II:オープンバトル大会トーナメント
サント・アンヌ号は広い。広すぎるのは皆が知っている事実。
そして豪華客船と言っても、ここまで公式リーグ並みのバトルフィールドがあるのはこのサント・アンヌ号ぐらいなんだろうな。
「いかがされましたか、ハヤミ様?」
黒いスーツに柔らかな物腰で執事以外の言葉が出てこない程に完璧なコクドウさんが私の半歩手前に構えて聞いてくる。
「いや、だってここまで凄いとは思ってなくて」
「当船は世界最高峰の名を誇示してます故、揃えられるもの全てが世界最高峰なのです。そして世界最高峰の方々に満喫していただき、我々が快適船旅をご提供させていただいております」
その分だけ料金が高いというのは、それはそれで納得がいく。いくんだけど、凄い。凄いから、凄い。
「ハヤミ様、こちらへ」
途中から訪れただけあって、会場は満席で異様な盛り上がりを見せていた。
公式よりも凄いのではないかと疑ってならないバトルフィールドが三つ横並びに存在していて、その周りを囲うようにして設置された観客席。モニターが大中小様々にどこからでも観賞できる位置に設置され、それぞれの戦闘の模様を確認することができる。
私はコクドウさんについていきながら、なされているバトルの模様を生で感じる。
歓声に歓声。怒号に怒号。拍手に拍手。喧騒に喧騒。落胆に落胆。歓喜に歓喜。
全てがそこにはあった。
バトルの内容が幾ら悪くとも、対戦者のレベルに差が開き過ぎていたとしても、観客は受け入れてくれる。それは、どれほど素晴らしいものか。それはトレーナーでない私でも肌身で感じ取れることだった。
私のポケットに入っている三つのモンスターボールも会場の熱気と振動に身を震わせているのだろう。そう、興奮して自分もバトルに出たいと願っているのだ。
それはきっとポケモンたち本来の闘争本能が刺激されている証拠だと思う。
「ハヤミ様」「あ、はい!」
離れないようにしないと、迷子になっちゃうや。
長身で黒スーツという出で立ちのおかげで私は難なくコクドウさんについていって、バトルフィールドの丁度境界線であるライン上に位置する個室へと案内される。
「え、ここって?」
私が関係者以外立ち入り禁止のサインが書かれた扉と特別専用席というテープのかかったセキュリティをくぐりぬけて到着した場所……それはVIPルームと書かれた扉だった。
「どうぞお入りください」
ドアを引いて、私は唖然とする。
なんとバトルフィールドを審判より上の目線から見下ろせるようにしてガラス窓が設置してあり、部屋の四隅端に巨大なスピーカー、天井近くにはそれぞれのバトルを眺められるテレビモニターと、居心地のよさそうなソファが存在していた。
そして何やらリモコンみたいなものに、後ろの壁際に至っては飲み物とつまめる小料理の数々。ポケモン用にも段差の低いテーブルに様々な食べ物が並べられている。しかも、それぞれに私の手持ちポケモンに合わせてある。
「こ、これって……?」
「はい、オープンバトル大会をご観賞いただく為にS区のお客様専用に設けられました個室でございます」
「こ、こんな贅沢していいんでしょうか?」
「お客様がS区のチケットをお持ちいただいた時から、お客様にはS区のサービスをするのが我々の仕事です」
「……は、はぁ」
それは答えになっているのだろうかとすら考える余裕すら私には与えられなかった。いや、そんな思考に思い当たる余地さえなかったといっていいのかもしれない。
モニターからはバトルの模様がリアルタイムで流れ、それを直に今目下で眺めることができる。専用の双眼鏡も用意され、それは遠くのバトルを見れるようにして絶妙な位置設定が施されている。というかそれすら必要でない程に鮮明にバトルが見れるのだからもう訳が分からない。
そしてコクドウさんから受け取ったリモコンは特定のバトルを見たい場合、対戦予告表を見たい場合、全部の試合をスピーカーごとにわけたり、すべてをシャットアウトしたりなどのボタン機能がついているという。
「それでは私は部屋の外で待機しておりますので、ご入り用なものがありましたら難なくお申し付けください」
腰を折った完璧なまでのお辞儀に、私はただ固まったままコクドウさんを見送る。
「絶対バチあたる、絶対バチあたる、絶対バチあたる、絶対バチあたる……っ!!」
私は渡されたリモコンを両手で震えさせながら、そうは言いつつも心の中のどこかでは幸福感を噛み締めていたのかもしれない。
しかしそんな私の錯乱状態を一喝するような大きな歓声が分厚いミラーガラス越しに聞こえてくる。ううん、スピーカーからの音かもしれない。
ぶつかり合うポケモン同士の体の音だろうか。厚い皮膚を通して、その衝撃が骨や内臓部分まで伝わる鈍い音までをスピーカーが拾う。きっとフィールド上にマイクが仕込まれているんだろう、空気を裂く音や呻き声を上げるポケモンの声が臨場感たっぷりに個室でこだまする。
「あ、ハルちゃん……」
