II:集結する反逆者
サトシ率いる一行はやっとの思いで下山してきていた。
ポケモンセンターで一息つこうとしていた一同であったが、凄まじい衝撃音を聞いてその方へと歩みを早める。
「あら、なんでしょうね?」
エリカは毅然とした姿勢のまま首をかしげ、ナツメは目を閉じて冷静に告げる。
「バトル……」
カンナはアンズの髪を弄びながら、
「へぇー、どうせダイゴじゃないのか?」
「や、やめてくださいカンナさん! 私の髪で遊ばないでください!」
もしゃもしゃと髪をいじくっていたカンナは手を止めて、音がしてくる方を向く。アンズは乱された自身の髪を手櫛でなんとか整えながらも、皆と同じ方角へと目を向ける。
「あそこはあのバトルフィールドか……」
どうやらカンナはその練習用バトルフィールドを知っているらしい。
「カンナさん、あそこでバトルしたことあるんですか?」
アンズは憧れの眼差しでカンナを見上げる。
「まあな……。でもここでのバトルはきついぞ?」
「うっ……。な、なめないでください私は忍びですよ? くノ一ですよ?」
「ええい、わかったわかった」
小さな体躯ながらもアンズは懸命に自己アピールを試みる。
余談ではあるがくノ一の由来はくとノと一を合わせたら女という漢字になるからである。そういった名称で呼ばれる程に、彼女らの身体能力には目を見張るものがあったのだろう。
それはさておき、サトシとカスミは一目散にそのフィールドへと駆けだしていた。どうやらバトルの生の音をきいていてもたってもいられなくなったのだろう。別にそれはカスミの習性ではなく、サトシ固有のものであるが長年旅をしているとそういう癖がついてしまったのだ。
「サトシ、本当にバトル好きなのね」
「え? だって、こんなに面白そうなバトル見逃すわけにはいかないだろ?」
「ふふ、そうかも」
これまで幾つものバトルを成し遂げてきたのだろうか? チャンピオン達がこなしたバトル数を遙かに上回る程のバトルを経験してきたこの男には、どんな音かだけでそのバトルの内容が、良さがわかってしまうのだ。
凄まじい衝撃音と共に、メタグロスがうめき声と共に倒れる。
「【お仕置き】か……。さすがにそこまでは考えてなかったな」
【お仕置き】、それは相手のポケモンが自身の能力を上げれば上げる程に威力の増す技。
メタグロスの【高速移動】の連発、それは例え【アームハンマー】でスピードが落ちていたにしても効果は左右されない。
「でも、まだまだだ」
わかってはいる。俺の実力じゃダイゴさんには敵いっこないだろう。
巨大な四肢を岩の上に乗せて、威圧するようにしてニューラを見下ろすメタグロス。その体躯の光沢は、まるで研磨された鋼の如くに輝いており、どれほど鍛え上げられてきたのかがうかがえる。
「メタグロス、【アームハンマー】」
だから大勝負に出るしかない!
