2‐12
「――これで彼女は大丈夫です。あと数時間もすれば目を覚ましますよ」
チリーンは治療後、『念力』でリコにきちんと毛布をかぶせてあげた。
「さて。次はあなたの番ですね。えっと、お名前は……?」
「俺はハルキ。えっと、よろしくお願いします」
ずっと敬語を使うチリーンに対し、思わずハルキも堅くなってしまう。
「そんなにガチガチしなくても大丈夫ですよ。じゃあハルキさん、傷を見せてください」
チリーンは救急箱を開けながら言った。
「ところで、どうしてこんな傷を?」
「えっと、それは……」
「ちょっとお尋ね
者と
戦うてたんや」
「それまたどうしてそんなことに」
「俺たちは偶然居合わせたんだ、ルリリの女の子が脅されてるところに」
――夢のこともあるけど。ハルキはふと思い出した。夢と全く同じことになっていたと気付いたのだ。脅されているところも、『サイコカッター』でリコは倒れるところも、悪夢で見ていた。
自分がボコボコにされたことよりも未然に防げなかったことの方が、ハルキにとっては悔しかった。
「それで、ヒトカゲさんは……?」
「オレはやな予感がしたから行っただけや。そのへんはカイに聞けば――」
「ヒートーカーゲー……?」
診療室に誰かが入ってきたようだ。
それはちょうどヒトカゲが言おうとしていた、
「おお、カイやん」
カイだった。
「何やってるの勝手に! せめてどこに行くかくらい教えてくれたっていいだろ! それに……」
「し、診療室では静かにしてください!」
チリーンに指摘され、カイは口を閉ざす。
声のボリュームを下げて、続きを話し始めた。
「危険に晒されたらどうするつもりだったの?」
「普通に相手を倒すつもりやったで」
「そんな無茶な」
ハルキはそれを見て苦笑している。
「……そちらのフシギダネは?」
「あ、俺ハルキ。そのヒトカゲに助けてもらったんだ」
「そーゆーこっちゃ」
ヒトカゲは堂々と胸を張った。
「あとそれから、もうひとり……」
ベッドで寝ているリコの方に目をやるハルキ。
リコを見た瞬間、カイの表情が変わった。
「………………リコ? なんで?」
「「へ?」」
ヒトカゲとハルキはすっとぼけた声を出した。
「え、知り合いなん?」
「うん。幼馴染なんだ。兄ちゃんつながりで」
「幼馴染か……」
ハルキは、人間だった頃を思い出した。
――あいつ、元気にしてるかな。突然消えて心配とか……いや、ないか。
「どうしたん」
「え? い、いやなんでもない」
首を横に振るハルキ。
「ハルキさん、動かないでください。治療がしづらいです」
「あ、わり。にしても、凄い偶然だな!」
「そうだね……で、リコもハルキも、なんでここに?」
「トゲトゲ山でちょっといろいろ……」
幼馴染が襲われたとなると傷つくのではないかと思ったハルキは、はぐらかそうとした。
しかし、
「お尋ね者と
戦うてボッコボコやったハルキとそんポッチャマをオレが助けたんや」
ヒトカゲは包み隠さず話してしまった。
「ボッコボコだった!?」
「ちょ、ちょっとヒトカゲ、流石に」
「なんで隠す必要があるん。助かったんやからええやろ」
とそこで、ノックの音が転がってきた。
「ペラップだ。探検隊『ソラ』の二人はいるか? お届けものだ」
「報酬やろか」
ヒトカゲは立ち上がる。
「ほんじゃ、オレはちょっと行ってくるわ。カイは再会に浸ってもええし、ついてきてもええ。一応探検隊『ソラ』としての手柄になってるからな。ハルキはちゃんと治療受けぇよ」
そして診療室から出て行った。
「お尋ね者の報酬やろ?」
「ああ、そうだが……カイは?」
「今はそっとしたってや」 ――再会に浸るというか、看病だよな。ふとそう思うハルキ。
「ハルキさんも、治療終わりましたよ」
ちょうど治療が完了したようだ。チリーンは道具を片付け始める。
「さんきゅ」
「お礼には及びませんよ」
☆☆☆☆
「ただいまー」
しばらくして、ヒトカゲが診療室に戻ってきた。
「どうや、ポッチャマの様子は」
「静かに寝てるぜ」
「そか」
リコは安心して寝息を立てている。
「…………」
その様子を、カイはじっと見つめていた。
「で、アイツの話って?」
「案の定報酬やったわ。相変わらずやでアイツ、報酬のポケ十分の九取られてもうた」
「なんでそんなにとるんだよ」
「しきたりやとさ」
「ふーん」
酷ぇしきたりだな、とハルキはぼやいた。
(ところで、カイはずっとこんな調子なん?)
