SPE1‐6
言われたとおり、ルビーは入口に出る。するとそこでは誰かが、落ち着かない様子で行ったり来たりしていた。
昨日ぶつかったユキカブリだ。
「あっ!」
ユキカブリはルビーに気づいたのか、声を上げて自分からルビーに近寄ってきた。
「キミは昨日の!」
「はい。は、はじめまして。ボクはユキカブリと言います」
ぺこりと一礼するユキカブリ。その様子を見て、不思議とルビーまで
畏まってしまう。
「あっしはビッパのルビーでゲス。気軽に呼んでもらえると嬉しいでゲス」
ルビーもぺこり、と頭を下げた。
「昨日はご迷惑をおかけして、すみませんでした」
「いいんでゲス。別に気にしてないでゲス」
謝罪されるほどの行いをした覚えは、ルビーにない。
そんなことより、とルビーは言葉を続けた。
「何か怖そうなやつらに追われてたようだったでゲスが……大丈夫だったんでゲスか?」
ずっと心配していたことだ。
「は、はい。大丈夫です。……といっても……」
昨日のことを思い出したのか、ユキカブリはぶるっと身震いした。
「実はちょっと怖い目には遭ったんですが……」
そしてユキカブリは、昨日あったことを話し始めた。
あの後、彼は頑張って逃げていたが、結局あのタツベイとグライガーに捕まってしまったらしい。あの二人はユキカブリの所持品を狙っていた。だが目当てのものがないと知り、ユキカブリのことは諦めたそうだ。最終的には一撃食らわされたそうだが。
「そ、それは大変だったでゲスね……」
もしそれが、自分だったら。ユキカブリと同じように、身震いをしてしまう。
「でももしかして、そのタツベイとグライガーが探していたものって、もしかして……」
ユキカブリはこくんと頷いた。
「そうです。ボクが昨日、ルビーさんに渡した……あの古びた地図なんです」
やっぱりそうだ、とルビーも頷く。
「昨日はあのままだと地図が奪われてしまうので……咄嗟に誰かに渡してしまうしかなかったんです。それで、見ず知らずのルビーさんに……」
申し訳なさそうに、目を伏せるユキカブリ。
「あとでトレジャータウンの方たちに聞くと、それはここのギルドのルビーさんだということがわかり……それでこうして、お礼を言いにきた次第です」
瞼を開く。
「ご迷惑をおかけして……本当に申し訳ありませんでした」
ルビーに対し、ユキカブリは再び深く頭を下げた。
「いやいや、お礼なんていいんでゲスよ」
顔を上げてほしいでゲス、とルビーが言うと、ユキカブリは頭を上げる。
それより、とルビーは話題を転換させる。
「あっしが受け取ったあの地図って……やっぱり、『星の洞窟』を示したものなんでゲスか?」
「そうです」
頷くユキカブリ。
「幻のポケモン、ジラーチが居るとされる……『星の洞窟』です」
それを聞き、ルビーは自然と、自分の胸が高鳴っていることに気づいた。
「ジラーチに会えば夢を叶えてくれる……あの二人も、それが目的で地図を狙っているのです」
二人の考えも、わからないではない、かもしれない。夢を叶えてくれるポケモン、ジラーチ。そんなポケモンに会える方法があるなら、自分もなんだってしたかもしれない。
「それで……実はお願いがあるのですが……」
「はい〜? なんでゲスか〜?」
ユキカブリは真剣そうだったのに、ルビーはつい、気のない返事を返してしまう。
「ボ、ボクと一緒に、『星の洞窟』へ探検してもらえないでしょうか?」
「…………へ?」
何を言われたか理解できず、一瞬固まるルビー。
理解をすると、大声を上げた。
「ええ〜〜〜〜〜っ!? あっしと一緒でゲスかあ〜〜〜〜〜っ!?」
「はい」
それは、決意をした目だった。
「ボクはなんとしてもジラーチに会って願い事をしてみたいのですが……」
でも、と言いよどむユキカブリ。
「弱いので、洞窟の奥なんかとてもいけません……」
俯いて、悔しそうに言うユキカブリ。
「けど、ルビーさんが一緒なら!」
だがぱっと顔を上げ、目を輝かせて、言った。