「いくぞニューラ!」
「ニュラ!」
メタグロスの額のバッテンの真ん中はメタング同士が結合した点。つまりどんなに固くたって、あそこを一点集中に狙えば勝負はつくはず……いや、少なくても致命傷は与えられる。
「受け身を取ってからが本番だ! いなせよ!」
メタグロスの【アームハンマー】の速度はまるでレーシングカーがどこからともなく衝突してくるような勢い……。それを見切って避けるのは先の一発でわかった。それはニューラも一緒だろう。
なら、いなしてダメージを少なくするしかない。
「はたして、上手くいくかな?」
「な?」
俺が迫るメタグロスから見たもの、それはメタグロスが右腕を振り回した瞬間に左腕までもが僅かに動いたこと。つまりワンパターンな攻撃ではないということだ。
「ニューラ、【氷の礫】で防げ!!」
俺の指示を瞬時に聞き入れ、ニューラはその両拳に氷の塊を膨張させる。
そこからは、コンマ数秒の世界となった。
右腕の攻撃がニューラがクロスした腕の防御態勢を崩し、残りの左腕が全身にクリーンヒットする。
砕け散る氷の粒、そして轟音。
悲鳴を上げるニューラ、そして無言のメタグロス。
【アームハンマー】は格闘タイプの技。つまり、ニューラにとっては致命的な弱点。それをまともに喰らっては、しばらくは起き上がれないだろう。
諦めるってことを知らない俺達でも、相手が悪すぎたのかもしれないな……。
「ありがとうニューラ。休んでいてくれ」
俺は身動き一つしないニューラを見て、戦闘が終了したのだと悟った。その観察眼をダイゴさんが認知したのか否か、ダイゴさんも同時にメタグロスをボールへと戻す。
そして、フィールドの外にはいつの間にかギャラリーが集っていた。
よくよく見れば、その面子は相当な豪華メンバーであった。
今テレビで指名手配中の四天王カンナとカントー女ジムリーダー達。そして見知らぬ青年……カスミさんと同い年ぐらいだろうか? いずれにせよ、気圧されるそうそうたる人たちばかりだ。
「なんだお前達、やっときたのか」
ダイゴさんはすてすてとフィールドの荒い地形を飛びおりて、合流する。俺も同様に岩と岩の上を跳び渡りながら平地へと戻る。
「二人ともお強いですね」
ダイゴさんへと視線を一度向けて、俺をまじまじと見つめるさっきの男。だれなんだ、一体?
「カスミさん、お久しぶりです」
でも、とりあえず顔見知りの我が街のジムリーダーに俺は挨拶をしておく。横目で物腰の柔らかそうな青年を眺めながら、どこか違和感を覚えらざるにはいられない。
「久しぶりケンくん。調子は良いみたいね」
「ありがとうございます。それよりも、その人は……?」
俺はカスミさんの横にいる青年に目配りする。
「あ、彼はね―――」
「自分で説明するよカスミ。僕はマサラタウンのサトシ、昔カスミと一緒に旅をしてたんだ。よろしく」
さしのばされる手。俺はその人の手を握り返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
その手を握るだけで俺は理解する。この人はただ者じゃないと。
さっきから感じていた奇妙な感覚がなんなのかわかったような気がする。そう納得をせざるを得ないほどに、とてつもない秘められた強さのようなものを直感した。
「なんだサトシくん、早速目をつけるなんて。やっぱり君は筋金入りだな」
「そうですかね」
ダイゴさんはこの男、サトシさんを知っているのだろう。そして俺にはわからないような会話を進める。
「それよりもケンくん、さっきの判断はとてもよかった」
ダイゴさんが言っているのは俺がニューラに【氷の礫】を命じたことだろう。
先制攻撃のできる【氷の礫】、それは発動が早いという点でも先制できる由来を持っている。つまり俺はニューラにそう命じることで氷を【アームハンマー】の衝撃から守る緩衝材として使用したのだ。まさか、ダブル【アームハンマー】で来るとは思わなかったけどな。でもあそこで両腕から繰り出される攻撃を受けていたらと思うとゾッとする。
「いえ、まったくもって敵いませんでしたよ」
俺ははにかみながらもそう答える。多少なりともいきがって返答してしまうのが俺の悪い癖かもしれないな。
「いや、君ほどの腕なら化けるかもしれないね」
化ける? それはダイゴさんも同じようなことを言っていたような気がする。どういう意味なのか?
