3‐2
翌日。
「おはよー。起きるの早いんだな」
本当に珍しく早く起きたハルキが、筋トレをしているヒトカゲに話しかけた。
「おう、おはよーさん。変やと思うやろけどオレ、寝るのが苦手なんや」
ヒトカゲは、背筋をしながら応える。
「ふうん。俺は寝てる時が一番幸せだから、寝坊は大得意だぜ」
――そういえば、フシギダネになるまえは、遅刻の常習犯だったなあ。ハルキは、数日前の日常に思いを馳せる。いつのまにかフシギダネでいることが当たり前になっていた。
「それはそれで問題や」
「ハハハ、だよな」
でもこればっかりはなー、と自らのツルで頭を掻く。この動作にも、だいぶ慣れてきた。
――こりゃ、人間に戻れたとき、かなり困るだろうな。
人間は四足歩行でもなければ、背中につぼみも背負っていないし、ツルも技≠熄oせない。そう考えると、人間の体が不便に思えてきた。
「……随分慣れてんな、その体」
「へっ?」
いつの間にか背筋をやめてスクワットに切り替えていたヒトカゲが、ハルキに言う。ちょうど考えていたことを突っ込まれたハルキは、驚いた。しかし別に表情に出すこともなかった。
「元は人間やってんやろ?」
「あー、まあな。数日もすりゃ慣れるみたいで」
最初は、かなり違和感があった。視線は低いし、つぼみは意外と重いし。だが、技≠フ特訓をしているうちにそれにも慣れていた。
「……戻りたいと思うか?」
唐突に、ヒトカゲは質問をしてきた。
「ニンゲンに」
窓の外の、遥か遠くを眺めながら。
なぜだか答えがでなくなる。決まっていたのに、どうしてだか。
沈黙が続く。
「……そう、だな」
ようやくハルキは、破った。
「戻れるんだったら絶対戻りたい」
――戻って、伝えたいことがある。
「だけど、戻れないんだったら……それはもう、しゃあねーかなって」
――戻れないなら、このまま探検隊として活動する。
それ以外に、答えはなかった。
答えはなかったはずだ。
「戻れないならしゃあないってそれ、本当に戻りたいて思ってないんと違う?」
言葉を失った。
「自分、それでも男かい。ホンマ戻りたいんやったら、何が何でも戻ろうとせい」
こういうヒトカゲの目は、しっかりとハルキの瞳を見据えていた。目を逸らしたくなる、だけど逸らせない。そんな目だ。ハルキは逃げられない。
だが、逃がしたのはヒトカゲの方だった。
「――てまあ、オレも言えんけど。
他人ンこと」
頭を打たないように気をつけつつ、後ろに倒れこもうとする。くるんと綺麗に一回転した。
「……器用だな、お前」
ハルキは、そっちの方に話題を変えた。同じ話題じゃ自分が辛かった。逃げたかった。
「せやろ? 前からよー言われててん」
「そっかー」
話題転換をしたことに対するヒトカゲのツッコミはない。ハルキはホッとした。
――逃げたな、コイツ。
しかし、もちろん気づかれているわけで。
☆☆☆☆
「みっつー! みんな笑顔で明るいギルド!」「さぁみんな♪ 仕事にかかるよ♪」
「おぉーーーーっ!!」 朝礼が終わり、みんな散り散りになってゆく。二日目なので、ハルキも参加していた。
ペラップは、掲示板のあるB2階へ行こうとする四人を引き止める。
「あ、『ソラ』はこっち来なさい。『リバース』は――」
とそこに、ドゴームがやってきた。
「なあペラップ、一日くらい手空きのやついねーか? 手伝ってほしいことがあるんだが……」
「――だ、そうだ。ドゴームを手伝ってやれ」
「えぇー……」
ペラップに言われたが、リコは明らかに嫌がっている。
「……何かご不満でも?」
「大アリだよー。うるさいじゃん、ドゴームさんさあ」
「っ……ハハハハっ!!」
リコの言葉に、ヒトカゲは思わず吹き出してしまった。
「えっ、何? なんなの?」
戸惑うリコ。そして、
「お前ら……いい度胸じゃあねえか……!!」
ドゴームは眉間に皺を寄せていた。
そうとは知らず、ヒトカゲは笑い続けている。
「うっ、うるさいって、ちょ、自分正直すぎやろっ!!」
「ちょっと面ァ貸せやぁ!」
怒鳴って乱暴にリコを抱え上げるドゴーム。笑ったままのヒトカゲも抱えるが、それでもヒトカゲは止まなかった。
「ど、どうしたのドゴームさん!?」
自分が招いたこと事態の理解をしていないリコ。
そのまま二人は、外へ連れて行かれた。
「あーあ、あいつら死ぬなあ」
ペラップはそれを半目で見送った。
「えっ、そんなにドゴームって強いの?」
「親方も『怒ったら手に負えない』って言っていたほどだ」
「げっ、まじか。大丈夫かな」
その数分後。ドゴームの悲鳴が、トレジャータウンに響き渡った。
☆☆☆☆
「――コホン。それでは、気を取り直して」
ギルドB3階。ヒトカゲが戻ってきてから、ペラップは話を始めた。本日の機嫌はいい。
「お前たち、最近は随分と仕事にも慣れてきたな」
探検隊活動を始めてから、本日で五日目。昨日の仕事ぶりを見て、ペラップは判断したのだろう。カイが出動していなかった一昨日は論外である。
「とくに一昨日、スリープを逮捕したのは見事だったぞ♪」
……論外である、はずである。
「そこで! 今日はいよいよ、探検隊らしい仕事をやってもらおう♪」
この言葉に先に食いついたのはカイだった。
「えっ、ホント!? ……やったあー!」
ペラップが頷いたのを確認し、カイは飛び上がる。
「不思議な地図を出してくれ」
ヒトカゲは、トレジャーバッグから不思議な地図を取り出して広げた。
まずペラップは、トレジャータウンを指す。
「ここが、トレジャータウンだ♪ そして、今回調査してほしい場所は、ここ……」
そして羽根を移動させ、今度は少し離れた滝を指す。その滝から流れる川は、海に続いていた。
「ホラッ。ここに、滝が流れているだろう♪」
流れているわけではないが、一応そういうことにしておこう。
「一見、普通の滝に見えるのだが……この滝には、何かヒミツがあるのではないか、との情報が入った。そこでオマエたちに、この滝に何があるのか、調査してほしいのだ」
そこまで説明し、以上だ、地図はなおして構わないぞ、と言うペラップ。
「ふうん、滝なあ……」
そう呟きながらヒトカゲは地図をくるると丸めた。
「今回の仕事、わかったかな?」
尋ねられるが、珍しくカイの応答がない。
「おう、任しとき。」
仕方なく、代わりにヒトカゲが返事をする。
「では、滝の調査、しっかり頼んだぞ♪」
カイの様子がおかしい。
「おや、どうした? 震えているのかい?」
「
放っとき。ほなな、いくでカイ」
そんなカイの背をヒトカゲは(物理的に)押し、ギルドを後にした。カイが通ったあとの道は若干湿っていたと、あとでルビーは語る。