III:わたくしはアルセウス教―――
順調に勝ち続けるハルちゃんの姿に私は一瞬惚れてしまいそうになる。ううん、惚れちゃったのかも。
それは今までに見た同年代の中でも一番の実力を持っているのではないかと思わせるほどまでに他を圧倒していたから。きっとそれはちょっと前までのお兄ちゃんを見ている感覚と同じなのかもしれない。
「すごいっ……」
私なんか一瞬でひねりつぶされちゃうんだろうなぁ。
ハルちゃんはこれまでにミカルゲというポケモンしか使っていない。でも、はじめて見るあの子も私は徐々にわかりはじめてきた。恵まれた目を生まれ持ってきて良かったことはたくさんあるし、感謝している。
ミカルゲ……まがまがしい気を放っているにも関わらず、それは邪気の念ではないような気がする。でも、注目すべき点はそこじゃなくて体を支えている胴体。
きっとあそこが弱点。
だってどんな技をかけられた時、ミカルゲは足がない為に移動は困難。しかもその技を顔面で受け止めている。そのことから類稀ない性質を持つミカルゲの特徴はその顔面なんだろう。解剖してみたいなーなんて思っちゃダメだよね……。
でも、もし感覚神経がミカルゲの顔面に走っていないとすると残るはもう体の部分でしかダメージを与えることはできないと思う。もしミカルゲが痛覚というものを遮断しているのなら別なんだけどね。
「ガーディもシャワーズもラルトスも、どうあの子? お友達になれそう?」
「……ぐぅ」
「……ふぃっ」
「らる〜♪」
ガーディとシャワーズがミカルゲをモニター越しで見ながら、苦手意識丸出しの表情をつくる。でもラルトスに関してはあどけない満面の笑みを浮かべる。
「やっぱし、ちょっと苦手なのかもね」
ハルちゃんには悪いけど、私もミカルゲというポケモンに興味はあるけど好きにはなれそうにない。
そして大会はとうとう決勝の時を迎えようとしていた。
試合が行われるのは三つあるフィールドの真ん中の一つ。つまり私にとっては一つ空きのフィールドを挟んでの観戦となる。
でも、このモニターだけでも凄い臨場感……。
ガーディ達も私の足元に設けられているソファに腰をおろしてフィールドの向こうへと視線をくぎ付けにさせる。
モニターに映し出されるのは対戦者の女の子。私と同年代かちょっと年上かな? 真っ白と黒のラインがクロスに交差しているシンプルながらに威圧感を与えるデザインの服装に身を包んでいるのは衣装なのかな?
左右の情報モニターが切り替わり、両者の顔がズームで映し出される。その間、真ん中のモニターは両者をフィールドの端で捉えるようなカメラワークが施される。
「アルセウス教など、この世に必要はない。この国を築き上げたのは神などというバカげた理念を否定してきた我々スウセルア」
「信仰心があるからこそ人は神から与えられた恩恵により栄えたのです。神を背徳するスウセルア、その存在をも神は認めてくださっているのですよ」
ボーイッシュで凛々しい口調の少女は私とハルちゃんより若干背が高い。首筋あたりまでの短い藍色の髪の毛は丁寧に切りそろえられている。
「それではこれよりオープンバトル大会決勝戦を行います!」
ジャッジが両腕を高く上げると共に観客席からはフィールドを揺るがす程の歓声がわき上がる。
これほどまでにも人を収容できるサント・アンヌ号凄さもさることながら、どんな人たちにもバトルは愛されているということが地肌に感じ取れる。
「青・カイチ選手対赤・スグラノ選手バトル開始!」
ジャッジの宣言と共にハルちゃんとカイチという選手がボールを空中へと放る。
青コーナー側のプロフィールを画面上で確認すると、そこにはカイチ スミレという名前が映し出されていた。スミレ…。
「行ってこいアブソル」
「しゃあぁ」
うわぁ、あのアブソル……凄い。
何が凄いかって? それは一目見ればわかる程までに毛並が綺麗なこと。白銀の毛と呼吸するだけでなびいてしまう程のさらさらとした毛艶はそのポケモンの存在意義をこれほどまでにかと誇示さしている。
「行きましょう、ユキメノコ」
そしてハルちゃんが次に出してきたのはユキメノコ。情報欄によるとユキメノコはシンオウのポケモンで氷とゴーストタイプを持つらしい。ハルちゃんはゴーストタイプが好きなのかな?
神様信仰→霊→お化け? ってことなのかな?