「とりあえず今ここにいるメンバーが本作戦の実行部隊だ」
ダイゴさんがそう高々に宣言し、俺はぐっと気持ちの引き締まる思いを感じる。
「それじゃ俺の方から自己紹介させてもらう。今回の作戦において俺が個人的に協力を要請したのは君達だ。まず、カントーの四天王とジムリーダー諸君、俺の舎弟のミツル、ここにいるサトシくん、そしてミツルが探し出したケンくんだ」
俺はミツルさんから聞いていたことを思い返す。
ジムリーダーと四天王達のことについては俺も聞いてびっくりした。前にルカと母さんと三人で朝ごはんを食べていた時、ニュースで流れていたマサキさんの拉致事件と銀行強盗の真相。
当時、まだカスミさん達はサカキから目を付けられていて監視が厳しかったらしい。だからその組織から離反する時に使った作戦の話をきいたんだがそれがどうやら銀行強盗の件と関与しているらしい。
マサキさんに至ってはダイゴさんから事情を聴いて、協力してくれることになったらしい。あの人も行き当たりばったりで大変だなと感じざるを得なかったが。
そして、今日はじめて見るサトシという人物。面識はないはずだ。でも、なぜだ? 聞いたことがあるような気がしてならない。
「サトシくんはこの世界で一番強いポケモントレーナーだ。もちろん、この世界の誰よりもね」
ダイゴさんのその言葉に、驚いたのは俺だけだったみたいだ。
他の面々はサトシさんを知っているのだろう。皆、なつかしむようにしても何故か苦笑いを浮かべている。恐らく、昔の苦い思い出を回帰しているのだろう。
「世界で一番強い……?」
俺の口からは自然とその言葉が漏れていた。
世界で一番強い? それがどういうことか、なにを示しているのか俺にはわからなかった。ただ漠然と、目の前にいる人物が世界最強というのか?
だから俺は手を握った時、今でこそわかる得体のしれない危機感を覚えたのか?
はにかみながら屈託ない笑顔を振りまくこの青年が、最強。そしてこの作戦においては中心人物なのだろう。だとしたら俺は……? 俺の実力じゃ、ここにいる中で一番低いだろう。なのに関わらず、俺がここに集っている訳はなんなのか?
そういえば聞いたことがある。最年少にてリーグを制覇したトレーナーが過去にいたことを。しかし彼はすぐさま姿をくらましたとかなんとか。もはや都市伝説だと思っていたのに……。
「詳しい説明はポケモンセンターの中でだな。ここは奴らの監視外にあるから、まあのんびりできるといったら今しかないだろう。下準備は終わらせたから、後は君達が確実に実行できるかどうかにかかっている」
とりあえず今はこの人達についていくしかないな。ルカも言ってたけど、リョウのことも気になるからな。
あいつはロケット団だって自分から言い出した。それにあいつがサカキの子供だってことは、友人であったからもちろん知っていた。でも、まさかあいつがあんなことするなんて。
いささか頼れる人間に出会えたからだろうか? 俺の心にはわずかだが余裕というものが芽生え始めていた。だからこそこうやっていろいろと物事を考える為の時間が生まれているんだろう。
余裕は決して油断ではない。その余裕の使い道次第では油断を切り落とすことだってできる。
「ケンくん、ちょっといいかな?」
皆がポケモンセンターへと向かって行く最中、俺は誰かに呼び止められる。
「……なんですか、サトシさん?」
カスミさんが立ち止まるサトシさんを見て自身も足を止めるが、サトシさんは「大丈夫、すぐ行くから」と言ってカスミさんに皆と行くように促す。
「ケンくん、もしかして君の名字はハヤミって言わないかい?」
サトシさんが鋭い目で俺のことを見つめる。その時、彼が最強と言われる程までのトレーナーであると実感するほどの目つきの鋭さに背筋に緊張が走るのがわかる。
なんで、わかったんだ?
俺はつい顔に出してしまったんだろう。その表情だけでサトシさんは確信したみたいで、いつもの穏やかな笑みを俺に向ける。
「やっぱり、そうか」
「あの、サトシさんどういう……?」
俺は訳がわからなくなりつつも、必死にサトシさんから答えを導き出そうとする。
「うん、それはね―――」
彼の口から出てきたのは衝撃の真実であった。