IV:奪還作戦
俺含め、四人の元ジムリーダー、元四天王、ミツルさん、元ホウエンチャンピオンと世界最強の男が集う。
総勢九人。
それが世界を奪還する為に集められた精鋭たちだ。
「さあ、それじゃ今から君達にはこれを配る」
ダイゴさんがそう言って取り出すのは小型のインカムのようなもの。
「デボンコーポレーション作、ブルートゥース内臓の小型インカム。いくら奴らでも通信衛星のシステムまでものっとったわけではないらしい。俺専用のプロバイダーはまだ残っていた」
つまり、これで連絡を取り合えるということだ。しかし、危険じゃないのか?
「でも、危なくないのこれ?」
カンナさんが俺の思考を代弁する。それはここにいる誰もが思ったことだろう。
「発信コードと受信コードが一定の時間置きに更新される。いや、書きかえられる。その間にそのコードを解析し、ハックするのが不可能な時間内にだ」
なるほど、安全性は保証されているのか。さすがは、デボンコーポレーションの跡取りとまで言われていることはある。
こういうものは自然と男の知的好奇心を刺激してくれる。
「さて大まかなことを今は説明しておく。そしてこれも持って置いてほしい」
ポケギア? いや、違う……ポケナビ? でも、形状が違う。
ダイゴさんがミツルさんを使って配ってくる小型機器は見たことのないフォルムを要していた。
「これは俺が昔試作したポケナビだ。ポケナビはデボンの登録商品だったが今はすでにシステムから何まで全部ロケット団の手中に落ちている」
「ダイゴさんって多才なんですね」
「褒めるな」
俺の称賛もその一言で片づけられる。
「名称は無いから、そのままポケナビとして使ってくれ。ただ、皆には悪いが勝手に番号を振らせてもらった」
「番号……? あ、本当だ私のは5番」
アンズさんがポケナビの裏側を見て、そこにVという文字を発見する。恐らくはじめて彼女が喋るのを見かけたのかもしれない。それほどまでに彼女がこの面々の中では影が薄く見えるからだろう。
というか、アンズさんって何歳なんだ? 外見から見ると俺とはそう変わらないみたいだな……。というかこの中の誰より背が低い。
ダイゴさんが全てのポケナビを渡し終え、俺のもらったポケナビはVII。つまりは7番。
「番号の意味は悪いが伏させてもらう。一種の保険だと思ってくれ……」
「はい」
ミツルさんは本当にダイゴさんの自称舎弟なのだろう。全てを受け入れるらしい。なんの疑いもなく即行に答えたし。
「ですがダイゴさん、私(わたくし)あまり機械については詳しくありませんの」
悩ましい表情を浮かべるのはエリカさん。大和撫子とは彼女のことを言い当てる為に作られた言葉としか思えないほどに、エリカさんの立ち振る舞いのすべてにおいて気品が感じられる。
それは多くの女性陣がいるこの中でも際立っている。
「そこらへんは慣れてくれというしかない。でも、安心してくれ……操作は簡単だ」
ダイゴさんは自身のIと書かれたポケナビを操作して、皆を見渡す。
ポケナビはIからIXまでの九個が確認できる。
「まず、俺達には拠点が必要だ。だから、俺達はホウエンを始めに取り戻す」
ざわめきが小さくも俺達の中で渦巻く。
「ホウエンはまだ堕ちて日が一番浅い。ならば少しでも反対勢力のある内に奪還したい」
その案に俺は合点がいった。でも、ダイゴさんの根回しがあったのにも関わらず堕ちてしまったホウエンならば一番手ごわいのではないのだろうか?
「敵は手強い……だが、だからこそそこにある余裕をつく。そういうことだ、ケン」
「は、はいっ!」
この人は読心術でも使えるのか? はたまた俺が顔に出していたのか……さすがの観察眼だ。そうだよ、こういう口調をサトシさんがすりゃもちっと威厳が出るのに。
「……手始めにどこ?」
寡黙なナツメさんがぼそりとそう呟き、ダイゴさんは更に進める。
「ああ。先ずはホウエンへの足がかりとしてトクサネシティに行く。俺の別荘もそこにあるからな」
トクサネシティ……えーっと、どこだったか。
「確か、トクサネシティって宇宙センターがあるところよね?」
カスミさんが俺の変わりに先に言ってくれる。そうだ、宇宙センターのある島だった。去年だか一昨年とかにも衛星の打ち上げに成功したことを思い出す。
「ああ、そうだ。それにあそこは離れた場所にあるからな、情報通達も他よりは遅い」
だからダイゴさんはそこに別荘を建てていて、自分専用の通達経路のプログラムを衛星に書き換えやすいようにしたのだろうか? そんな想像が俺の中で働く。
そしてサトシさんがダイゴさんに向かって意見する。
「でもダイゴさん、島を取り返すにしたって統括者は変わってないと聞きました。 世界の敵は僕達……下手をすれば一般人までもを敵に回すことになるんじゃないですか?」
そう、ロケット団とポケモンリーグ協会が協約を結んだことにより今の俺達は単なる反逆者扱いの上、主要人物達に至っては指名手配中なのである。
「ああ、わかっているさ。その覚悟を君達にしてもらいたい」
それはつまり、一般人を巻き込んででも任務を遂行しなければならないということなのだろう。でもそれはあんまりにも……。
「でも、それはあなたの望むことではないはずです」
凛とした視線でサトシさんがダイゴを見つめる。
なんか、俺のセリフを皆さん先取りするのはやめてもらえないだろうか。
しかしその一言で張りつめた雰囲気が九人の間に流れる。
「ああ、望んではいない。しかし人は気付かなければならないんだ、真実を」
