映像を見る
能力を、自分は持っていない。なぜ見られたのか、それが一番の疑問だった。
もちろん、そんな悶々と考えていることなど、カイにはわからないわけで。
☆☆☆☆
「今度こそドードーだから!」
「ド……ドードー……?」
「うん! だからハルキ、お願い!」
一方、見張り番をしているハルキとリコ。同じ仕事をしているはずなのに、疲れ具合が全然違った。そもそも仕事に臨む格好が違う。ハルキはきちんとたっていたが、リコは寝転がって上を見上げている。
これは、リコが格子を通過するポケモンの足型を見る係、それを聞いたハルキが、上のドゴームに伝える係と、仕事の分担をした結果だった。
「お、おう……
足型はドードー! 足型はドードー!」
今にも枯れ、萎れてしまいそうな声で、ハルキは叫ぶ。
「ようしわかった!」
ハルキたちが通ってきた道の方からドゴームの頼もしい声が響いた。
しばらくして上から、
「おい、ドードーじゃねえじゃねーぞ! こりゃヤミカラスだ!」
というドゴームの怒声が聞こえてきた。
これまでリコは、一度も足型を当てられてなかった。足型など、まったく知らないからだ。だからこそハルキは腹が立っていたが、ドゴームのように怒る気にもなれなかった。
ハルキは数学や英語などの知識こそ疎いが、この分野――足型に関しては、絶対的な自信があった。一度、テストに出ると思って猛勉強したのだ(結局出なかったが)。それ以来、軽く600を超えるポケモンの足型を記憶している。普通の生活をするのであれば無駄な知識となるのだが、ここでは役に立つ知識だった。
だが、リコがそんなことを知るわけもない。ハルキよりも知識があると自信のあるリコは、足型を見極める役を譲らなかった。
結果、こうなってしまったのだった。
「リゴ、
変わっでぐれ……俺がやるがら……」
「やだ! わたしでもわかんないものをハルキが知ってるわけないもん!」
あとでドゴームにのど飴でも強請ろう、と心に決めたハルキだった。
☆☆☆☆
……外だ。
彼は『東の森』を出て、太陽を浴びた。目を細める。
その背には、肩にかかっているものの倍もあるお荷物を背負っている。こんな状態のポケモンを家に帰すことなど、彼にはできない。自分が疑われるだけだろう。いや、帰さなくても疑われる。
どちらにせよ結果は変わらないのだから、と持ってきた。
どこか影になる場所を探す。ちょうど、崖の下に隠れられそうな穴が出来ていた。
そこに入り込むと、そっと荷物を下ろす。そしてその対面に自分も座り込む。
まさかこんなことになるとは、思っていなかった。
奴の顔は見ていないが、自分たちを一度襲ったアイツに間違いないと、彼は確信していた。己の拳をぐっと握り締め、唇を固く結び、瞼を閉じて、悔しさをかみしめる。
また同じ敵に、ほぼ同じ手でやられてしまった……。
問題は荷物の方だった。瞼を開ける。
自分の場合は、衝撃で飛んでいただけだった。
しかしコイツの場合は、奴の話を信じるならば、吸い取られてしまった。
衝撃であれば自分のように、何かの拍子に思い出すことができるが、吸い取られてしまったのであれば取り返すしかない。
自分が奴を倒すことなど、できるのだろうか?
そもそも倒したところで戻ってくる保証もない。
どちらにせよ、強くならねば。
拳を床に殴りつけたくなった。
彼は決心した。任務を遂行しながら自らを鍛え、そして奴を倒す。この荷物の大事な物を取り返す、と。
親友や仲間に言えば、やはり叱られるだろうか? 「そんなことどうでもいい、任務を遂行しろ」と。
それとも、勧められるだろうか?
