1‐8
「わぁ〜! 綺麗だぁ!」
日が水平線の彼方に消えて行こうとしている時刻。そんな時間に、二匹のポケモンがトレジャータウン近くの海岸にやってきた。
一匹は水色で甲羅のあるポケモン、ゼニガメ。
もう一匹はオレンジ色で尾の炎が特徴的なポケモン、ヒトカゲ。
――そう、カイとヒトカゲだ。
ヒトカゲは、目に映る光景がこの世のものではないような目で見る。
「ここは天気がいいと、いつもクラブたちが夕方に泡をふくんだけど」
この光景が好きなようで、熱弁を奮い始めるカイ。
「夕日の海に、沢山の泡が重なって……ホント、いつ見ても綺麗なんだ」
そう言って夕日を見つめる。沈んでゆく夕日は、二人を見守っているようにも見えた。
「オイラ、落ち込んだときは、決まってここに来るんだ。まあ今日は落ち込んでるわけじゃないけど……でも、気持ちが晴れるような、そんな気がしないか?」
「……せやな」
ヒトカゲはどこか切なげに返事をした。
「――守らな、あかん」「へ? ヒトカゲ、何か言った?」
「んや、なあんも言うてへんよ」
「そう? じゃあオイラの空耳か」
そんな会話を交わすこと暫し。
「……なぁカイ」
「何?」
「ギルドはええの?」
重要なことを尋ねるヒトカゲ。
「…………あ、そうだ! すっかり忘れてたけどもうこんな時間だ! いこうヒトカゲ、遅くなる!」
カイは飛び上がるとヒトカゲの手首を握り、走り出す。
「はいはい」
仕方がないのでヒトカゲはそのままカイについていった。
とある
思いを胸の奥に秘め。
☆☆☆☆
所変わってとある崖の上。そこに、桃色で耳が長い、プクリンというポケモンの形をした建物が立っていた。カイ曰く、ここが彼が入ろうとしているギルドらしい。探検隊になるためにはこのギルドに入門して、一人前になるまで修行をしなければならないそうだ。
「地下……やろうなぁ」
「どうしたの?」
「なんでもないで。ところで、その格子は何や? 落ちないようになっとるのはわかるんやけど」
そう言いながらヒトカゲが指を指す方には、確かに不思議なものがあった。明らかに深そうな穴の上に木の格子を置き、縁を石で固定している。
「あ、それは……オイラもよくわかんないんだよな」
カイはその質問に答えられず、頭をポリポリと掻いている。
「でも、確か上に乗ったら――」
「わかれへんのか。しゃあないなぁ……じゃあ、とりあえずっと」
そう言って二、三歩前に進み、格子の上にたった。
「なんか足がこしょま――」
ヒトカゲがそんなことを言っていると、
『ポケモン発見! ポケモン発見!』 突然、格子の下から声が聞こえてきた。
「わあっ!?」
「へぇ……内部に続いとるんやなぁ、この穴」
その声に驚いたカイとは対照的に、穴の奥を除くヒトカゲ。暗くてなにも見えないようだ。
「よう相手は見えるもんや」
『
誰の足型? 誰の足型?』
続く言葉を無視して彼は穴をじっと見る。
『
足型は……足型は……エート……』
しかし、途中から威勢のよい声は自信のない声に変わった。
「ん?」
流石に不思議に思うヒトカゲ。そして、
「おーい! どないしたんー? なんかあったんー?」
穴に向かって叫んだ。
『えーっとぉ……足型はぁ……足型はぁ……』
「オレの足型がわかれへんのー?」
『はいー……そうですー……』
「そっかー。オレは今ヒトカゲやでー」
『ヒトカゲですかー』
「せやー」
やけに生ぬるい会話が繰り広げられ、カイは思わず苦笑してしまう。
とそこに、
『いい加減にしろ!』 さっきの声ではない、別の怒声が響いた。声質、声量が全然違う。
『ディグダ! お前の仕事は足型で相手を判別することだろうが!』『だ、だって、わからなかったんですよぉ……』
『だからといって相手にあんな話をするな! アホか!』『うぅ……』
ディグダと呼ばれた方は今にも泣きそうな声を上げる。
そんな彼らの話を聞き、
「なぁー」
ヒトカゲは、格子の中に呼びかける。
「なんかディグダさんがいけへんことしたのかもしれへんけどー」
彼の声量もそれなりだ。
「そこまでいじめんでもええんやないのー?」
そういうと、満足げに顔を上げた。
「ヒ、ヒトカゲ、あのさ」
「ん、なんや?」
「その……恥ずかしいとかないの?」
「…………はぁ?」
カイの言葉に呆れるヒトカゲ。そしてこう言い放つ。
「あほくさ、何
言うとんねん。オノレで正しいことをしよう思ってんで? 恥ずかしいわけないやろ」
彼には、カイの言っていることが理解できなかった。
黙り込むカイ。
「……まぁ、別にええけど」
ヒトカゲはカイに背を向ける。
彼の尾の青い炎はユラユラと、そしてしっかりと燃えている。完全燃焼状態ということは、健康状態が良好であることを示していた。
『――またせたな』
再び格子の奥から咳払いが聞こえた。
『まぁ……確かに、ここらじゃヒトカゲなんてみかけないが……おいヒトカゲ、どこから来た?』
「どこでもええんとちゃうの?」
『流石に悪人は入れられないのでな』
「悪人、か」
困惑した様子で黙り込むヒトカゲ。それを見て、カイは疑問を覚えた。
――何で言えないんだろう?
