I:誓う決意
今日は確か、オープンバトル大会の日。
寝ぼけ眼をこすりながら、私はベッドで起き上がっては窓の方を見向く。そこには朝日がすっかりと水平線上より顔を覗かせ、心地よい日差しが部屋へと漏れてくる。
「というか、眠い……」
私が昨日のハルちゃんとお食事をした後、コクドウさんに連れられて帰ってきた。
至福の満腹感を味わいながら、私はうつらうつらとなりながらもガーディとシャワーズ、そしてミツルさんのラルトスに部屋に運ばれていたポケモンフーズを食べさせる。
もう本当に覚えてないのは、そんなにも夢心地だったのかな。
でも、この布団ふっかふか〜。
私は寝そべり返りながらふかふかの羽毛布団を抱くように転がる。体が半分ベッドから出るも、腕と足を巻きつけている毛布の感触に私は枕に頬を擦り付ける。
「ああ、いい〜」
部屋一杯に溢れて入る朝日が、揺れるレースのカーテン越しから妙に優しく感じる。
「がぅ」
「ふぃ?」
「ら〜ぅ」
私の起き際の声に三匹が目を覚ましたのだろう、それぞれに朝らしく弱弱しい声を上げる。
「お風呂、はいろっかな〜」
がばーっと起き上がって、背伸びをその場でする。
昨日はシャワーだけだったけど、ここのお風呂場はすごい。シャワー用個室とジャグジー付の浴槽が別々にある。お風呂場だけで私の部屋の二倍あるって、どんだけなのよ……。
薄地のシルクパジャマは高級感を漂わせるような、質素ながらにも手触りは今までに着たことない感触。誰が着せてくれたのだろうかというツッコミは乙女の貞操にかけて考えないようにうしながら。
私はお風呂場に入って、浴槽の横に付いているスイッチを押す。自分の家でもそうだけど、やっぱりでも自動的にお湯を溜めてくれるっていいなぁ〜。
ドババババーとお湯が流れ出て溜まっていくのを見ていると、パジャマのズボン下をつつく感触が伝わってくる。
「ん、ラルトスどうしたの?」
ミツルさんから拒否することなく渡されたラルトス。でも、いざ改めて触れ合うととってもかわいい。相手の感情を敏感にキャッチするといわれるラルトス、それは偶然なのかな? でも、ううん、そんなことない。
ラルトスは私を見上げて優しく微笑む。それは私の気持ちと同調してくれてるのかな? 早く打ち解けれるかもしれない。
「ありがとう、ラルトスー」
私はラルトスを抱っこして、ベッドの上へとダイブインする。
「らるぅ〜」
「えへへー、高いたかーい」
ラルトスの両脇を抱えて高く高く掲げる。嬉々とした鳴き声を上げるラルトスを見て、ガーディががばっと私に飛びかかる。
「あ、ガーディもしたいの?」
「がう!」
「ふぃー」
シャワーズも同じなのだろう、ガーディの温かな体毛とシャワーズのひんやりとした肌触りが私に触れる。
私は二匹もラルトスのように高い高いとしてあげたところ、丁度良いタイミングでお風呂場から「お風呂入りました」という女性の合成声がきこえてくる。
「あ、お風呂入った。皆待っててねー」
私は三匹にそう言い残してお風呂場へと直行する。
溜まった蒸気が湯気となって風呂場を埋め尽くそうとしている。私はパジャマと下着を脱いで、それを広い洗面台の上に置く。
ちょぴっちょぴっと足先をお風呂のお湯につけて温度を確かめる。
「あ、丁度良い」
私はざばんと洋式風な浴槽にその身を浸からせる。家のお風呂より遙かに大きい浴槽……全身を伸ばしてもまだおつりがくるぐらいのスペースがある。この中で寝ちゃったら、確実におぼれちゃうな。
壁際に設置してあるボタンを見つめて、興味本位でジャグジーと書かれているボタンに触れてみる。
するとぼこぼこ、ずどーっ! といった感じで強烈な泡が私の背中に襲い掛かる。
「うわ、きゃっ!」
多大稀ない攻撃に私の背中は押されて、ふくらはぎ辺りからも同様の衝撃を覚える。
「い、いたいいたい!」
ぴっ! ぴっ! とボタンで強弱を整えて私は一息つく。きっと、私の前に使ってた人は肉厚だったんだろうなーなんて失礼な妄想を膨らませる。
「あー、でも極楽極楽ー」
オープンバトル大会はすでに白熱の展開を繰り広げているのだろう。自分の自慢のポケモンを披露できるステージ……それは子供であっても大人であっても忘れ拭い去ることなんてできない程の緊張感と充実感、そしてなにより昂揚感を味わえる最高の舞台なのだから。
「ハルちゃんの昨日の物言いからしても、やっぱり強いんだろうな。だって、ポケモンバトル慣れしてそうだったし」
ポケモントレーナーがバトルをする、それ自体の行為がトレーナーの体つきにもやはり影響を与える。
ただ指示をするにしても、トレーニングを指示のみで済ますにしても、フィールドに立ち、他者とバトルをするという行為が一般人とは違ってくる。
それは視線と声……。
バトルの際に相手のポケモンを観察し、自分のポケモンをもとらえないといけないトレーナーの目の動きは一般人とは違う。そう、それはただ会話しているだけでもわかることで他の人とは異なる方向を見ていることが多いし動きも若干異なってくる。それと熟練したトレーナーなら自分のポケモン、あるいは相手のポケモンの影に入って対戦相手に自分の動きを見えなくさせるといった特技を習得するようになる。
視野の使い方が発達しているトレーナーはバトルにおいても相手のポケモンと相手トレーナーだけでなく、バトルフィールドを瞬時に見渡して自分のポケモンの位置と自分の位置を確認したりという全体を俯瞰視点で認識したりする。
あ、俯瞰視点っていうのは上からみた視点ってことで良くパズルゲームでも用いられている視点のこと。つまり、この視点を認識できるような視野を持つような選手程、バトルの時に他者よりは有利な戦闘運びができるとされている。
私も若干、そういう視野を使えるからバトルはそこそこについていけるんだけどね。
と、そんなことを考えている内に体の箇所に痺れが現れてくる。
「ジャグジーの当て過ぎで体が……」
ぴっ、とボタンを押してジャグジーを終了させる。
「えっと、後は何があるのかなー?」
新しいおもちゃを手にした子供の気分になってって、私はまだ子供だからはしゃいでもいいもん!
