III:告げられしマサラの真相
「僕は以前、ハヤミという人物に出会ったことがあるんだ」
サトシさんが唐突に口にした言葉に、俺は息をのむしかない。唐突すぎて最初はなんのことを言っているのかわからなかった。
「僕より遙かに年上でね……。でもバトルを挑んで、その時は負けちゃった。十二年ぐらい前かな? 僕が丁度旅に出始めたころだ」
十二年前? つまりそれはサトシさんが十二の時だということだろう。カスミさんも同い年のはずであるし、彼女が二十四歳なのは知っている。
「その時のバトルで僕はハヤミっていう人に言われたんだ。『強くなってくれ』ってね」
サトシさんが思い返すようにして言葉を紡ぐ。しかし俺にはこの会話がどこに通じていくのかまったく見当がつかなかった。
「それでさっきのバトルを見て、あの時とおんなじ感覚にさいなまれたんだ」
世界最強という名は伊達ではないのだろう。つまり俺の戦闘スタイルが親父と似ている……そういうことを言いたいのだろうか? というか、親父は十二のサトシさんとバトルしてもうすでにその才能を見抜いていたのか? それとも、すでに旅出始めのサトシさんが強かったのか。
ことはどうあれ、ここで一つの共通点が俺とサトシさんの間で生まれたこととなる。
「つまり、俺と親父のバトルスタイルが似ていると?」
問いただすようにしてサトシさんに質問を投げかける。順々に説明をきいていかないと、わからなくなりそうだ。
「……そうだね。でも一つ確認しておきたくてね」
サトシはきっと、目つきを鋭くする。
「ケンくん、君はもしかしてスパイなのかい?」
その向けられた言葉に、俺は言葉を無くした。
「え?」
そんな俺の動揺っぷりを見てサトシさんは安心したのか、笑みを戻す。
「あ、ごめんごめん。関係ないだろうとは思ってたけど、どうやらあのハヤミって人の子供みたいだから……ついね」
「あの、サトシさん。一体どういうことなんですか?」
俺は訳がわからなくなりつつも、食い下がる。
「え? 知らないの?」
「俺の親父は俺が四つの時に妹を残して蒸発しました。その後は一度もあってません」
「……そうだったんだ。え、でも蒸発?」
サトシさんは両目を見開いて、絶句する。
「は、はい」
「ごめん、僕の方もちょっと整理させてもらってもいいかな?」
サトシさんは顎に手を当てて、十二年前のことを必死に思いだそうとする。
単刀直入に言えば、俺はルカとは血縁関係にあるものの本当の兄妹じゃない。
俺が四歳の頃に親父が連れてきた赤ん坊、それがルカだ。
本人はそんなこと知りもしないだろう。なんせ俺が最後に親父に会った十四年前、ルカは生まれたばっかりで俺は四歳だったのだから。つまりサトシさんの話が本当ならば、サトシさんは俺の親父の失踪二年後にマサラで出会ったということだ。
「ケンくん、マサラの悲劇っていうのは知ってるかな?」
マサラの悲劇、それはオーキドという元偉大な博士がポケモンの生体実験において疑似生命体を作りだそうとしていた研究。その凄まじき程の非人道さにつけられた事件の名称。
「はい、あの研究のことですよね?」
「うん。でもね、あの事件はそれだけじゃなかったんだ」
「え?」
それだけじゃ、ない?
しかしそんなはずはない。だって、俺自身もその記事や文献は読んだことがある。教科書にですら今は載っている程の大事件なのだ。
「オーキド博士が見つかって、その村人がポケポリを呼ぼうとした時マサラタウンは謎の組織による襲来を受けた」
「……え?」
「恐らくはオーキド博士の研究成果を盗むためだったんだろうけど、それは失敗に終わったんだ」
初耳だった。まさかそんなことが起きていたとは……。
「その時に死人も出たんだ。この話は本当は他言無用なんだけどね、君には話しておいた方がいいと思って」
寂しげにサトシさんは笑う。この人は、どうしてこんなにも哀しげな笑みが浮かべれるのか俺にはわからない。いや、わかりたくないのかもしれない。
「つまり、これが二十年前のマサラの悲劇の真実。そしてその六年後に君のお父さんは疾走した。そしてその二年後に僕は君のお父さんハヤミさんと出会っている」
「一体、どこで親父と……?」
「オーキド博士研究所だ」
「!?」
なんで親父がそんなところに?
「……」
サトシさんは言い出しにくそうにするも、きっと俺を直視して口を開く。
「ハヤミさんはオーキド研究所のデータを盗もうとしていた」
「え?」
「真意は僕にもわからない。でも、そこで僕はハヤミさんとバトルして負けた。そしてその時、その人は哀しげな表情で『強くなってくれ』とだけ残して去って行ったんだ」
「…………」
なんで親父がそんなことを?