……正直、どっちでもいい。自分が招いた事態なのだから、きちんと片付けておきたい。
いろいろ考えているうちに、一時間が経過していた。彼には『時間』というものがよくわかっていないが、だが十分休憩した。先に進まなければ、何も始まらない。
重い腰を上げる。と同時に、荷物の目が覚めた。
「…………うう……」
唸り声とともに瞼を上げていく。それに気づいた彼は、すぐさま荷物に――そのポケモン、ワカシャモに駆け寄った。
「大丈夫か?」
「…………お前は?」
ぼうっとした目で彼を見るワカシャモ。その目は、無知な子供となんら変わりないものに見えた。
「……今はオレが質問しているんだ、答えろ」
眉間に皺を寄せる。もし記憶が無事なら、これにも何らかの反応を示す。そう考えたからだ。
これで気づくようであれば、奴の話は嘘だった、ということになる。
そのほうがよかった。
「……オレは大丈夫だ。今度はこっちの質問に答えてくれ、お前は誰だ?」
彼は愕然としてしまった。
☆☆☆☆
「ヒトカゲ! そっち行った! ニョロモ!」
「ああもううっさいわ! そんな言われんでもわかってるっちゅーねん!」
『滝壺の洞窟』。後にこの場所がこう言われることになることを、今の彼らは知らない。そこで彼らは戦っていた。敵の数はざっと5〜6。なのに苦戦している理由はというと、水タイプのポケモンが多いからだ。昨日まで向かっていた『湿った岩場』などにも水タイプは生息していたが、数が違う。その上水路も多く、自由に動けないことも原因のひとつとなっていた。
ヒトカゲは炎タイプで水路に入れない、水タイプの相手は入れる。相手は自分の体力が減ったら水路に逃げ込み、休憩する。そのあいだにも別のポケモンはヒトカゲを攻撃し続ける。誰がし始めたか知らないが、いつのまにかそれを繰り返すようになっていた。物理的な攻撃しかできないヒトカゲにとって、この方法はかなり苦戦を強いられるものだ。
ヒトカゲも弱いわけではないし、馬鹿ではない。一度攻撃を与えられればかなりのダメージを与えられる。相手がどんな方法を使っているかを知っていて、対策も思いついている。だが、一向に実行に移そうとしない。
一方カイは、水路を自由に動けた。カイもゼニガメ、水タイプだからだ。逃げた水タイプに追い討ちをかけ、ヒトカゲに加勢するというスタイルで戦える。だが『湿った岩場』とはレベルが違った。こちらのほうが多少上だということが、肌で感じられるくらいだ。珍しい
余所者に対し、かなり攻撃的になっている。一度は攻撃が成功するものの、真正面となっては時間がかかってしまう。そして相手もそれに気づき、対策をはじめる。
そんなこんなで、想像以上の苦戦を強いられていた。
今ヒトカゲは、モンジャラと戦っている。炎技を使えば早いのだが、使おうという素振りすら見せなかった。その様子がカイの目に入る。
「『火の粉』とか使った方が楽なんじゃない!?」
カイには、ヒトカゲがわざと炎技を使っていないように見えた。炎タイプなのに使わないのはなぜか、ずっと気になってしょうがない。
バトル中ということもありその言葉が気に障ったのか、ヒトカゲはカッとなり、言った。
「悪かったな、炎技が使えへんでな!」
一瞬、思考が停止する。その隙にウパーの攻撃をモロにくらってしまい、後ろに飛ばされた。
「そないなこと気にするんやない! 目前のことに集中せえ!」
自分の安全のためにも、今は戦うしかなかった。
十分後。二人の息は切れていた。なんとか倒しきって、次のフロアに進めたのだ。
「ハァ、ハァ……で、ヒトカゲ。炎技が、使えないって、どういうこと?」
息を整えながら、カイは尋ねた。
「オレはな」
同じく息を整えながら、ヒトカゲも答える。
「生まれてこのかた、炎技なんざ……ふう。一度も
使たことないわ」
一息吐いたら落ち着いたらしく、肩の動きも収まる。
「えっ……自分のタイプと同じタイプの技って、本能的に使えるーとかじゃないの? 少なくともオイラはそうだったよ」
「オレは違うんや」
適当な返事を返すヒトカゲ。
「うーん、炎技の師匠とかがいれば、使えるようになるのかなあ?」
まあそう簡単には見つからないだろうけど、と付け足すカイ。カイにとっての師匠、それは自らの兄だった。特に気にしたことはなかったが、そう考えると、兄に感謝しなければならない。探検隊活動の合間を縫って指導をしてくれたのだから。
――次会ったときは、お礼を言わなきゃな。カイはふと、そう思った。