「でも今の人達は今の日常を、情勢を真実だと信じているんでしょ? なら、強制奪還は彼らの信じているものに背くことになるんじゃないですか?」
ダイゴさんとサトシさんの意見が往行する。
それはどちらともに是があり、非もあった。
「平和的にホウエン地方を奪還すればいいんですよ」
多少の武力を持ってしてでもホウエンを奪還しようとするダイゴさんと武力を行使しての奪還は成功しても意味がないと思うサトシさんに向けられたのはそんな言葉だった。
「ミツル?」
「何もトクサネシティで事は起こさなくても良いんです。僕達の狙いはホウエンリーグ、協会の奪還なんですから」
ミツルさんが柔和に発したその言葉は誰もの緊張感を解しただけでなく、誰もが忘れかけていた本作戦の意図を思い出させてくれた。
「悪かったなサトシくん」
「いえ、僕も悪かったです」
ダイゴさんとサトシさんは早決にそう言いあって、ダイゴさんがそのまま続ける。
「ミツルの言った通りだ。そして協会に乗り込む為にはジムリーダー達のジムバッジが必要になる」
元来より、ポケモンリーグというのは協会が設ける一年に一度の催しのことである。そこでその地方における一番のトレーナーをトーナメント式で選出するというものだ。そしてその資格を得たものがポケモンリーグ協会という本拠地で四天王とチャンピオンに挑む資格を得ることができる。
しかしチャンピオンに挑み、勝利したものはそのチャンピオンの座を引き継ぐという慣わしが存在しており中々にその座につけるものはいない。ホウエンの現チャンピオンも、ダイゴさんに勝利したのではなくダイゴさんが失踪した為に四天王達によって代理役を務めさせられていると聞く。しかし今となってはその人物が実質の現ホウエンチャンピオンなのであろう。
そしてダイゴさんの言うジムバッジが必要というのは、ポケモンリーグに挑戦し勝利して本部に乗り込むしかないということらしい。それはつまり、ジム戦にて勝利しなければならないということなのだ。
ん? 待てよ、もしかしてそれって。
「そう、察しが良いなケン。君がホウエンでのチャンピオンを負かしてくるんだ」
「なっ!?」
ロケット団がいくら世界を乗っ取ったとしても、条約が変えられたとしても法律をまだ変えてはいない。つまり、既存のルールは未だに存続して公式ジム戦にも適応しているということになる。
「え、でもさっきは強行してでもって……」
「ああ、俺がジムリーダー達から無理矢理にでもバッジを奪い取るっていうことならな」
そ、そういうことだったのか。
恐らくサトシさんも俺と同じように思っていたのだろう。困惑とした表情を俺に向けてくる。
てか向けないでください! 俺だってちょっとこの人のこと理解できなくなってきてるんですからっ!
「ダイゴ、あんたって本当説明能力皆無よね」
どうやらカンナさん達はダイゴさんのことを良く理解しているのだろう。あ、だからミツルさんはああ言ったのか……。
というかジムリーダー達はこのことは予め一通り知っていたということになる。なら俺とサトシさんの勘違いかよ!?
「そうですよ、今の会話からだったらまるでトクサネシティで暴れるって感じですよ」
カスミさんが眉をひそめてダイゴさんに言う。
「そうか? それは悪かったな」
が、ダイゴさんは悪びれるつもりはないようだ。こういうフランクな性格もチャンピオンとしての資質なのだろうか。
「もしかして俺が真に選ばれた理由って……」
「ああ、正攻法でこの国を奪還するんだ。新たなチャンピオンをつくりだす、その為に集めたチームだ」
だからだったのか?
だからなのか。
そうなのか。
その案、気に入った。
俺は一歩下がって、深く頭を下げて声を張る。
「指導、よろしくお願いします!」
多分俺は笑っていたのだろう。俺の顔を皆が見て、微笑み返してくれるのが見える。
強くしてくれる。そういうことなのだろう。
「だから先ず俺達に必要なのはケンの修行を行える場所、拠点だ。スケジュールのローテーションは各自のポケナビに送る。そしてケンの修行を手伝わない者は順々に他の任務を与えていく」
ダイゴさんがてきぱきとそう説明をしてくれる。
「覚悟しておきなさい。私の特訓は厳しいわよ?」
同じメガネをつける者として望むところですカンナさん。
「忍に必要な何たるかをお教えいたします!」
アンズさん、それはちょっと違うんじゃ……?
「……よろしく」
ナツメさんとはまずちゃんとコミュニケーションを図ることからはじめよう。そうしよう。
「がんばりましょうね、ケンさん」
素直に「はい」とエリカさんには答えてしまう。
「久しぶりに腕前見せてもらうわよ」
カスミさんとは昔スクールの課外授業でバトルしたきりだから、俺も久しぶりですよ。
「ケンくん、一緒に頑張ろう」
俺もサトシさんの口調改善に全力を注ぎます。
「僕はダイゴさんの補佐につくことになるからあまり会えなくなっちゃうけど、がんばって」
ミツルさん。はい、ありがとうございます。
それにミツルさんには感謝したくてもしきれない。命の恩人であるだけではなく、こんな機会を俺に与えてくれたのだから。
「巻き込んで悪いなケン。でも顔の割れていない君に頼むしかない」
「いえ、巻き込んでもらって良かったです。俺はやっぱりダイゴさんみたいに、強くなりたいですから」
若干敵とドンパチしながらの展開もわくわくしていたけど、こっちの方が断然に燃える。
「ホウエンリーグは他の地方に比べて早い。春に行われるリーグまでに、頼むぞ皆」
俄然面白くなってきた。こらえきれなくなってきた興奮に、高揚感が更に高まっていく。
よし、やってやる!