VI:捨てられた者達
ガイ、ジン、そしてモモがミュウを追い訪れたのはこの島の頂上。
三人の前に宙を舞いながら現れるのはミュウ。
始まりの島の頂上には立派な一本の樹木が生えている。その新緑は空へと伸びるようにして枝分かれし、その幹にいたっては蔓が螺旋を描くようにして巻かれ、まるで今からでも動きだし空へと飛んでしまいそうな覇気まで感じさせられる。
三人はその木から数メートル離れた場所で浮遊するミュウと対面していた。崖をのぼり切るのに二時間を要したが、ジン以外の二人は体力を消耗しているようには見えない。
ミュウの先の向こうに臨むのはどこまでへと広がる海原。それはこの島から逃げ場所が無いのではないかと今更ながらに思わされるような錯覚を呼び起こさせる。
そして彼らは言葉を発さずともミュウという存在を目視するだけで、固唾をのみ込むことしかできなくなる。
宙を自在に舞い、あどけない微笑みを浮かべるミュウはその空気を楽しむかのようにして踊り続ける。
「ちっ」
ガイが耐え切れなくなったのか、舌打ちをして一歩ターゲットへ歩み寄る。
すると、
「ぐっ!!」
不可視の圧力によって彼の自由は負荷される重力によって身動きができなくなる。
ミュウが発した気に、ガイはいともたやすく気圧されてしまったのだ。
ガイは地面に膝をつき、汗を額へと流してミュウを見上げる。その強気な姿勢にさすがのミュウもびっくりしたのか、一瞬目を見開いてすぐまた飛び回り始める。
三人の顔をもう一度確かめるように一瞥しては、尻尾を可愛らしくしならせては回す。
そしてミュウは静かにその両足を地面へとつき、そして淡白い光を発する。みるみる内に大きくなっていく体、そして彼ら前に現れてたたずむのは一人の長身で物静かそうな女性であった。
ミュウと同色な髪、幼さを秘めた垂れ目な瞳、透けてしまうかのような琥珀色の肌、可愛らしくも凛とした顔立ちと額についた三叉槍のような紋……それらはミュウがもし人間であったならという項目に全て当てはまるような既視感を与えさせる、そう最後の特徴を除いては。
「なんで人間って人間の言葉じゃなきゃ会話できないのかしら。めんどい」
発せられるはまごうことなき人の声。
今だあっけにとられた三人はミュウの人間姿を凝視して口を開かない。
「どうせ、アノ人の命令で来たんだろうけど協力することなんて無いし。それに、あなた達は捨てられたんでしょ?」
ミュウは小悪魔的な視線と笑みを浮かべて、自分の前でたたずむ三人をなめるようにして眺める。
そしてミュウの言葉にすぐさま反応したのがモモであった。
「何言ってるの? あの方がそんなことするわけないじゃない!」
動揺しているのだろうか? それもあるかもしれないが、モモは明らかに一連の出来事に頭の整理がついていないのだろう。
同じ任務を共にするグループであっても、誰もお互いを信頼してはいないしその方が気楽であった。しかし、そんな関係が瓦解し、知られたくもない自分の過去が、秘密が、嘘がガイとジンにばらされたのだ。
例え一部にすぎなくとも、それはモモに混乱と焦燥を覚えさせるのに十分であった。なぜならそれは彼女がこの十数年間必死に自身の胸の内にしか秘めていないことであったのだから。
「あの方ね……ふふ。アノ人の指図ではないかもしれないけど、アノ人の創り上げた組織の人間はあなた達三人が邪魔者なんでしょうね。そんなものをこの私のところへと向かわせて始末しようと目論んでたみたいだけど」
ミュウから告げられる言葉にモモだけでなくガイもジンもついていけなかった。
『自分達が捨てられた? ミュウに始末される為に送られた?』
そんな疑問が彼らの頭の中で精一杯に処理されようとしては繰り返される。
「そ、それは一体どういう……」
ジンは背中に担いでいる機材の重みを忘れてしまうほどに衝撃を受けながら、ミュウにそう尋ねる。
「ふふ、さっきあなた達の記憶の欠片を漏洩させたんだけど続きが見たい? そしたら本当に分かるかもしれないわね、なぜあなた達が捨てられたのか」
「「「!!」」」
そのミュウの一言にその場にいた三人の表情に雷が通ったかのような歪みが生じ、いままでになく鋭い視線でミュウを睨む。
そう、彼らの見せられた過去はほんの一握り。この三人には更に知られたくない過去が存在する。
それらの真相を知る人間などいるはずもない。そう、サカキを除いては。しかし、今目前にいる存在には全てがお見通しなのである。
人間の姿となり、ミュウは小さな足取りで巨樹の幹へと歩み寄り、手を添える。
「まあ、私も捨てられた身だからこそわかるわ。わかってあげられる。ここで死ぬまで住むのもいいし、アノ人に復讐するのでもいい」
ミュウはどこか物哀しげそうにそう告げ、幹にあてられた手をゆっくりと樹皮になぞらせる。
「あなたたちは、どうするの?」
ミュウは顔を三人へと向けて、そう尋ね返す。
錯乱する脳を抱え、ガイ、モモ、ジンはミュウの妖艶な笑みを直視しながら何も語ることができずにいた。
「どうするの?」
再度尋ねられた質問。いや、質問ではなく命令なのか? ミュウの発する言葉そのものに強力な圧力がこもっているかのように、三人は更に物怖じしミュウを見つめるしかできなくなる。
「ふふ、いいのよ……時間はたっぷりあるわ」
その時、三人は互いに目を合わせこくりと頷き合った。