確かに悪人≠ニ言われたことに困ってしまうのはカイにも理解できる。が、出身地を言うことができず黙り込んでしまうのは理解できない。
出身地を言うこと。それは、カイにとってはどうということはないことだ。
しかし、カイとヒトカゲでは価値観が違う。ヒトカゲにとって出身地をいうことは、それだけで何かが変わることなのかもしれない。
カイは少し不謹慎かと思ったが尋ねようと口を開きかけた。
が、それより先にヒトカゲが答えた。
「せやなぁ……どこやったかな……」
『はぁ?』「へ?」
マヌケな声が二つ重なる。
――ドコヤッタカナ?
今の言葉が本当であれば、彼は覚えていないということになる。
「しゅ、出身地を覚えてないなんて、ありえるの?」
「ありえるんやない? ショックとかで」
『まあ確かに、ショックで記憶がなくなったという前例はあるが……』
「あるの!?」
前例とはいつのことだか是非教えてもらいたい。
『と、とにかくわかった。覚えてないのか』
「多分忘れたんやろな……」
『そうか。じゃあもう片方のやつ、乗れ』
「じゃあオレは退けばええんかな」
そう言ってヒトカゲは格子の上から退く。
「へ、オイラ?」
「せや。カイ以外に誰がおんねん」
この場にいるのはカイとヒトカゲのみ。ディグダともうひとりは格子の下である。
「わ、わかった」
頷き、躊躇いなく格子の上に乗るカイ。
正直、カイは最初、この格子に恐怖を抱いていた。乗ればどこからかわからない声が聞こえてくるのだから。しかし、その正体を知り、そこまで怯えるほどでもないと感じた今では、恐怖心などはどこかに吹き飛んでいた。
『
ポケモン発見! ポケモン発見!』
――発見というか、なんというか……。
ディグダの台詞に、カイは思わず苦笑してしまう。
『
誰の足型? 誰の足型?』
「今更誰の足型かて、ちょっと笑えんな」
ヒトカゲも似たような感想を抱いているようだ。
『
足型はゼニガメ! 足型はゼニガメ!』
――あ、変わった。
二人ともそう感じた。ヒトカゲのときは、足型がわからなかったために、この台詞が止まってしまっていたたのだ。
『……今更聞くのもなんだが、お前ら何の用だ? 勧誘やアンケート、その他もろもろは断られるからな』
本当に今更という感じでディグダではない方が尋ねてくる。
「あ、えっと。このギルドに弟子入りしたくて……」
『弟子入り?』『嘘だろ?』
驚愕の声が格子の下から聞こえてきた。
「え? えっと、オイラなんかまずいことでも……?」
その声を聞いたカイは思わず慌ててしまう。
『いや、別にそう言うわけではないんだがな。久しぶりに弟子入りという言葉を聞いて驚いたというか、なんというか……』
『
あの二人が卒業したのが昨日のことで……まさかこんなすぐに新しい後輩が来るとは思っていなくて……』
格子の下の二人はブツブツと何かを言っている。
「どうしたん二人して」
そこに突っ込むヒトカゲ。
「とりあえず、問題ないなら入ってええの?」
『あ、ああそうだ。待ってろ、今開ける』
そう言われて数秒後、ギルドの閉ざされていた扉が開いた。
「わ、すげぇ」
「へぇ、よくできたもんやなぁ」
それにビビることなく、二人は感嘆の声を漏らす。
「じゃ、はいろっか」
「せやな」
そして中へと進んでゆく。冒険の、始まりへと。