声を潜めてヒトカゲはハルキに尋ねる。
(ああ……ずーっとだ)
それに合わせて声のトーンを下げるハルキ。
(多分、今のアイツには、なんにも聞こえちゃいねーよ。すっげー考えてるみたいだ……何か知らんが)
「なんや、そうやったんか。じゃあひそめる必要も……」
「いや、聞こえてるんだけど」
カイが反応を示す。
「え、そうだったのか!?」
「むしろこんな静かな中で聞くなって言ったら耳を塞ぐしか方法ないし……確かに、考え事だったらしてたけど」
ハルキは驚きを隠せないようだ。
「……兄ちゃん、大丈夫かなってさ」
「兄ちゃん? お前、兄ちゃんがいんのか?」
「まあね。って、オイラ名乗ってなかったな。カイっていうんだ。ハルキ、よろしく」
よろしくといって鶴でカイと握手をする。
「リコがこんなにボロボロになるほど強いお尋ね者がいたんだから、心配になったんだ。まあ、兄ちゃんは強いから大丈夫だと思うけど……」
「わかんねーよな、こうなっちゃ」
カイは頷いた。
「リコだって、兄ちゃんやウォリーさん直々の戦闘術を教えてもらってたんだけどね」
「ウォリーって?」
「リコの姉ちゃんだよ」
――あの
エンペルト、ウォリーって名前だったんだ。ハルキは、口には出さずに心で思った。
「……兄ちゃんとウォリーさんは、ちょっと前まで探検隊を組んでたんだ」
カイは昔話を始めた。
「だけど、あるものを守る依頼を受けて、解散した。二箇所あったから、組んでるよりバラバラの方がやりやすいってことでね」
「あるものってなんや?」
ヒトカゲの問いに答えず、しばらく黙っているカイ。
しかし、自ら沈黙を破った。
「あるものっていうのは……『時の歯車』のことなんだ」
「なんやて!?」
ヒトカゲは過剰な反応を示すが、ハルキは、
「なんだそれ?」
首をかしげた。
「知らないの!?」
「俺この辺のことまったくわかんねーんだ。来たばっかりで」
気まずそうに頭を掻くハルキ。
「来たばっかりなら、仕方ないか……じゃあ、説明するな」
☆☆☆☆
「『時の歯車』は、世界の隠された場所にあるんだ。やっぱりその場所は言えないけどね。その中央にあるのが……『時の歯車』と呼ばれているんだ。この『時の歯車』がそこにあることで、それぞれの地域の時間が守られていると言われてるんだよ」
少し長い説明ではあるが、ハルキはなんとか理解することができた。
「なあ。そのえっと、『トキノハグルマ』をとったらどうなるんだ?」
ふと疑問に思ったことを尋ねる。
「そんなの、オイラにもわからないよ。わからないけど……」
「けど?」
「『時の歯車』をとっちゃったら多分、その地域の時も止まっちゃうんじゃないかなあ……」
「…………」
ヒトカゲは、黙って話に耳を傾けている。
「だから、みんな絶対触らないようにしてるんだよ。とにかく大変なことになっちゃうと思うから、みんな怖がって『時の歯車』だけは触ろうとしない。たとえ、どんなに悪いポケモンでもね」
「初めてみたけど……これが……『時の歯車』だね」
「じゃあ、なんで守る依頼なんかきたんだ?」
「そんなのわかんないよ」
「……ごめんね。すっごく迷惑なのは、わかってるんだ」
「でも兄ちゃんは言ってた」
「だけど、世界を守るためには……必要なんだ」
「『きっと誰かが狙ってるんだ』って。そして、それを感じ取った誰かが、二人に依頼をしたんだ……ってね」
「ぐ……っ、アンタ、なんで……っ」
「……未来を……この世界を、守るため。これじゃあ……だめかなあ?」
「ふ……ざけないでっ! こんなの……間違ってるでしょ!?」
「依頼主もわかってないのか?」
「今すぐ……やめなさい……さもないと……っあがぁっ!」
「……大丈夫、安心して。僕らの調べが確かなら、一時的なものだから」
「みたいだよ」
「変なの」
「『時限の塔』に収めれば……時間の歪みが元に戻る」
ピシャッ ……ゴロゴロゴロ……
「うわああああっ!?」
雷が、どこかに落ちた。
「悪いけど、抵抗するなら容赦はしないよ。歯車を取ったあと、ここに君を置いていく」
「ハァっ……勝手に、すれば……いいじゃない。自分で脱出、して、真実を知らせに」
「……そう。それは残念だな。『かわらわり!』」
「ぐあぁぁ!」
「ど、どないしたんカイ!?」
「雷……雷やだ……」
「……なんだ、それだけかよ」
「心配して損したわ」
「君のいうことなんて、誰も信じちゃくれないさ。君が一流探検家であるように」
ピカッ「ぎゃあああああ!」
「落ち着け! 怪我人が起きるだろ!」
「お前も充分うっさいわ!」
ゴロゴロゴロ…… 「僕も一流探検家なんだよ、ウォリー」
「ごめんなさああああぁああああぃ!!」
運命は確実に、動き出していた。