でもハルちゃんのポケモンもアブソル同様に美しさで言えば申し分ない。というか、二匹のレベルが相当なものであると物語っている。
両者のポケモンはお互いを一瞥し、アブソルの方が呻き声で牽制するのに対してユキメノコの方は興味なさそうに袖のような腕を持ち上げて口元を覆いながら欠伸をしちゃってる。
「アブソル、【剣の舞】」
「ユキメノコ、【威張る】」
なんでわざわざ相手の攻撃力を? と思っていたけど、ユキメノコの技がアブソルにヒットするのは両者のレベルが同等かユキメノコの方が高いということ。
そもそも数々のバトルをこなしているポケモンに対して【威張る】という技を成功させるのは難しくなるから。
「ちっ、伊達にアルセウス教の代表って銘打ってるだけあるわね。アブソル、集中して!」
「ユキメノコ【自己暗示】」
スミレ選手がアブソルに指示を飛ばし、その間ハルちゃんは着々と下準備をしていく。
アブソルは混乱した脳内を強制的にリセットする為にフィールドの地面に強くその頭を打ち付ける。
「あら、結構手荒な真似をなさるんですね」
やっぱりハルちゃんは高貴の出なんだろう。物腰やら物言いが私と喋る時とは違って上品に極みをかけている。
「生物ってのはね、痛みを拡散させることで異状を治すことがあるのよ」
確かに人間でもポケモンでも生命維持本能が働いた時、痛みの拡散を手段の一つとして用いる。例えばお尻を強打した時、それほど致命傷でなかった時人は叫んだり激しい運動をすることがある。それは痛みを大声を出すことによって痛みを感じる分野の注意をそらすためとも言われている。他にも虫刺されやかぶれがあったとき直接掻かないでその周りをつねったり、爪痕をたてたりするのは更なる痛みを与えることで紛らわすことができるから。
それと大体同じような原理なんだけど、頭打ち付けるのはいくらなんでも痛そう……。
「さて、仕切り直しよ! 【不意打ち】!」
「ユキメノコ、【影分身】」
それでもゴーストタイプを持つユキメノコは悪タイプの攻撃に弱い。そのカバーもきちんと対策として取り入れているハルちゃんはやっぱり凄いと思う。
数々のバトルを見てきて思ったけど、トレーナーが先ず警戒するのは手持ちの弱点の対処法。そしてバトルの法則上、相手は先ずもって弱点をついてくる。その対抗技として多用されるのが今のユキメノコのような【影分身】。
でもユキメノコは平均的にアブソルよりかは素早さが高いみたい。というのをモニターに出ているアブソルとユキメノコの能力パラメーターを見ながら確認する。というか便利すぎだよこれ。
そう私は感心しながら、早々にはユキメノコの【影分身】が見破られることはないだろうと予想を立てる。
開始してからすでに数多もの駆け引きが両者の中で逡巡しているのだろう。二人とも顔色は変えないけど、変えないからこそ何かを考えているんだろうなということがわかる。
「アブソル、いつも通りに本体を嗅ぎ分けなさい」
「ソル!」
「ユキメノコ、【粉雪】」
ユキメノコはアブソルみたいにトレーナーに返事をしない。それは、ミカルゲの時も思った……。何か意味でもあるのかな?
大抵のポケモンはトレーナーの指示があれば肯定の意を示す時がほとんど。現に私のポケモン達も返事をしてくれる。それはただの意思疎通を確認するだけじゃなく、自分が手持ちのポケモンに信頼されているという確認でもあるから。それは確かに中には寡黙なポケモンや喋れないポケモンもいるけど何かしらの仕草でもってトレーナーに合図を送っているのがほとんどだ。
それは単に頭を振ったり、尻尾を揺らしたり、独自のコミュニケーションの疎通を行ったりする。
でも。
「アブソルいつも通りにやれば大丈夫!」
熟練者のポケモンは例え相手のポケモンが【影分身】を用いたとしても、長年のバトルの経験則上、本物を見分ける能力を得るという。でも、それは相手にもよるというのがバトルの底知れなさを表現している。
でもさすがは決勝戦の相手だね。私は目が良いからわかっちゃうけど、アブソルは的確に本物のユキメノコの位置を捉えていた。【粉雪】によって視界を無くし、寒さによって相手の集中力を散漫させる作戦は失敗かな……?
「アブソル、【シャドークロー】!」
四肢をばねのようにして十二分につけた瞬発力でアブソルはその右腕をユキメノコ目掛けて振り下ろすも、ユキメノコはかすかに瞳で微笑み、ふわっとその胴体をアブソルにささげるようにして胴を突き出す。
え?
そう思っても仕方がなかった。なんであんなことを? って、あ!
無謀とまでに思えたユキメノコの行動は、しかし作戦の一環だったのだ。
アブソルの強靭な爪はユキメノコの胴体を捉えたかのように見えた、でもユキメノコはひらりとアブソルを通り過ぎて背後を取る。無の感触を味わったアブソルは驚きの表情をあらわにしつつも、首を反転させてその頭部についた鎌形の角でユキメノコに一太刀浴びせようとするもそれもまたかわされてしまう。
ユキメノコに胴体は無い……?
ということは、あの着物みたいに綺麗な柄は胴体ではなく頭部の一部ということになる。
面白い。面白いっ!
たくさんの研究がおこなわれている中、未だに謎が多いのがポケモン。なぜゴーストタイプは宙を浮くのか? その体の仕組みは? 彼らの寿命は? 疑問を上げればきりがない。まさにあのユキメノコというポケモンも、一体なぜあのような姿かたちに至るようになったのか……全ともいえる解は未だにない。
「ハルちゃん、がんばれっ」
口から洩れるのは乗船してからはじめてできた友の名前。
確かにもっとハルちゃんの持っているポケモンを知りたいとも思う。でも、ううんそれだけじゃない。
私の中でハルちゃんとバトルをしてみたいという気持ちが高くなってきているのだ。私に何ができるのだろう、とかではなくて、バトルの中でのハルちゃんのポケモン達を直に見て感じたいんだ。
そのポケモン特有のバトルスタイル、そして彼らの本質を見抜きたい。
なんでか私にもわからないけど、私の目の力は何故かバトルの中でしかその本領を真に発揮しない。目の力というか観察力だとしか思ってないんだけどね。
そんなことを思っている中、アブソルの背後を取ったユキメノコがその両手を大きく振り上げていた―――。