と、とにかく、お湯が様々な色に変わったりするライト調整や浴槽の前壁についているテレビモニターを点けたりしながら私はバスタイムを楽しむ。
今日のバトル大会を楽しみにしながら、さっき考えていた視線と声のことを思い出す。
ハルちゃんもバカ兄もそうだけど、強いトレーナーははっきりとした言葉をしゃべる。それは別にアナウンサーとかアニメの声優さんとか、声を職業にしている人達のと似ているけどトレーナーは声をつくったりはしないことが一つの違いなのかもしれない。
ポケモンに指示を出す時、大きければ相手にも技名や次の作戦がわかってしまう。しかし逆に小さすぎるとポケモンも戦闘中に聞き取りにくいこともある。絶妙のボイス音量で自分のポケモンに指示を与え、相手に自分の意図を勘繰られないようにする必要性があるのがポケモンバトル。
でも強いトレーナー同士のバトルを見ると、指示が例え聞こえたとしても予期せぬ攻撃や連携を繰り出してくるから奥が深いらしいけどね。私はあんまりバトルを見て燃え上がるようなタイプじゃないから……。
視線と声……。つまり両方の特徴が大きければ大きいほどに、相手のトレーナーとしての資質と力量が判断できるといっても過言ではないのかもしれない。
昔先生にそんな話をした時に、お前の観察力は凄いなって褒められたんだけど私の気のせいだよね? だって、皆もわかってることだと思うしさ。
「うーん、そろそろあがろっかな」
小一時間ぐらい経ったかな? 私はざばーっと浴槽から身を持ち上げて近くの棚に積んであるタオルを手に取る。
「やっぱり、タオルが大きいっていいな〜」
全身を覆い尽くさんばかりのふかふかタオル。家だと乾かないっていう理由でいつも小さなタオルしか使ってないから、物足りなかったんだよねー。
そして全身を適当に拭いて、私はバスローブに手をかける。
「なんか、本当に私ってリッチ?」
テレビの中でしか見たことのない外国人がバスローブに身を包んでワイングラスを持つ様が思い浮かぶ。洗面台の鏡の前でバスローブに全身を包んで自分自身を見つめる。
イメージだと、ローブの下からでもナイスボディになるはずなんだけどなー……。
自分の乏しい……ううん、まだ発達途上してる胸を見下ろしながら私は将来に期待することにする。そういえばデパートで会った時の女の人、綺麗なプロポーションだったなぁー。
幾分思い出したくはないことであっても、あの人にはちゃんとしたお礼ができずにいた。
「一体、誰だったんだろう」
「がうっ!」
「あ、ごめんガーディ今行くね」
さすがに一時間は待たせすぎちゃったかな? 私はガーディの鳴き声で我に返って三匹のもとへと戻る。
「よし、じゃあちょっと早いけど着替えて試合見にいこっか」
「がう!」
「ふぃー」
「ら〜る」
私はタオルで髪の水飛沫を拭き取りながら窓から景色を見下ろす。
S区から見るサント・アンヌ号のデッキを挟んだ海原は本当に綺麗。ターコイスブルーの水面が斜陽によって輝き、人の小さく聞こえる喧騒とポケモン達の姿に自然と微笑みがこぼれる。
でもそれと同時に、私はここにいていいんだろうかという罪悪感にもかられる。
大きな窓のグラスに手を触れて、自分の顔が映る。その顔はさっきまでバスタブでくつろいで綻んでいた顔ではなく、寂しげで沈痛な面持ちをしていた。
カナはまだ目を覚まさないだろう。私がチイラの実を持って帰るまでは。
そう考えてしまうと切なくなって、自分が許せなくなって、でもそれ以上に大きな使命感に駆られる。
だから、待っててねカナ。
私は心にそう誓う。ホウエンに着くまでの一週間に、私は自分でやれるべきことをやると。
カナごめんね。私にもうちょっとだけ時間を頂戴。