VIII:決着れっつご〜
燃え盛る火の玉がハルちゃんのユキメノコ目掛けて突進していく。でもユキメノコの【粉雪】がガーディの突進を拒み、炎の熱を奪って行く。
私はわかっていた……。ユキメノコにこの攻撃は当たることはないということを。今のガーディのスピードは通常の半分以下、そうなってしまえば避けるのは容易い。
「メノォォっ!」
だけど私の鼓膜を揺るがしたのは苦痛に悶えるユキメノコの叫び声だった。
え……?
バトルの初っ端から、私のガーディの攻撃がユキメノコをダイレクトに捉えていた。
あたった?
「ガ、ガーディ、そのまま【噛みつく】!」
「ガウッ!!」
吹っ飛ばされるユキメノコ目掛けて空中をジャンプしたガーディがユキメノコの袖部分を豪快に牙で咥えて、全身をひねりながら床へと叩きつける。
底無し沼だから床への衝撃は減ることになるけど、ダメージは蓄積されるはず!
最初の攻撃があたったことによる昂揚感が私の警戒心を薄らげていた。そう、最初からわかっていた……相手はハルちゃんなのに……。
私が見たハルちゃんの顔は冷静で、動揺の一つも見せずにしっかりとガーディのことだけを見つめていた。そして彼女の唇が動く瞬間、私の頬をさっきよりも冷たくて心臓が底冷えするような怖気が撫でる。
「ガーディ、避けて!!」
「がう? ……っ! きゃんっ!!」
攻撃を受けたはずなのに、すかさず体勢を立て直していたユキメノコの【氷の礫】がガーディのわき腹にしっかりとめり込んでいた。
クリーンヒットした打撃はガーディの臓器に衝撃を与え、数秒間の機能停止を告げさせる。その余波は体全体を襲い、脳内にアラートをもたらす。
逆流する胃液と口から垂れる唾液、ぶれる視界……。ポケモン達はバトルの中でこういった苦しみと痛みを覚悟しながら私達についてきてくれる。
「ガーディ、気をつけて!」
ガーディは距離を取るようにしてユキメノコから後退する。
ユキメノコ……。アブソル戦でもわかっていたけど、素早さが高い。さっきの【氷の礫】だっけ? モーションが見えなかったし、ガーディがもしもっと耐久力があって踏ん張っていたならラッシュにあっていた。
「ルカちゃん。ルカちゃんの実力はこんなものじゃないでしょ?!」
ハルちゃんの声に、私の肩が震える。
ユキメノコに気を取られていて、ハルちゃんのことを見ていなかった。
あれ、どうして? いつもなら、いつもだったらこんなに動揺することはないのに……。
「ガウッ!」
ガーディの吠えが私に向かって放たれる。
その大声に、私ははっと我に返る。
あれ? なんで、私は……? もしかして、攻撃されていたのは私の方?
「気付いたルカちゃん? ユキメノコのタイプはゴーストと氷」
最初の【粉雪】で全体の温度を下げて、普段より思考力が繊細になる時にもし一種の幻想を見せられるようなことがあるのなら人はそれが現実なのか虚実なのかわからなくなる。しかしそれを可能にさせるのは熟練者のみに許された奥義に近いもの……。
それをハルちゃんはしてのけた? きっとそうに違いない、いつの間にか私はハルちゃんの術中にはまっていたんだ……。
そしてガーディの卓越されている集中力と精神力に私は助けられた。
ぱちんっ!
私は両手で頬を叩いて、目を覚まさせる。
「ルカちゃん?」
ハルちゃんが見してくれた幻想は軽いものだったのが功をそうしたのかもしれない。ううん、やっぱり手加減されている。だって、もし本気のハルちゃんに幻想をみせられるようなことがあるなら……勝負はもうとっくについてるもん。
「ガーディ、ありがとう! いくよ、【嗅ぎ分ける】から【火炎放射】!」
ガーディの口から怒涛の炎が飛び出して、一直線の軌道を描いてユキメノコを狙う。
放たれた熱が私の方にもひしひしと伝わってくる。
「ユキメノコ、防いで」
え、防ぐ……?
