「裏」:異色の二人
ジョウト一の出船場としても知られる、ここ大港街のアサギシティに二人の少年少女がいた。
「えらいことね……」
「そうだな。となると、やっぱりアユミの推測通りロケット団の自作自演だったわけか」
状況を冷静に受け入れるこの二人のトレーナーは、ケンによってリョウ達による奇襲から逃れた者たち。
「テロを行い、そのテロの対処までも自分達でしてしまう……」
「そしてその事実を隠ぺいする程までの情報操作能力ってことか。こりゃ大物だなー」
二人は今アサギシティの波打ち食堂という場所で昼食を取りながら、テレビモニターを見つめていた。もちろん、二人の会話を耳に挟む者はいない。
「でも、トップが変わっただけで他は何も変わってない」
「そうだな……。著しい変化って言ってもホウエン事変ぐらいか。ならそこは避けよう」
「ええ」
栗茶のセミロングで顔の右側を完全に前髪で隠すメガネ少女の名はアユミ。顔が隠れているせいか、見え隠れするその端正な顔つきはどこか外国人の印象をも与える。
耳にピアスを三つずつの完璧なまでの金髪短髪の少年の名はキリン。ケンとリョウとは度々つるんでいて、おちゃらけてはいるものの良きムードメーカーとしてもクラスでは人気が高かった。
彼らはあの襲撃事件の後そのままジョウト地方まで逃げ切り、バトルなどで賞金を稼ぎ、ポケモンセンターを転々としてなんとか生活していた。
この国ではトレーナー同士のバトルを行った際に、敗者は自身の持つ所持金の1パーセントを支払わねばならないというルールを敷いている。たかだか1パーセントというかもしれない……しかし、多くのトレーナーにとってその1パーセントの財産をかけてでもバトルして勝つという意気込みが試されるのだ。
そして金銭がかかるこそバトルは頻繁にも行われるし、バトルの申し出を拒否する権限もトレーナーには与えられている。
そしてその金銭の取引は全て自主登録されたポケギア・ポケナビ・ポケッチによって行われる。つまり、お金をデータマネーとして扱い、それを日常でもフル活用しているのだ。その為、本人認証が必要とされるために強盗などといった犯罪も少ない。
「キリン、後お金どれくらい……?」
アユミはおとなしく静かそうに見えて、物言いが淡々としているだけで実はかなり話すタイプである。ただ、その存在感が薄い為かそう認識されやすい。
「俺か? 昨日稼いだので3000円ぐらいだな」
「なら船代は出るね」
「お、進路が決まったか?」
「ええ……」
アユミがここの食堂の名物である海鮮グラタンを平らげて、キリンを見据える。
ここ数日間、アユミは数少ない情報網を駆使しながら必死に現状把握に努めてきた。その結果、いろいろと見えてくるものがあり、ようやく事態をどう処理していくかのめどが立ったのだ。
「シンオウチャンピオンを倒そう」
「……大きく出たな」
「もちろんだとも」
キリンはアユミが冗談などを決して言わないことがわかっていた為、なおさら衝撃的に彼女の言葉を受け止める。
「つまりは俺達の誰かがシンオウチャンピオンの座を奪えば言い訳か」
「そう」
「なら、俺は違う地方に行った方が良くないか?」
「ううん、確実に狙い落とす……。それに、シンオウリーグは他の地方とは若干違うから準備も手間取るだろうし。同じ取るならシンオウの方が良いってこと」
アユミはベルをならして、更にメニューを指さして追加注文をする。
彼女の目の前には先ほど頼んでおいた海鮮グラタンの空き容器が五つ。
「しかし今のシンオウは寒くないか? 今の服だけじゃ心もとないぜ?」
「船でバトルして稼ぐ。それしかない」
「はぁ、そうだよなー」
お金で困っていれば親からその二人の口座にお金をおとしてもらうことができるかもしれない。ただ、二人は孤児でありハナダ孤児院という場所で世話になっていた身である。今年スクールを卒業し、孤児院からも出ていくつもりだったのだがそれはもう叶うことはないだろう。
というよりもアユミの食費が最も重大な懸念事項であるのだろうが、そこにはキリンはもはやツッコミはいれない。
「しかしアユミ……お前良く食うな」
感心しているキリンが水を飲みながら、そうアユミに告げる。
運ばれてきた新たなる三つのグラタンをスプーンで平らげるアユミはそのスプーンを口に含んだまま手を止めてキリンの方を向く。
「……うるさい」
「へいへい」
前髪によって隠されている右目からも眼光が刺さってくるのをキリンは感じ取ったのだろう。少したじろぎながら、キリンはゆっくりと視線を窓の外へと向ける。
そして彼女はまたスプーンの動きを再開させる。
「それにしても、平和だな」
そう零すキリンをきっとアユミが睨む。
「へいへい、黙りますよ」
「緊張感無いんだよ、君は……」
「気張ってても疲れるだけだろ?」
「慎重って言ってくれるかい?」
「へいへい……」
キリンがグラスの水を飲み干して、アユミは残りのグラタンを平らげる。湯気のたつのもお構いなしに、彼女はパクパクとスプーンに乗ったブロッコリーやニンジンを次々に口に運んでいく。
ロケット団による実力のある若者を一掃する計画から逃れた二人の少年少女。
彼らもまた、彼らのやり方で国を取り戻そうとしていた。
彼らが向かう先は最北シンオウ地方。そこはチャンピオンシロナが統括する、アルセウス教発端の地……。
第七章:完