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ゆるやかな坂を上り、十字路を左へ曲がると、そこはトレジャータウンと呼ばれる小さな町だった。
「へぇ……思ったよりも立派なトコや。食料もポケを稼げば何とかなるやろうな」
すっかり観光気分のヒトカゲ。あちこちを見回しながら先々のことを考えていた。
ちなみに、ポケというのはこの世界のお金である。宝箱の鑑定をしてもらうにも、勿論買い物をするにもポケが必要なのだ。
「おや、アンタ。見かけない顔だね」
突然、腹のポケットに小さな子どもを入れている茶色のポケモン――おやこポケモンのガルーラが、ヒトカゲに話しかけてきた。
「プクリンのギルドの新入りかい?」
「? プクリンのギルド? ――ああ、この辺にあるん?」
ヒトカゲの返答にガルーラは一瞬驚いたが、すぐに説明をはじめる。
「そうだよ。十字路があっただろう? 上の方に行くと、プクリンのギルドがあるんだよ。脱走するポケモンもいるくらい規則が厳しくて、とくにプクリンはものすごく怖いって噂のギルドなんだけど、実際はそうじゃないんだ。メンバーみんなが優しくて、いつも笑顔なんだよ」
そういうガルーラもにこやかだった。
「やあ、誰がそないな噂を流したん?」
「さあねぇ。でも脱走したポケモンがいるのは本当だから、そのポケモンが流したのかもしれないねぇ」
その話を聞き、随分と悪趣味なポケモンだな、と彼は思った。
「あ、そうだ。アンタ名前は何ていうんだい? あたしの名前はルーラ。周りからは『ルーラおばちゃん』って呼ばれてるんだ」
「……へ? な、名前?」
「そう、名前。自己紹介は基本だろ?」
ヒトカゲは一瞬返答に困ったが、
「でもオレ、名前ないんや。そういうトコから来た」
とルーラに告げた。
「おや、そんなところもあるのかい?」
「まあな。変わっとるやろ?」
「変わってるねぇ。珍しい」
そんな会話をしていると、
「ルーラおばちゃん! おはよー!」
一匹のポケモン、ゼニガメがこちらに駈けて来た。
「あらカイ! おはよう!」
ルーラはそれに対し、にこやかに答える。
「オイラ、今日こそギルドに入る! 絶対入ってみせるぜ!」
「若いのは元気でいいねぇ。頑張りな!」
「うん! ……ところでおばちゃん、そのヒトカゲ、誰? 見たことない顔だね」
カイがヒトカゲの顔を覗き込んだ。
「ああ、このヒトカゲは名前がないんだってさ。そういうところから来たらしいんだけど」
「
えっ! 名前、ないの?」
「まぁ。もしあったとしても、名前で呼び合うことなんてあらへんから忘れたわ」
ヒトカゲは頭を掻き、苦笑しながらカイに説明する。
「そっかー。オイラはカイ。ヒトカゲ、よろしくな!」
その説明をあっさりと飲み込み、カイはヒトカゲに手を差し出した。
「お……おう!」
ヒトカゲは戸惑いながらも、その手を握った。
「あ、そうだ! カイ、ヒトカゲにこの辺を案内してやりなよ。プクリンのギルドの場所も知らないくらいだし、ここは初めてだろうからね。ギルド入門はその後でも遅くないだろう?」
「プクリンのギルド知らないの!?」
目を丸くして驚くカイ。
「……名前しか知らんかった」
「そうだったんだ。じゃあオイラがこのトレジャータウンについて説明してやるよ! ――ゲホッ、ゲホッ」
カイは自分の胸をドンと叩いた。そのせいで咳き込んでしまったが。
「それは助かるわ。でも、自分はええの? 何ぞ用事があるって言うとったけれど」
「うん。ルーラおばちゃんが言ってたように、別に後でも遅くはないんだ。ギルドは逃げないしね」
もし逃げたならギルドメンバーたちも困るだろう。
「だからさ、遠慮すんなよっ。わからないことはどんどん聞いてくれよ」
「あ、それじゃあ早速」
右手を高く上げるヒトカゲ。
「ここはどこなん?」
「「そこからっ!?」」
カイとルーラ、両方に突っ込まれてしまったヒトカゲだった。
☆☆☆☆
「えっと、最初からだよね」
現在彼らは、トレジャータウンから少し離れた、サメハダ岩にいた。理由は簡単、説明のためである。
「まず、ここは『イスティオ大陸』。大昔、この大陸はイスティオという名前の王様が治めてたんだって。だからそんな名前がついたらしいよ」
「随分と単純な話やな」
「うん。他の大陸も同じように王様の名前が大陸の名前になったんだってさ」
カイはにこにこと、そして、楽しげに話す。
「……カイは、歴史好きなんやな」
「え? うん! 歴史はドラマだよ!」
それを聞いたヒトカゲは、少し悲しげな表情をした。勿論カイは気づいていない。
「で、トレジャータウンのことだけど」
「あ、ああ、それなら問題ないで」
ヒトカゲは慌てて足を組みなおす。
「大陸さえわかれば大体理解できるからな。トレジャータウンも、聞いたことくらいはある」
「う〜ん……そういうものなのかな?」
「せや」
「じゃあ、説明はいらないかな」
そういうとカイはスクッと立ち上がった。
「それじゃ、オイラはギルドに行くからさ。……あ、適当にくつろいでてよ。っていうか、行くところないなら使ってよ」
その言葉に衝撃を受けるヒトカゲ。
「え、ええの?」
「うん。オイラがギルドに入ったら使われなくなるんだし。それより君に使ってもらったほうがいいかなと思うから」
それじゃ、といって出ようとするカイ。
そのとき、カイには聞こえた。
ヒトカゲの、この呟きが。
「ギルド……なぁ……」「どうしたの?」
カイはヒトカゲに訊ねる。
「んにゃ、なんもないわ。ただそのギルド、どんなやつがおんのかなぁと思うてな」
「もしかして、ヒトカゲもギルドに入るつもりなの?」
そう言いながら、期待の眼差しを向ける。ヒトカゲはつい、
「あ、まあ」
と言ってしまった。
「あ、えっと、今のは……」
「……あのさ、もしよければ、だけど――」
カイは一息つき、ものすごく真剣な顔で、ヒトカゲに言った。
「
――オイラと一緒に、探検隊やってくれないか!?」