IV:アルセウス教対スウセルア教
ユキメノコの両腕がアブソルの首回りをがっちりとつかむ。振り落とそうとするも四足歩行するポケモンの欠点、それは背中はいつも無防備だということ。
だからポケモンのような生命体は常に進化を遂げてきた。それは単に種族内での私達が言う進化ではなく、生命体としての本質を進化させ多種多様な種別を生み出したこと。
サイホーンのように背に棘を纏いその素早さを犠牲に硬い鎧を身に付けたもの、パールルのように体の全体を強固な殻で覆いその代償とし移動の術を切り離したもの、機動性を得るがために骨内を空洞にして軽さを得たもの等、ポケモン達は何かを犠牲にすると共に進化してきた。
何かに特化するということは、何かを切り捨てることを意味する。
だからこそポケモン達はそれぞれに個性豊かな特徴を持ち、その都度に進化を遂げ今の姿となった。
「ユキメノコ、【粉雪】でおしまいにしましょう」
スミレ選手が声を高々にしてアブソルに振りほどくように指示するも、ユキメノコは宙に浮いたような身の軽さで絶妙なバランス感覚を披露している。
「アブソル、【かまいたち】!」
「ソル!!」
黒いみかづき型の角で背中のユキメノコを狙うアブソル。でも、自分の背中目掛けて攻撃するのは至難の業。そもそもアブソル自体にそのような経験はないんだと思う。
上手く当てられないアブソルが四苦八苦している間、ユキメノコの体からは白い蒸気が立ち込めるように、マイナス零度を行く冷気がアブソルの体を包み込む。
アブソルの動きが止まり、苦悶の表情を浮かべてそのまま地面に静かに倒れる。
アブソルの銀毛に霜がふりかかったように、その体毛は凍りついていた。それはまるで一つのファーニチャーのよう。綺麗でいて繊細。
「アブソル! 立って! 立ちなさい!」
しかしそんな主の声にポケモンは答えられない。
「アブソル戦闘不能! よって今オープンバトル大会の優勝者はシンオウ地方のスグラノ ハル殿に決定!!」
「「うおおおおぉぉぉ!!」」
ジャッジのコールが宣言され、観客はその身をバルコニー席から溢れださんとする勢いでの歓声を上げる。船のみでなく、この海の表面に波紋すら生み出してしまいそうな轟音がこのバトルフィールドを覆っているみたい。
「人よ、神を愛しなさい。人よ、人を愛しなさい。人よ、ポケモンを愛しなさい。神は全ての生きとし生けるものに愛を注いでいらっしゃいます」
ハルちゃんの呟きはしかと映像越しに聞き届けられる。
ボールにユキメノコを戻し、上品な物腰で一例する巫女衣装のハルちゃんの姿は本当の神の遣いのようで私はその姿に惚れ惚れとしてしまう。
アブソルがころっと倒れてしまった理由。それは体の異常とも呼べる程に低下した体温にあった。
ゼロ距離での【粉雪】を喰らい、体温は急激に下がる。体の主としてあげられる心臓の周りの温度低下はそれすなわち心停止へとつながる。
暑いところで血管が拡張し、寒いところで血管が縮小するのにはそういった理由が存在している。暑いからこそ血管を広げ、心臓の鼓動はまるで走った後かのように早くなる。その逆に寒いところでは血管を萎め、心臓の鼓動はどんどんと遅くなってくる。
心臓の鼓動が遅くなるということは体の動きが制限されるということ。だから冬山で眠ってしまって凍死するなどと言われるのは雪山などの寒さに耐えきれず体が徐々に動かなくなり睡魔に負けるのではなく寒さによって動かなくなった脳が停止に近づく現象が眠りという現象に似ているから。
って、そんなまでじゃないと思うけどアップに映し出されているアブソルの顔が痙攣していることからこういったことが推測できる。それでもあのアブソルの体毛をものともしないピンポイントな【粉雪】攻撃の正確さには感嘆するしかない。