【氷の礫】の時、ユキメノコの袖一部が氷塊と化していた。でも今ユキメノコの袖は袖全体が氷の刃と化していて、それを大きく振り上げる。
一閃と振り下ろされたユキメノコの腕。そして二分されるガーディの【火炎放射】……。それだけで更に私とハルちゃんの間の実力の差が決定づけられる。
ありえない、と思ってしまえばきっとまた弱気になってハルちゃんたちの幻惑に捕まってしまう。だからこそ、ハルちゃんの期待に添うように頑張る!
「ガーディ、【陽炎】!」
私の一言に、ガーディははっとしながらもちゃんとユキメノコを視界にとらえて狙う。ガーディがあの時真剣にあのバトルを見ていてくれたことに感謝する。
前にバカ兄の朝の対決の時に見ていたバトル。私のクラスの男子のリザードが使っていたオリジナル技。バカ兄は見切っていたけど、隙をつくることはできるはずっ!
ユキメノコが冷気で冷やしてくれているからこそ可能な技、【陽炎】。ガーディからまたも【火炎放射】が放たれるもそれは歪曲して、捻りながら二分してユキメノコへと襲いかかる。幻惑になら幻惑で対抗する!
「ルカちゃん……。もっと、もっとだよ!」
【陽炎】はあくまでもそう見えるだけ。目の錯覚からくる軌道の不可解な曲がり方、それは脳が勝手に解釈してしまうゆえに起こる現象だけど……当たらなくてもいい!
ユキメノコは見抜いていたんだろう、若干今までとは違った反応をするけど冷静に腕を一閃するだけでガーディの攻撃を切り裂く。やっぱりあれほどの実力を持っているんだったら、こんな技は読みきれるんだろうな。
「ガーディ、今だよ【突進】!」
でも私はすかさず指示を出す。
「ユキメノコ、【影分身】」
ガーディの攻撃を分断したユキメノコが瞬時に十八匹に分身する。
でもどれが本体かは……わかる!
目だけは何故か良い私にとって【影分身】は必ず見切れる。例え、それがどんなにレベルの高いポケモンので、凄腕のトレーナーだったとしても。
でもガーディはさすがにわからないみたいで、ユキメノコの分身のどれに【突進】をしかけていいのかわからなくて辺りをキョロキョロと見まわしながら走り続けている。
きっとチャンスは一回。
後はタイミングの勝負。
「ユキメノコ、【氷の礫】。ルカちゃん、勝負のけりつけよっか」
氷の刃……。さっきと同じ技をユキメノコが繰り出して、その腕を振り上げてガーディを襲う。
一気に取り囲まれたガーディを四方八方から襲うユキメノコの攻撃。足が止まるガーディ。
「ガーディ、右80度! 【炎の牙】!」
立ち止まれば埋もれてしまうフィールドで、ガーディは上手い具合に方向転換して振り上げられた袖におもいっきり喰らいつく。
氷をぱりんと割るような音と共に見えるのは仰け反るユキメノコと袖を離さないと喰らいつくガーディの攻撃。
「ユキメノコ、【驚かす】!」
「ガーディ、【咆える】!」
近距離にいるお互いのポケモン。すかさず指示を出さなければどちらかがやられる、そんな状況。
ユキメノコがガーディをひるませようとするのを私はガーディの咆哮によって相手を逆にひるませる。でも、やっぱり実力差がありすぎるみたい。
一瞬だけひるんだユキメノコでも、そのままの勢いでガーディの頬をはたいてガーディは吹っ飛ばされる。
「きゃんっ!」
相殺し合ったはずなのに、やっぱり攻撃技だと少なからずダメージがガーディに与えられてしまってる。そしてそのままひるんでしまったところにユキメノコの容赦ない攻撃がクリーンヒットしてしまう。
「ガーディ、戦闘不能! よって、勝者はハル!」
そう告げられた戦闘終了の合図と、ステージが変わる音。