「ルビーさん、とても頼りになりそうだし……それに、優しそうだから……一緒に探検に行くなら、ルビーさんしか居ないって思ったんです!」
悪い気はしなかった。褒められているのだから当然だ。
だが、頼りになるかどうかは自信がなかった。
「でも……いきなりこんなことお願いして……迷惑だったでしょうか?」
心配そうに尋ねてくるユキカブリ。
流石にこれは、断れない。
「いやいや! そんなことないでゲスよ!」
否定することはできなかった。
「実はあっしも、願い事したいと思ってたんでゲスよ」
これは事実だ。彼にも夢がある。叶うかわからない大きな夢だ。
乗りかけた船。ここまできてしまっては仕方がないと、ルビーは腹を
括った。
「ようがす。だったらあっしも、『星の洞窟』に行くでゲス!」
「ホントですか!? すごく嬉しいです!」
わーい、とユキカブリは子供のようにはしゃぐ。
「一緒に力を合わせて……ジラーチに会うでゲスよ〜〜〜〜っ!!」
こうして彼らは、星の洞窟に行くことになった。
この様子を誰かに見られているなど、ルビーは考えもしなかった。
☆☆☆☆
星の洞窟に行くと決めたはよい。
だが、ルビーには一つだけ問題があった。
ギルドの修行である。探検に行くには、修行を休まなければならない。
というわけでルビーは、ペラップに休みをもらいに行くことにした。
「ええ〜〜〜〜〜〜〜っ!? ギルドの修行をしばらくお休みしたいだってえぇ〜〜〜〜〜っ!?」
当然、ペラップは驚愕する。ばたばたと翼をはためかせていた。
「しばらくって言っても、ほんの数日でゲスよ」
ここまで驚かれると思っていなかったので、ルビーは苦笑して付け加える。
そして、痛いところを突かれてしまった。
「お休みする理由は?」
「えっ?」
そう、理由だ。勿論、ただ休みたいから、というだけで休ませて貰うわけにも行かないのだ。
「り、理由でゲスか?」
そして当然、星の洞窟に探検に行くから、などという理由も駄目だった。
まったく考えていなかったルビーは言いよどむ。
「お休みする理由は……エート……エート……」
咄嗟に考える。
ルビーにとって妙案の妙案が思いついたところで、忘れてしまわないうちに実行。
「最近、体調が悪いんでゲス! お腹がとても痛くて……ううっ……」
「お腹が痛い? 何を食べても平気なお前が?」
失敗だった。確かに、『鉄の胃袋を持っている』と豪語していた自分が腹痛などとは、矛盾している。
だが、ペラップは悩むルビーに、助け舟を出した。
「昨日の夕飯も、お前が一番おかわりしてただろう? なのにお腹が痛いのか?」
ペラップ本人はそんなつもりもなかっただろう。しかし、ルビーはそれを理由にすることにした。
「ううっ……きっと食べ過ぎたんでゲス……」
腹を抱えて、苦しそうな演技をするルビー。
そんな様子を見たペラップは、唸っていた。
「……うーむ。どうも何かヘンな感じだが……」
気づかれてしまうだろうか。嫌な汗をかきつつ、判決を待つ。
「ここにピカチュウさえいれば、本当かどうかわかるんだがなぁ……」
どきり。心臓が高鳴る。ピカチュウが居れば、ルビーはおしまいだった。なぜなら彼女には、なぜだか人の心を読むことができるから。
しかし彼女は今、リオルとともに依頼に出かけていた。
渋々といった様子で、ペラップは言った。
「……まあ、いい。お休みは許可しよう。ただし、他の弟子たちに迷惑はかけないように! いいね!」
「ううっ……すみませんでゲス……」
ペラップには悪いと思った。
しかし、夢を叶えたい。
一流の探険家になるという、ルビーの夢が叶うならば。
そうなればギルドでの修行も失敗しなくなるし、誰にも迷惑がかからなくなる。だから、きっとみんなも喜んでくれる。
こんなチャンスはない。
そう信じて彼はユキカブリとともに、『星の洞窟』に挑戦するのだ。
困難が待ち受けていることなど、ルビーはまだ知らない。