I:知能戦 メタグロス対ニューラ
俺は今ミツルさんと共にカントーとジョウト地方の境目に聳(そび)えるシロガネ山麓のポケモンセンターへと来ている。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。ダイゴさんはちょっと堅気気質だけど良い人だから」
ミツルさんはポケモンセンター内の待合室でソファに座っている。まあ、俺もその隣に座っているんだけど、ホウエン地方チャンピオンのダイゴと今から会うというのだ。落ち着いてなんていられない。
全国でもトップスリーにもならぶ程の腕前を持ち、国を統べるマインドヘッドが一人。
エリートの中のエリートでもその地位は獲得できはしないと言われるチャンピオンという職務に就く絶対的存在。それはトレーナーを目指す者達が夢見る憧れ。それは俺でも例外じゃない。できるもんならなってみたい……。
「でもですよ? 実際チャンピオンの一人に会えるなんて……」
知らず知らずと自分が緊張して、体が震えているように感じる。
まあ、何を隠そう俺は未来にありうるであろうチャンピオンとの対戦用の戦闘データを着々と集めていた。つまりはチャンピオンのプロフィールと手持ちポケモンは熟知済みだ。
「そうだね、僕も最初はケンくんみたいに緊張してたかもしれない」
俺の隣のミツルさんはどういった縁か、ダイゴさんの助手をしているらしい。俺が修行している間もずっとダイゴさんに頼まれた件について調査していたみたいだったし。
「それにしても、一体何を調べてたんですか?」
「ん? それはダイゴさん達が来てからにって―――」
ミツルさんの癖っ毛をもしゃっと掴む大きな手。
俺は自然と視線を上げ、そして見上げたところにいたのは写真やテレビの中でしか見たことのない存在。
「ホウエンチャンピオン、ダイゴ……」
思わず口からその言葉が漏れる。
「君がミツルの言っていた戦力か……。いかにも俺はダイゴ、今は極悪人として指名手配中だけどな」
生で見るとやはり違う、気迫が他のトレーナーと違うのが肌を通してびりびりと伝わってくる。俺は、興奮しているのか?
「昔の俺より素質があるかもしれないな。なるほど、俺とバトルがしたいか」
思考を読まれたわけじゃない。俺の武者震いをダイゴさんが感じとってくれたのだ。
俺は恐る恐る、しかししっかりとダイゴさんを直視する。
「良い目だ。よし、他の連中が来る前にワンオンワンだ」
「っ……はい!」
俺は反射的に返事してしまう。
強い者に対する闘志、それは俺の前から続く悪い癖。だけど、後悔したことなんてない。強い者と戦える興奮はバトルの勝敗以上に心が満たされるからだ。
「ちょっと、二人とも?!」
ミツルさんがすたすたとポケモンセンターの外へと歩きだしていく俺達を呼びながら追いかけてくる。
「行くぞ、ケン」
「はいっ!」
こんな辺境なポケモンセンターにフィールドなんて無いと思ってたが、俺の予想はおおむね当たっていたみたいだ。
山のふもとという状態を利用したバトルフィールドは、公式バトルでならば作りだすのに数百万円はするであろう天然のフィールドが準備されていた。
なるほど過酷とまで言われるシロガネ山の由縁がわかった気もする。それに加えてこの寒さと視界の悪さだ……チャンピオン並みのトレーナーだとこういった条件がなければ退屈なのかもしれない。
「ここのフィールドは結構俺達の間では有名な所でな。良い経験は早いうちにしておくもんだ」
ダイゴさんが俺とは反対側のフィールドへと険しい山道をすたすたと登って行く。下手をすれば足元をすくわれかねない足場の悪いところでも、それを苦ともせずにあっという間にダイゴさんは定位置へと到達する。
フィールドは傾斜上に存在しており、凸凹の斜面、ぼうぼうと伸びた雑草、大小様々な岩、そしてここで目玉なのが山岳地帯であるが故に人とポケモンが共に感じる低酸素状態。
低酸素状態によって引き起こされる症状は頭痛、吐き気、めまい、運動失調やむくみ。主な理由としてあげられるのが地上との気圧の違い。気圧は人間の体の中の空気や液体を作用する存在。地上で生活するからこそ正常に働く人間の体が気圧の違う場所……高山や海底へと赴くと人はその気圧に否応にも対処させらざるを得ない。
「こういうところで修行する理由、わかったか?」
俺は体力には自信がある。でも、たしかにここで感じるのは普段とは違った息苦しさ。
そういやルカが言ってたな、山に登ると肺が縮小するからなんたらかんたらって。
「わかります。でも、俺は俺のやり方で強くなります!」
「ほお、いいだろう。ならはじめようじゃないか」
俺はボールを取り出す。ここは、こういう場所に慣れてるニューラで行くか。
「頼むぜ、ニューラ」
俺はころころとボールを傾斜に転がさせる。
「なるほど相手に合わせず、フィールドに合わせたか。いいぞ、行くぞメタグロス」
メタグロス……ダイゴさんの手持ちでトップとも称される程のポケモン。いいぜ、いいぜ、強ければ強い程バトルは燃える!
