VII:死闘
「決まったかしら?」
人間の姿となったミュウが三人に挑発的な笑みを浮かべては尋ねる。
ガイが地面から立ち上がり、見据えるようにしてミュウを睨み返しながら答える。
「俺達はお前に着いていく」
思いもよらない返答にミュウは眉をしかめて、ほくそ笑む。
「あら、びっくりだわ。でもそうね……そうじゃなきゃ面白くないわ。私も丁度手駒がほしかったころだし」
ガイ、ジン、モモが決断した答え。
それは全てを知っているミュウに追従することで、自分達の知らない答えを見つけられるかもしれないと踏んだのだ。
「手駒でもなんでもいいです。僕達はここに誘(いざな)われた真意を知りたいだけです」
「そしてその真意がどうであるにしろ、私は潰すわ」
ミュウのとはまた違った黒いオーラを漂わせながら、モモはミュウを直視する。
「あら、あなたって結構執念深いのね。好きよ、そういうの」
ふふ、と指を口元まで持ち上げてミュウはうれしそうに笑う。
それを不快に感じるモモの顔はいつもの柔和な雰囲気からは程遠く、今にもかみつかんとするかのような形相だ。
「まずは教えてもらおうか、お前と俺達の組織のリーダーとの関係をな……」
ガイはポケットに手を突っ込み、警戒しながらもミュウに尋ねる。背を曲げて、見下ろすような姿勢でミュウを威嚇する。
ミュウはガイを見つめながら、大樹の幹の模様に指をなぞらせながら口を開く。
「私はミュウ。アノ人に命を救われ、命を守られている者」
アノ人……それが、示す人物の名はサカキ。
そう、いまや全国の地方をその手中へと収めたロケット団のボスである。その現、国のリーダーが全ての原点であるミュウを救い、守っているという。
しかしそんなミュウがその組織に刃向おうとしている。
なぜ?
「もう飽きたのよ。恩はあるけど、私は庭園に囚われた悲劇のヒロインじゃないのよ。そろそろアノ人にも会いたいし、その為には面白そうだからアノ人の築き上げてきたものを壊したいの」
と、その理由は至極単純で歪曲していた。
『こわいっ』
『苦手な女だ……』
『私よりやばいかも』
ジン、ガイ、モモは各々に先ほどミュウの放った言葉にそれぞれの思惑を浮かべる。
「だからあなた達にも手伝ってもらうわよ。ふふふ、ああ楽しみだわ」
この人物、いやミュウについていって大丈夫なのだろうか? そんな不安が三人の中で渦巻くも、だがそれしか道はない。
「それじゃあ、そうね……。とりあえずは試験かしら。あなた達は強いかもしれないけど、私からしてみれば無力な赤子も同然だしね」
ミュウのその言葉にガイは眉をぴくっと反応させ、その態度をミュウは予想していたかのごとく薄ら笑みを浮かべる。
「なんなら勝負してあげてもいいわよ? あなたの腕一本もげてもいいならね」
その挑発にガイは堪忍袋の緒を切らしそうになるも、両腕をジンとモモに止められて踏みとどまる。こと他人を挑発することに関しては、ミュウに負けに劣ってしまう。
「いいじゃない、受けるわ」
「受けさせてください」
「ちっ……」
ミュウの言っていることを信用しているわけではない、自分達のいる組織を壊滅させたい訳でもない、ただ彼ら三人は力が必要なのだ。真実を見据え、受け入れるだけの許容を得たい。
その一番の近道が目の前の者に従うこと。
彼らはそれなりの実力と過去を持つからこそ、本能的にそう体が理解させたのだ。
「どこまで来れるかが楽しみね。何年ぶりかしら、良い暇つぶしになりそうだわ」
妖艶な笑みはその表情から消えることはなく、ミュウは早速三人の方へと歩み寄る。
「それじゃ、まずはあなた達で殺し合いをしてもらうわ。それで生きていれば、力を分けてあげる」
ミュウが三人にそれぞれ渡すのは小さな木の実。そう、ミュウと三人がいる頂に生える巨樹に実っている木の実である。
「こ、殺し合い? じょ、冗談ですよね?」
発せられた言葉を冗談だと思いたいジンがミュウに問いただすも、ミュウは無言でジンに振り返り微笑む。
「……そう、仕方ないわね」
そして納得したのか、モモはジンとガイから距離を取りボールをその手に握る。
「ちっ。まあ、そういうことなら仕方がねえな」
ガイもミュウに最後の睨みを利かせてからボールを取り出してジンとミュウから離れる。
「そ、そんな二人共!?」
ジンは、しかし納得がいかないといった表情で二人を振り返るも、
「早くして、ジンくん」
「ジン、とっととしろ」
その言葉には微塵の情など混じってはおらず、ただの簡潔とした文字の羅列がジンへと向けられる。二人は殺る気満点なのだ。
「ふふ、私はこの樹の上でじっくりと観戦させてもらうわ」
ミュウはそう言い残してふわっと地面を蹴り、そのまま宙を上昇して大樹の幹へと腰かける。
「あなた達には私の過去を知られた……。どっちみち生かしておくわけにはいかない」
