「裏」:黒幕
これはサント・アンヌ号が沈むことになっている一週間前のことである。
「サカキ様、サント・アンヌ号の件についてですが」
サカキの専属秘書である女性が電子タブレットでスケジュールを確認している。
「船長の揺らしはすんだのか?」
「はい。ですがブラックシルフの船長の席には座らないと」
彼らが何について話しているのか、もうおわかりだろう。ルカ達の乗っていたサント・アンヌ号……その船は最初からあの場所で沈没することが決められていたのだ。
そして彼らの新船艦、ブラックシルフの初渡航もスケジュールされていた。
豪華客船の沈没、そしてその客達の救出を新造船によって行う。それは広く知れ渡っているロケット団というイメージの改善と伝播を図ってのこと。
そこまでの資金と権力を今やこのサカキという人物は持っているのだ。例え誰かが真相を知ったとしても、それを瞬時に握りつぶせるということだ。つまり誰もが早すぎて仕組まれているとしか思えないような救出劇を繰り広げたところで、それをもみ消すことなどたやすいのだ。
サント・アンヌ号の現船長をこの計画に加担させるために家族の身柄を拘束し、他の船員達の生活をも天秤にかけさせる。それがサカキのやり方。
最初はそう仕組み、元軍人であり海兵を出ていた者ならば新しい戦艦を任せられると踏んではいたがそううまくはことが運ばなかった。
「そうか。それならばそれでいいだろう、博士の実験はどうなっている?」
「はい、大丈夫です。コイキングに例の電波を与えたところ、百匹中五体が凶暴化、他は死にました。赤いギャラドスのマインドコントロールはすでに終了……後は来週まで何も食させません」
サカキは一度頷き、実験の成功に笑みを浮かべる。
「それとホウエン支部にキバニアとサメハダーの調達を依頼しておきました。これで来週の下準備は全て整ったかと」
「そうだな……。それでツワブキ ダイゴ達の行方はつかめたか?」
元チャンピオンのダイゴとカスミ達を悪役に仕立て上げ、昔サカキが先導して行っていた本当のテロリスト集団であるロケット団は全てがダイゴによって仕組まれていたという既成事実をサカキはつくりあげた。彼らを葬る為に。
「いえ。彼らがカントーにいるという情報はつかめましたが、詳しい居所まではつかめてはおりません。ですが衛生での解析作業はまもなく完了するとこのことです」
「そうか。それよりも今日はカントーのチャンピオンと会わなければならなかったな」
カントーチャンピオン、オーキド シゲル。そう、オーキド博士の孫にしてサトシ永遠のライバル。
「はい。午後三時にてリーグで、との予定です」
「わかった」
机の資料を見下ろしながらサカキは頷く。
「また一段階を終えるのか。いつになったら現れる?」
サカキが自室でそう呟くのを、聞いているのか聞かぬふりなのか、そのまま黙って一礼し退室する。
遠くを見つめるサカキの瞳には何が見えているのか。
全国統一を果たさなければならなかった彼の目的とは?
全ては彼が幼少時代に出会った一人の人物に深くかかわる……。
サカキがまだ十才と若かった時、それはサカキがハイア地方にいた頃の話。
ハイア地方、それは自然があふれているというこの国で唯一の砂漠地帯として有名な場所である。
危険極まり無く、自然の厳しいその地方で逞しく放牧民族として暮らしている者達がいる。その地方に住む者達の名はハイアと呼ばれ、もう幾千年とその地方に住みついているためにハイア地方と名付けられた。
そんな一族も近代化が進み、砂漠の中で最先端技術をつかっての生活を勝ち取ることとなる。陽射しの強いハイア地方で彼らが身に付けた術、それは太陽光によるエネルギー変換技術だった。
ほかには熱温風による上昇気流を用いての航空技術。それによって彼らは、砂漠地帯という過酷な土地でありながら全国で一番はじめに高層ビルの建設に成功した。
そんな地にて生まれたサカキは幼少のころから遺憾なく脈々と受け継がれる才能を開花させる。建築業を営んでいた両親に恵まれ、彼は自分の趣味へとお金を使いまくることができた。
モンスターボールの改良が趣味であった彼はその時の友人と共に様々なボールの試作品を作ることに成功した。そしてそれを売りにだそうとした時に、サカキはとある人物と出会った。
謎の女と言えば良いのだろうか? 当時では誰もしないような黒いローブ姿で全身を覆い、外へと伸びる手足に異常なまで程のアクセサリーを着用してジャラジャラと音を鳴らす人物を目の前に、魔女かとも疑いたくなる。
彼女は黙ってサカキの手からボールの一つを選び、その対価として一つのボールを手渡した。それはなんの変哲もないただのモンスターボール。しかしその中に入っていたポケモンが問題であった。
女はサカキの耳元でこう呟いた。
「選びなさい。世界の頂点かこの国の未来か」
その時、サカキの親友も聞きとったのだろう。しかし彼らに彼女の言う言葉の真意など理解できるはずもなかった。
だがサカキはボールを受け取り、吸い込まれるようにして彼女の言葉を聞く。
「そのどちらかをお前にくれよう」
そしてその一言を最後に謎の女は霧散するようにその場から消えた。
しかし彼らは驚くことはなかった。ただただ受け取ったボールを見つめ、サカキは甲高い嗤い声をあげ、親友はただただボールを見つめる。
この時サカキ十才。
その数十年後に誰が予想できよう。
彼が世界の頂点を勝ち取ることになる時が来ようとは………。
昔の記憶にふけっていたのだろう。サカキは自分の年を感じながらも、ある一本の電話をかける。
「ああ、私だ。ふっ……そう言うな」
旧友との電話か、ただの古い知り合いなのか。しかしサカキの口調は地の彼のものであり、どこか頬が緩んでいる。
「いやなに、少し保険をと思ってな。単純なことさ。熱い杭は早いうちに打てということだ」
電話の向こう側から流れてくるのはサカキと同様に年季の入った落ち着いた声。
「お前がいたからこそのホウエン制圧だ。礼を言おう」
向こう側から聞こえてくる豪快な笑い声。それ自体でその相手の凄みと実力がうかがい知れる。
「今や我々の時代さ。ならばやるべきことをやらなければならない」
急に神妙になるサカキ。
「私達は行かなければならないのだよ、どこまでもな」
数秒の沈黙の後、また相手側からの豪快な笑い声が漏れてくる。
「ああ。……ああ、頼む。ではな」
通話を終えたサカキは、そのまま自身の椅子へとどっぷり座り込む。
シルフカンパニー本社の最上階社長室からサカキはヤマブキシティの全貌を見つめる。
夕陽が街を照らし、高層ビルの群れの窓ガラスが光を反射する。
この国のトップであり、統括者のサカキ。彼がその碧眼をもって再度見つめるものとは、一体……?
第八章:完