「メタグロスは進化させるのが難しいポケモンでね、知ってるかい?」
ダイゴさんが俺を試すような問いかけをかけてくる。こんなのは自慢話じゃない、そう受け取ってしまってはこちらが委縮するだけだ。
「二匹のメタングを同時に育て、同じタイミングで進化させないといけませんからね。二匹のメタングが合体し、進化したポケモンそれがメタグロス」
俺はポケモンの知識ならだれにも負けない。これで食って行こうとしてるんだ……金になるものに必要な知識は全然苦じゃない。
「なるほど、知識も申し分ないな。なら俺のメタグロスの知能が勝つか、君のニューラのずる賢さが勝つかはっきりさせようじゃないか」
ニューラの特徴もしっかりと把握してるって、当たり前か。
「そうですね。ニューラ、岩陰に隠れて相手に近寄れ!」
俺のニューラはボールから出て、そのまま岩の陰へと隠れる。
「なるほど、さっきボールを転がしたのはそういうことか。メタグロス、【アームハンマー】で岩を潰していけ」
「グロォォォ」
まるで生きた鋼が空気を吐き出した時のような雄叫びと共に、メタグロスがその巨大な四肢内の右腕を振り上げて下ろす。
「くっ!」
その衝撃はフィールド全体を揺るがし、その腕が粉砕した岩の破片が物凄い勢いで飛び散らされる。
さすがのニューラも驚いたのか、岩陰からこっそりと敵の様子をうかがっている。
「ニューラ、【メタルクロー】!」
こちらから居場所を教えるような行為にダイゴさんは眉を動かすのが見えた。
メタグロスも気がついたのか、ニューラの潜む岩陰の方へと振り向いてこちらに移動してくる。途中に転がる岩を粉砕していきながら。
そして俺のニューラは岩の背後で丁度地面と触れ合っている手前を【メタルクロー】で穴をあけていく。
「メタグロス、【高速移動】!」
わかってるさ、【アームハンマー】から下がった素早さを補う為の【高速移動】のコンボ。だから!
「ニューラ、こっちも【高速移動】!」
スピードを上げるといっても巨体のメタグロス、俺のニューラに追い付くことなんて―――!?
「ニュラアアアア!!」
メタグロスの【アームハンマー】がニューラの腹部を的確に狙い、吹っ飛ばされる。
「メタグロスの弱点である素早さを最大限までにしてやるのはトレーナーとしては基本だろ?」
そんな、バカな……。
ダイゴさんは、ああは言うがそれでもポケモンにとっては限界というものが存在する。その常識すらも凌駕するからこそ、チャンピオンとして君臨できるってことかよ!
「ニューラ、諦めるんじゃないぞ!」
「ニュラ!」
相手は元チャンピオン。一筋縄じゃいかない。
「ニューラ、もう一度【高速移動】!」
更に素早さを上げさせる。
「こちらも【高速移動】」
「グロォ」
そしてメタグロスはその四肢で地面を蹴って物凄い勢いで跳躍してくる。さっきよりも断然にスピードが増している。
「ニューラ、固定! ギリギリでかましてやれ、【気合いパンチ】!」
俺のニューラが【メタルクロー】で開けた小さなくぼみ。それはニューラがそこに足を固定させて、踏ん張れるように準備させたもの。
ニューラは即座に拳に力を溜めこむ。
「メタグロス、【コメットパンチ】で決めてやれ」
加速のついたメタグロス本体の運動量に加えられての【コメットパンチ】は強力かもしれない。でも、ニューラが高いのは素早さだけじゃないってことを教えてやる!
そしてそこで俺とダイゴさんのポケモンへと対して出す指示が合致した。
「「一点集中!」」
ニューラが精神集中して閉じていた瞼を開き、メタグロスを狙う。
メタグロスもニューラへと最終標準を定め、その拳を振りおろす。
メタグロスの剛腕がニューラへと迫るも、ニューラは跳躍して相手のタイミングをずらされる。ニューラみたいに体の小さなポケモンは攻撃されやすい、でも外しやすいっていう特典がついてくる。くぼみを作ったのは相手がニューラが動かないであろうと思い込ませ狙いを定めさせる為。
ニューラはそのまま一点に思いっきりの【気合いパンチ】を打ち込む。
そう、それはメタグロスが振り下ろした右腕の裏側を。
「グロオオオオ!!」
バランスを崩されたメタグロスはそのまま地面へと落下し、砂埃を上げては停止する。
「やるなケン。なるほど、たしかに育てたら化けるかもしれないな」
自分のメタグロスを倒されたというのにダイゴさんは到って平然とフィールドを眺めている。
この余裕……さすがはチャンピオンっていう所なのか? いや違う、勝負はまだ終わってはいない。
「ニューラ、気をつけろ!」
「にゅら?」
ニューラが俺の方へと振り向くが、時すでに遅し……。
メタグロスが放った【バレットパンチ】がニューラの背後を的確にとらえていた。しまった、メタグロスのスピードを完璧に忘れていた。
物凄い勢いで吹き飛ばされたニューラはいくつもの岩にぶつかってはボロボロになって静止する。
「俺と君の違いは、経験じゃなくポケモンを育てられた時間の違いだ」
ダイゴさんが俺に向かって放った言葉に、俺は微笑を浮かべる。
「時間? 違うね、俺は自分のポケモン達をちゃんと育ててるさ。今だってこうやって立ち上がれる根性を育て上げるぐらいの時間がな!」
熱くなって自我を忘れようとしているが悪い気はしない。
「……なるほどな。しかしそれは根性と言えるかな?」
何?
メタグロスがまたもニューラの前に一瞬にして迫りくる。きっと次の一発をもらえばニューラは完全にノックアウトされるだろう。それでもただ単にニューラに【高速移動】を二回も使わせたわけじゃないってことを証明してやる。
「ニューラ、【お仕置き】だ!」
「ニュラ!!」
俺の指示にダイゴさんの眉が歪むのが見える。
「ちっ、メタグロスさがれ!」
「グロ?!」
避けることなく、メタグロスの方へと跳躍するニューラ。あいつの表情に一切の迷いはなく、ただ単に己の敵を屠る為の闘争本能を丸出しにしている。あいつのあんな顔を見るのが懐かしくて、この試合で負けることがわかっていても俺たちの想いは結局のところ一つだった。
ニューラの渾身の一撃がメタグロスの顔面を直撃する。