ハルちゃんは四方へと振り向きながら更なるお辞儀をした後、この大会の責任者がトロフィーを携えて入場してくる。
WINNERと金色のテロップが画面上に流れてハルちゃんたちの授賞式がはじまる。
ガーディやシャワーズは先のバトルを見て、やっぱり私と同じ気持ちなのかもしれない。
ハルちゃんと戦ってみたいという気持ちが高ぶってきているのだ。
「凄かったね皆、それに私もなんだかバトルしてみたくなっちゃったよ」
「ガウ!」
「フィ!」
「ら〜るぅ?」
ラルトスはまだ小さいからいまいち理解はできてないみたいだけど……。
今日起きたのは正午近くなのに、もう時間は夕刻を指そうとしていた。そろそろドレスコードの時間なのかもしれない。
一位から三位までの大会順位者が各々に表彰され、花束やトロフィーを受け取っているのが中継される。スミレ選手は浮かない顔をしていたけど、三位の人は三位決定戦を勝ち残っただけあって晴れやかな表情をしているのが見て取れる。
「今日はご飯どうしよっか皆?」
「……がうー」
「ふぃー……」
「らるー!」
「え、ラルトスまだ食べたいの? 食いしん坊さんだなぁ、もう」
ここで出されていた料理の数々に私もガーディ、シャワーズは満腹状態に近づいていた。でもやっぱり小さいといっても私たちの中の誰よりも成長期のラルトスは彼女用にだされたご飯だけでは足りなかったようだ。
こんこん
今日のラルトスのご飯をどうしようか迷っていた時、外のドアからノックの音が聞こえる。
「はい?」
「ハヤミ様、コクドウです」
「コクドウさん? どうぞ」
「失礼致します」
頭を垂れたままの姿勢で開かれた扉の向こう側でコクドウさんが用件を伝える。
「今大会の優勝者であられますスグラノ様からハヤミ様にディナーのお誘いを承っておりますがいかがされましょう?」
「あ、えっと。直接会えますか?」
「はい、手配してまいります」
私が今すぐに会いたいという意図を感じ取ってくれたのだろう、コクドウさんはそのまま扉を閉じてしまう。
お食事は断らないといけないけど、おめでとうって言いたいしね。それにバトルのお願いもきいてもらえるかな?
そんな甘い想いを抱きながら、私はもう一度モニターを見つめる。
左端のモニターではハルちゃんの次に準優勝のトロフィーを受け取るスミレ選手の姿があった。確か自身をスウセルア教の者だと言っていたことを思い出す。
トロフィーを受け取る彼女は微笑を浮かべているものの、その表情は硬い。まるで苦汁をなめるように……。
このような催しやイベントではトレーナー間でのマネーのやりとりは存在しない。だからこそ、ここまでの出場者を得ることができるのかもしれない。
私は笑顔を振りまき、大会の優勝者となったハルちゃんをモニター越しに眺めながらその体をソファに深く沈めこませる。
「ふぅ〜」
先のバトルで昂揚感を得た私はそれをどこかにぶつけて鬱憤を晴らしたかった。
今なら、何かやれるような気がする。そんな気がする。
それはまるで楽器を習い続け、ある低迷期にオケの演奏を聞いて今すぐに家に帰り練習したいと感じる衝動と良く似ている。って、私は楽器できないんだけどね。カナが前に言っていたことを思い出す。
「ルッカちゃーん!」
そう回想して、ソファのすわり心地にうつらうつらとしているとなにか個室の外が慌ただしくなるのがわかった。
扉がばっと開いて、そこからハルちゃんが現れる。
「え? え、ハルちゃん?!」
うそ、さっきまで壇上に上がって表彰されてたと思ってたのに! こんな恥ずかしい格好なのにっ!!