自身のマフラー代わりのスカーフを上げて口元を隠しながらモモは告げる。鼻の下からが見えなくなり、それはまさしく暗殺者と言われてもおかしくはないといったオーラをモモは放ち始める。
「最初から俺は馴れ合いなんて嫌いだからな、丁度良いぜ」
ガイは新たな煙草を取り出してはそれに火を灯す。と同時に拳を合わせては骨を鳴らして準備運動を取り始める。
「っ……。僕も、負けるわけにはいきません」
ジンはまだ納得がいかない様子で、だが二人の本気をその身にひしひしと感じ取りボールを構える。
「行くわよ」「来い」「行きます」
三人が同時にボールを地面へと放り、現れるのはカメール、リザード、そしてフシギソウ。
これは殺し合い、ポケモンバトルではない。普段なら気を遣うようなことなど取り払った無礼講のバトル。
「カメール、【冷凍ビーム】!」
「リザード、【火炎放射】!」
「フシギソウ、【エナジーボール】!」
制御を必要としない三人のポケモン達が放つ技の威力はすさまじく、三竦みとなっているポジションで技がぶつかりあい衝撃波をつくりだす。
急激に【火炎放射】で温度を上げた【冷凍ビーム】が個体から気体へと変化し、それにより上昇したエンタルピーが【エナジーボール】により更に急上昇……衝撃を生み出した。
三人と三匹は顔を腕で隠して己を守り、すかさず次の命令を繰り出す。
「カメール、フシギソウに【ロケット頭突き】!」
「リザード、カメールに【ブレイククロー】!」
「フシギソウ、二匹に【痺れ粉】!」
自身の殻に籠ろうとするカメールの甲羅を狙いリザードの強靭な爪が振り上げられる。そしてフシギソウは大砲のように背中の蕾の標準を前方の二匹へと向けて痺れの効果をもたらす粉を噴出させる。
そしてカメールは間一髪のところでリザードの猛攻をかわし、フシギソウへと迫る。攻撃を外し、空を切ったリザードはそのまま前方に倒れ込むようにして前転して勢いを殺しながら体勢を立て直す。
「フシギソウ、よけて!」
「リザード、燃やしつくせ!」
物凄い瞬発力を持って突進してくるカメールをフシギソウは【蔓の鞭】で地面を打って飛び上がる。そしてリザードは迫る【痺れ粉】を【火炎放射】で焼きはらおうとして、今度は爆発が起きる。
そう、粉塵(ふんじん)爆発である。空気中に浮遊した【痺れ粉】の粒子が燃焼し、それが他の粒子へと伝播……十分な酸素という条件が一致して轟音と共にまたも衝撃波が三人と三匹を襲う。
「カメール、そのまま【高速スピン】!」
しかしその爆発によって塞がれる視界を利用してのモモの指示が飛ぶ。
フシギソウを外したカメールは甲羅にその四肢と頭を隠したまま、【高速スピン】を繰り出しながらその標的を狙う。そう、ジン本人を。
「くっ!!」
しかしジンは寸でのところで己の身の危険を察知し、カメールの攻撃をかわす。勢いを保ったままにカメールは地面へと衝突しながらも土を抉っていくも、そのスピードは衰えることを知らない。
ポケモンならまだしも、人間がポケモンの技を喰らった場合、その致命傷は想像を絶する。そしてジンはモモの過去を覗いていたからこそ、モモがそういう人物であるということを知ったからこそなんとか体を反応させることができた。
もしもあれが当たっていたとなるとぞっとする程に、カメールはジンの胸元を狙っていた。
胸部を強打してその衝撃が大きすぎた場合、心臓の鼓動パターンを一時的に変則させることがある。そしてそれはそのまま心不全へとつながり、人は命を落とす。というよりも、もしあのような強力な技を受けていたとしたら、肋骨もろとも粉砕されていただろう。
「フシギソウ、【マジカルリーフ】!」
ぞっと背筋が凍てつきそうになるも、ジンはよけた体勢のまま上空にいるフシギソウにそう命令を出す。
休んでいる場合は無い。次へ次へと攻撃を連携させていかなければ確実に殺される……そうジンは直感的に感じ取っていた。
「リザード、たたみかけろ!!」
爆風を両腕で顔を覆うことで凌いだリザードは、力強く地面を蹴ってカメールへと向かう。ルカとの勝負でも見せた、尋常ではない足腰の強さから繰り広げられる加速は凄まじくあっというまに両者の距離は埋まってしまう。頭上から降り注ぐ葉の刃などもろともせずに、リザードは次の攻撃へと打って出る。
双爪を掲げて、一気に振りおろして高速で回転するカメールの甲羅に直撃する。しかしまるでチェーンソーと刀が合いまみえるように、互いに火花が甲羅と爪の間で弾け飛ぶ。
そう、これは殺し合い。
生き残った者が勝者なのだ。
「ふふ、やっぱり人間って面白い」
目下で起こる殺し合いを恍惚とした視線で見下ろしながら、ミュウはそう呟きほくそ笑む。
ミュウはジン達に渡したのと同じ木の実に唇を触れさせて、その可愛らしく歯並びした口を開いて実を齧(かじ)り、呟く。
「これから楽しくなりそう」