動かないガーディはそのまま底無し沼のステージへと沈んでいくのを防ぐために、シイカさんがスイッチを押してガーディを戻すように指示を飛ばしてくる。
「戻ってガーディ。ありがとう」
ガーディをボールに戻して、私はハルちゃんを見つめる。
ハルちゃんもまたユキメノコをボールに戻して、私の方を見つめる。
「やっぱり、ルカちゃんは凄いよ」
「え?」
負けちゃったから、そんな言葉を予想していなかった私はきょとんとしてしまう。
「まさか、【影分身】が見切られちゃうなんて。私もまだまだだな」
「そ、そんな……」
称賛の声に、私は頬を赤らめてしまう。ほ、ほめられちゃった。
そして観客席の方からも拍手の音が聞こえてくる。あれ、いつの間にこんなに人増えてたの……? バトルを始めた時よりも遙かに人が増えていて、私はびっくりしてしまう。
ハルちゃんは観客席の方に両手を振って歓声にこたえている。私も恥ずかしいけどちょっとだけ右手を上げて振ってみる。
あ、そういえば……。
私はハルちゃんとのバトル前に視線が一瞬交錯した相手、スミレ選手のいた場所へと目を動かす。
あれ?
観客席へと入ってくる扉付近にいたはずの彼女はもうそこに存在していなかった。
「うーん、それじゃルカちゃん温泉行かない?」
「お、温泉? え、あるの?」
ハルちゃんが自分の後ろ髪を右手でなびかせて、ふぅ〜って襟元をぱたぱたとさせる。
「うん。あ、そっかルカちゃんサント・アンヌ号ははじめてだもんね」
「……うん」
私はパンフレットの中にも温泉というのがあったのかどうか思い出そうとしてみせるけど、思い出せない。
「えっとね、温泉はサント・アンヌ号の常連客にしか教えられないんだ。でも、私と一緒なら入れるから行こっ?」
温泉。そういえば、オツキミ山にも秘所として温泉があるってきいたことがある。入ってみたいな。
まだ一度も温泉に入ったことのない私にとって、その単語の響きは魅力的だった。
「行くっ!」
「よぉーし、れっつごー。シイカ、準備お願い」
ハルちゃんがてくてくとフィールドをつっきって私の方へと駆け寄ってくる。
「ルカちゃん、カードの交換しない?」
「あ、うんっ!」
私に近づいてくると共に自身のポケッチを取り出してくる。
カードっていうのは、自分の身分証明書みたいなもの。前にポケギアがその存在だっていったけど、機器が読み取るのはこのポケギアに入っているカードのデータ。
そして交流を深める為に友人や知人同士ではこのカードのデータを交換することで連絡先などを知ることができる。もちろん交換するカードには全部の情報が載るわけではないけどね。
「あれ、ハルちゃんのポケッチ……」
「あ、うん。オーダーメイドしたんだ」
ハルちゃんの握るポケッチは私がカタログで見かけたようなものではなくて、なにかの鉱石が二つ填め込まれた高級感漂わせるようなものだった。その二つの鉱石を紅い鎖が巻きついているようなそんな絵図。変わったデザインだな、とそれが私が抱いた最初の感想だった。
「はい、じゃあこうか〜ん♪」
お互いに赤外線交換を済まして、それぞれの子機にプロフィールカードが追加される。
「それじゃ、温泉いこっか?」
「うん」
「あ、もしかして温泉ってはじめて?」
「え? あ、えっとぉ……うん」
恥じらう私にハルちゃんは満面の笑みで抱きついてくる。
「えへへ、それじゃ手取り足取り教えてあげる♪」
ハルちゃんに抱きつかれながら、私ははじめて入る温泉へのワクワクが止まらなくなっていた。
「はぁ……」
なぜかシイカさんのため息が背後からきこえてきたような気がしたけど、私はあまり気にすることなく三人一緒にバトルフィールドから退場した。