しかしサトシさんが言っていることが真なら、筋書きは通った。
十四年間も会っていないのだから、ショックではあってもそれほどまでに衝撃は受けてはいない。だから冷静に整理できる。
親父がロケット団のリーダーと接点があるかはわからないが、親父もまたサカキの動向を気にしていたのだろうか? しかしだとしたらサトシさんと勝負する理由はない。
それにマサラの悲劇の真相……。ロケット団はそんなにも昔から存在していた、ということになる。しかしそのロケット団は目的を遂行できなかった。それはオーキドの研究データなどが破損されないまま協会によって保存された為だ。それにオーキドの身柄も拘束できたことからも踏まえてそういう検討しかできない。
もしかしたらサカキはその時のデータを欲しいがためにこの国を協会ごとのっとったというのか?
そしてサカキはそのマサラの悲劇より以前にオーキドと出会っているということが推測できる。
さすがの俺でもこんがらがってくるもんだな。でも、今考えて躊躇すべきはここではない。このイカレタ世界を取り戻す。
「ケンくん」
「いえ、ありがとうございますサトシさん。でも、いいんです今は。今俺達がやるべきことは、全てをブッ飛ばして世界を取り戻すことですから」
「……そうだね」
「それよりも」
「うん?」
俺はサトシさんの方へとずかずかと寄って行き、その顔を直視する。
「ど、どうしたんだい?」
「サトシさんって世界最強なんですよね?」
「え? いや、それは皆が言うことであって僕は今はそうでもないかなって……」
「なんでそんな喋り方なんですか?」
俺がもっとも気にかかっていたこと、それはサトシさんの喋り方だった。世界最強の男がこんな女々しい言葉遣いな訳ない!
「え? そ、それは……えっと、ずっと人に会ってなかったから毒気が抜けたというか、野心が抜けたというか」
「なら直してくださいよ!」
「えぇ?!」
「俺が目指す世界最強のトレーナーはどんな奴でも言葉だけで吹き飛ばしちまうような、そんな人間なんです!」
「怖い! 怖いよ、それ!?」
俺はがっちりとサトシさんの腕を掴んでそう迫る。
「あ、サトシもケンくんも何やってるの、ミーティングはじまるわよ!」
そして俺達のことを(特にサトシさんだと思うが)カスミさんが呼び掛けに来てくれる。
「あ、カスミ今行くよ! ほら、ケンくんも行こ」
「……はい」
しかしあまりしつこくしていてもあれだし、ダイゴさんのお呼びとならばいつまでも待たせるわけにはいかない。
「とにかく、その喋り方どうにかしてください!」
「え? あ、う、うん……」
「じゃなくて!」
「あ、ああ」
「はい!」
俺はそんな弱腰のサトシさんを引っ張るようにして、ポケモンセンターへとカスミさんと戻って行った。何気にカスミさんがうらやましそうに俺の方を見ていたのは俺の気のせいだろうか?
そんな中、ミーティングが始まるまで俺はリョウのことを思い出していた。
サカキ リョウ……サカキの第二の息子。
あいつは本当にああいうことがやりたかったのだろうか? その真意を俺はまだあいつに問いただしてはいない。
でも長年あいつとつるんできてわかっていることはたくさんある。あいつは常にふざけているような野郎だが、自分のやりたくないことは絶対にやらないのだ。つまり、それはあいつの行動自体が答えということになる。
あいつは自分の父親がなにをしてきたのか知っているのだろうか。少なくとも何をしようとしているのかはわかっているはずだ。あいつはそういう男であるし、理由がなければ行動にもうつさない奴なのだから。
そうなると、やることは一つだ。
今度会ったらブッ飛ばしてやる。
俺はそう胸に誓う。
別にあいつが悪いとか、俺が正しいとかじゃなく、ただブッ飛ばす。気に入らないからブッ飛ばす。今までもあいつのことはブッ飛ばしてきた。それが俺とあいつの出会いでもあったし、友でもある証でもある。
自然と拳に力が入り、サトシさんの手を握っていたことを忘れてしまう。
「いたたたっ」
「あ、ごめんなさいっ」
「ちょっとケンくん、あんまりサトシをいじめないでよ」
つい、力が入りすぎたみたいだ。
それにしてもカスミさんは本当にサトシさんのことが好きなんだな。あぁ、あのハナダ美女姉妹でも随一のカスミさんがサトシさんに取られるとは。
でも悪い感じはしないし、俺もサトシさんのことは気に入った。だから、俺の理想の人になってもらおうと思う。それにこの二人はお似合いに見えるしな。
「ならカスミさんがサトシさんを引っ張って行ってくださいよ」
「え!? ちょ、ちょっと何言ってるの!」
赤面するカスミさんをよそに、俺は茶化すように笑い声をあげながら皆が集まっているロビーへと向かう。
待ってろよ、リョウ。俺は絶対にお前をブッ飛ばす。
この日を境に、俺は新たな決意を胸にすることとなった。
その決意がいつかは大きな壁に直面することとも知らずに……。