ソファにまるで全身を投げてくつろぐ親父スタイルだった私は背筋を反射的にのばして顔を赤くする。
「んもうかわいいねルカちゃんって!」
「か、からかわないでよ〜!」
まるでバトル時とは違う印象を受けるハルちゃんは入ってくるなりそうそうに私をからかう。
「ごめんごめん」
「でも、ハルちゃん優勝おめでとう!」
「ありがとうルカちゃん!」
「きゃっ、ハルちゃん?!」
「へへー」
ハルちゃんはその両腕を広げて私に抱きついてくる。私は最初驚いたけど、その体をしっかりと受け止める。
「おめでとう」
「っ……ありがとう」
私がハルちゃんを抱き返したことが彼女には驚きだったみたい。でも、優しくその腕に力を入れてくれる。
女子同士で抱き合うというのはおかしな構図なのかもしれないけど……前にもカナとこうしたことがあったなと思い返す。今はお互いに嬉しいんだから、いいよね。
「がうがっ!」
「ふぃー」
「らるー」
「あ、この子たちがルカちゃんのポケモン?」
「え? あ、うん、そうだよ」
ガーディ、シャワーズとラルトスがハルちゃんを歓迎するようにして小さく鳴く。
「かっわいい〜」
「がぅ〜」
ハルちゃんはガーディを抱きあげて、その体毛の柔らかさを頬ずりで堪能する。
「ハルちゃん強いんだね、びっくりしちゃった」
「えへへ、そう? でも今日はラッキーだったよ、それに負けられなかったしね」
「え?」
「ううん、なんでもないっ」
なぜ負けられなかったのか? それはまあ負けるのはいつでも良くはないけど、それ以上の何かをハルちゃんから感じ取った私はそれ以上追及することはなかった。
「私もいつかハルちゃんとバトルしたいな」
「え?」
「専門外だけど、でもハルちゃんを見てたら私も本気でバトルがしてみたくなっちゃった」
「それなら、今度しようよ。まだまだ時間はあるしさ」
「うんっ!」
そしてハルちゃんは思い出したかのようにして、「これから一緒にご飯行かない?」とハルちゃんは一歩下がって首をかしげて尋ねてくる。
「あ、うん、ごめんね。私、ここでお腹一杯になっちゃって……」
「あー、そっか。そうだよねールカちゃん食いしん坊さんだもんねー」
と意地の悪そうな表情を浮かべてハルちゃんが私のことを横目でにやにやと口元緩やかに見てくる。それはきっと昨日の食事のことを言っているのだと悟った私は顔を真っ赤にしながら言い返す。
「そ、そ、そんなことないよ!」
「えーうそ〜」
「もうハルちゃんっ!!」
「あはは、ごめんごめん〜。それじゃ、明日朝ごはん一緒に食べない?」
ちょっとばかし間をあけて、ハルちゃんはそう提案してきてくれる。
「え?」
「私の部屋においでよルカちゃん」
「ハルちゃんのお部屋?」
「うん!」
そういえばS区で部屋を借りているにも関わらず、他のS区を利用している人達(たとえばハルちゃん一家)とは遭遇すらしていない。
それに他の人の内装がどうなっているのかも気になった私は興味が湧いてくるけど、ちょっとばかしまだ遠慮してしまう。それを見かねてか、ハルちゃんは切り出す。
「コクドウさんには私から言っておくから。あ、それとこれが私の部屋のコードね」
ハルちゃんが取り出したのはシンオウで出回っているポケッチ。それと私のポケギアの赤外線通信を通して私はハルちゃんの部屋へと行けるようになる。
「それじゃルカちゃん、明日はテラスで一緒に朝ごはんね!」
「う、うん、わかった!」
ハルちゃんはばいばーいと手を振りながら、そのまま退室してしまう。
私は数秒間放心状態になった後、我に返りコクドウさんを呼ぶ。
「はい」
「今日はもう戻ります」
「かしこまりました」
「えっと、お片づけは?」
「担当の者がやりますのでご安心ください」
「あ、は、はい」
食べる為に使った食器やフォール類を残したまま、私はポケモン達をボールに戻してあげる。みんな名残惜しそうな顔をしてたけど、私もおんなじだよ。
ハルちゃんの優勝で幕を閉じた今回の大会会場を後にして、私はコクドウさんに先導されながら部屋へと戻って行った。