そう、そしてとあるモニターには昨日とはまた違った巫女衣装に身を包んだハルちゃんの姿があったのだ。しかもそのバトルフィールドは私がいる個室から一番近くのフィールド。良く見れば、客席の間には等間隔に私のようなミラーガラスで隔たれている個室をみかけることができる。
私はとりあえずうわおぼえではありつつも、ハルちゃんにリモコンのポインターを合わせて「情報」というボタンを押す。すると透明度のある文字が現れてハルちゃんの情報がモニターに浮かび上がる。
三台あるテレビモニターの真ん中にバトルフィールドの様子、右側にはハルちゃんの顔写真に名前やクラス、手持ちポケモンなどの詳細を記した説明文、そして一番左のモニターでは大会のトーナメント表が表示される。
現段階で大会はベスト16まで出そろっているらしい。それぞれに皆強そうな感じはどことなく感じる。そんなに時間が経ってないかなと思っていたけど、トレーナーの朝は早いってことなのかもしれない。
「あ、そうだ。皆出ておいで」
私は思い出したかのようにボールを取り出して、三匹を出してあげる。皆して個室にいることにびっくりはしていたけど、自分達の好物を目の前にしてその疑問を咄嗟に忘れてしまう。だって、ほら、もう食いついちゃってるし……。
「あ、こらガーディ、もっとゆっくり食べなきゃだめだよ? あ、ほらラルトスもこぼしちゃだめでしょ? シャワーズは、うわーカナって本当にしつけるのが上手なんだな……」
一挙手一投足に気品と優雅さを感じさせるカナのシャワーズはさすがと言ったところなんだろう。というか、ううん絶対そう。まだガーディと同い年くらいで甘えん坊なところはあるけど、ちゃんとしつけられている。それに比べて私のガーディは。
むさぼるようにしてそのお腹を満たしていくガーディに、私は心の中で嘆息するしかない。それにミツルさんから預かっているラルトスはまだ見た目からしても二匹よりは子供でまだまだボーっとした感じが漂っている。
三匹が自由気ままにやっている様を見届けて、私はモニターを振り返る。
ハルちゃんの対戦相手はガオウという人。なんだか巨漢でボッサボッサに長く伸びた髪はまるでレントラーのたてがみのようないかつさを誇る。うわ、絶対格闘タイプ使ってきそうな人だなーと思いつつその人の情報欄を開くと案の定手持ちは格闘タイプのポケモンばかりだった。
あれだけ鍛え上げられているのはポケモンとの修行によるもの。筋肉の出来上がり方が特殊で、自然に筋肉の最大限の使用法を熟知しているポケモンと共に修行することでその能力を人も身につけるようになるから。
「お初にお目にかかります。アルセウス教布教をおこなっております、スグラノ ハルと申します」
「宗教団体の勧誘か? そんなもんに付き合ってる暇はない、さっさとはじめるぞ!」
ハルちゃんのお淑やかな物言いを一喝するかのようにして薙ぎ払うガオウ。私、あの人嫌いかも。
「それでは両選手共に準備はよろしいですね? 青・ガオウ選手対赤・スグラノ選手、バトルスタート!」
審判の合図と共に、互いがボールを取り出す。
「行きましょうね、ミカルゲ」
「行け、サワムラー」
二人の情報を左右のモニターに出してみて私は本当に疑問に思っていたことが解消される。それはミカルゲというポケモンの正体。
初めてみるポケモン。シンオウ地方のポケモンなのかな?
私はリモコンのカーソルを更に操作してミカルゲの名前を選択する。すると、ミカルゲの詳細が浮かび上がる。
効果抜群の技が無い?
「凄い……。こんなポケモンも世の中にはいたんだ。どんな仕組みなんだろう」
私の好奇心はまずもってミカルゲというポケモンに吸い寄せられる。
ガオウという選手のサワムラーも経験値は高いんだろうけど、あのミカルゲというポケモンの方が強そう。ううん、絶対に強い。
そして勝負は簡単についてしまう。ゴースト・悪タイプを持つミカルゲにサワムラーに打つ手はなかった。
【見破る】からのコンボがミカルゲにとっては致命的なんだろうけど、ハルちゃんはそこを完璧に熟知していた。相手が技を発動させるその瞬間を待っていたかのようにして決めた【サイコキネシス】に対抗できうる手段はさすがの熟練者であっても容易に回避することはできないのだから。
バトルが瞬時に終了し、客席からは嵐か津波のような怒涛の歓声がわき上がりハルちゃんは上品にお辞儀を客席に向かって三度する。
一瞬にしてついた勝負、それは相当の格闘家ならば自分自身を責めるだろう。苦手であろうエスパータイプ対策を積み、それにも関わらず悪タイプを有するポケモンに負けるという敗北感は一度味わってみなければ決してわからないのだから。
ガオウはハルちゃんの方を一瞥して、何も語らずに退場する。
そしてハルちゃんへとズームアップされたモニターになった瞬間、ハルちゃんが目を閉じて口を動かす。
「全ては神による采配。私は今神に感謝いたします。この時を忘れずに、そしてこの時を忘れましょう」
ハルちゃんが何を意味してそれを言ったのかはわからない。でも、その言葉の羅列に私が興味をひかれたのは不思議で、不思議でならなかった。