SPE1‐3
ルビーはトレジャータウンにやってきた。『ヨマワル銀行』や、最近潰れてしまった『ガラガラ道場』を通り過ぎて、『カクレオン商店』を目指す。
小橋を渡ってすぐ右が『カクレオン商店』だ。
「こんにちわ〜でゲス」
こう言いながらルビーは、『カクレオン商店』の店主である二匹のカクレオンに挨拶をした。左には通常のカクレオンが、右には色違いのカクレオンが立っている。このカクレオンたちは兄弟で、通常の色をしている方が兄だった。
「いらっしゃ〜い♪ こちら、『カクレオン商店』で〜す♪」
カクレオン兄がルビーをようきに迎える。
「何かお買い物ですか〜♪」
こう期待されていると、少し申し訳ない気分になってしまう。だが、これは仕事だと割り切って、ルビーは話した。
「い、いや……申し訳ないでゲスが、買い物ではなくて……」
そこまでで察したらしく、二人はそろって気を落とす。
「……ああ……いつもの在庫調査、ですか……。ガッカリ……」
こういう反応を受けるのもいつものことだった。
カクレオンははっとし、先ほどのようきさを取り戻した。
「あ、いやいや。いいんですよ〜♪ 在庫調査でも〜♪ 全然、ホントに♪」
今度は弟がルビーに尋ねた。
「それで、今回は何をお調べに?」
「『オレンのみ』でゲス。すまないでゲスね、いつも」
「いえいえ。いいんですよ〜♪」
兄はそう言うと、店の中を覗いた。
「ええっと。『オレンのみ』は〜……今日は2コ入ってますね〜」
「2コでゲスね。ありがとうでゲス」
ぺこりと頭を下げるルビー。
「お仕事頑張ってくださいね〜♪」
カクレオン兄弟は、そう言って励ましてくれた。元気も出るが、同時に気が沈んでしまう。
ルビーは足を動かさなかった。それを不思議に思ったカクレオン弟が話しかける。
「あれ、まだ何か?」
「い、いや。他に用があるわけではないんでゲスが……」
この際打ち明けてしまおう、と思った。
「ちょっと悩みがあってでゲスね……。実はあっしってなにをやるにしても、どうもどんくさいようで……いつもギルドで失敗ばかりしてしてるんでゲス……」
今までの失敗を思い出してみたが、顔から火が出る失敗から真っ青になってしまう失敗など様々だった。
「あっしは一刻でも早く一端の探検家になりたいんでゲスが……例えばでゲスよ。手っ取り早く探検家として活躍するには……どうしたらいいんでゲスかね?」
カクレオンたちなら知っている、とルビーは思った。今まで、たくさんの探検家を見てきたはずだと。
「ああ! それなら!」
カクレオン弟が反応した。やはり知っていたようだ。
「技マシン≠ェオススメですよ〜♪」
嬉々として話すカクレオン弟。技マシン≠ェどういうものかは、ルビーもよく知っている。使えば新たな技≠覚えられるというものだ。
「探検ですごく役にたちますよ〜♪ もう大活躍も間違いなし♪ エート、例えばですね……」
そう言われるが、ルビーも阿呆ではない。故郷を出てギルドに弟子入りしてから、かれこれ二年弱。技≠覚えただけで強くなれるわけがないことを、ルビーは知っていた。自分のレベルを上げ、技≠使いこなせてこそ、強いと言える……と、ピカチュウに教わった。
「あったあった! これなんていかがでしょう〜♪」
そう言ってカクレオン弟は、技マシン『めざめるパワー』をルビーに見せた。使うポケモンによってタイプが変化する技だ。
初めて聞く技の名前だった。それ故に、思った。これを使いこなせるようになれば、ギルドの仲間たちも自分を認めてくれるだろうか……と。
「『めざめるパワー』でゲスか……ちなみにコレ、おいくらなんでゲスか?」
少しだけ、買おうという気が芽生えた。
「おおっ! お目が高い! お値段は……ええと、6500ポケになりますね」
「ろ、6500ポケ!? そんなにするんでゲスか!?」
カクレオン弟の口から出た値段は恐ろしいものだった。6500ポケあれば、リンゴが65コ買える。
「技マシン≠ヘ高価なものですからねえ……。でもやっぱり高すぎですかねえ?」
どうしようか、と迷ってしまう。ルビーはカクレオン兄弟に背を向け、懐にしまってあるものを取り出して見つめた。
それは7000ポケだった。お小遣いとは別に、肌身離さず持っているものだ。だがこのお金は、二年前にもらった、母からの餞別だった。何か困ったことがあったらと持たされていたのだ。
これは母から渡された、大事なお金。こんなところで安易に使ってはいけない。
ルビーはそれを懐にしまうと、カクレオン兄弟の方に向き直した。
「悩んだんでゲスが……やっぱり買うのはやめておくでゲス」
この答えに、カクレオンたちは露骨にがっかりした。
「そうですか〜……。それは残念ですね……」
「せっかく相談に乗ってもらったのにすまないでゲスが……じゃあ」
そう言うと、ルビーはギルドへと足を向けた。
「うちはいつでもいいですからね〜♪ 買いたくなったらまた来てくださいね〜♪」
と、その時だった。
どんっ
誰かとぶつかった。
「わっ!?」
飛ばされるルビー。
相手にはあまり衝撃がなかったらしく、すぐにルビーの方に駆け寄ってくる。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫でゲス」
そう言ってコロンと転がり、もとの体制に戻る。
相手はユキカブリだった。何かに怯えているのか、ブルブルと震えている。
「あっ、そうだ! す、すみません、これを!」
突然なにかを思いついたらしく、ルビーに何かを押し付けた。
「持っててください! ではっ!」
そして、『サメハダ岩』の方へと走っていった。
「えっ……ちょ、ちょっとぉ!?」
呼び止める暇もなかった。
「な、なんなんでゲスか……」
とりあえず、渡されたものは預かっておこうと、それも一緒に懐へとしまった。そして再び、歩きだそうとしていると――カクレオンは、ルビーの進行方向から、明らかに怖いポケモンたちが近づいてきていることに気がついた。グライガーとタツベイだ。血相を変えて、何かを探しているように見える。
「くそッ、どこに行きやがった!」
誰かを探しているらしい。
「おい、そこのオマエ!」
そのおっかないタツベイに、ルビーは話しかけられてしまう。だが気づいていないルビーは、
「はい〜?」
適当な返事をする。
「今こっちに、ポケモンが一匹こなかったか!?」
「ポケモンでゲスか〜? えーっと……」
ゆっくり答えようとしていると、
「おいッ! こっちは急いでるんだ! チンタラしてないでさっさと答えやがれッ!」
グライガーもこちらにやってきて、ルビーを急かした。
「あ、はい〜。どんなポケモンでゲスか〜?」
それでも動じない。案外肝が座っているのかもしれない。
「白くてオドオドしているやつだ。見なかったか?」
「ああ、それなら。あっちの方にいったでゲス」
そう言ってルビーは、『サメハダ岩』の方向……進行方向とは、逆の方を指した。
「急ぐぞっ!」
「おうっ!」
その情報を手に入れるや否や、グライガーとタツベイは礼も言わずにそちらに行ってしまった。
「……なんだったんでゲスかねえ……」
あの二人がなんなのか、そしてユキカブリがなんなのか。それを知る術はない。
とにかく報告しなければと、ルビーは今度こそギルドへと戻った。