V:三人の過去
デボンコーポレーション。
それはホウエンのカナズミシティにあるとある会社。
工業製品、日用品、薬、トレーナー用品など様々な製品を作り出しており、新開発したモンスターボールやポケナビといった商品でも特許を取得したホウエンではカントー地方のシルフカンパニー並みの大企業として名を馳せている。
そんな大企業も、今回のロケット団による全地方制圧の被害を被ることとなった。ホウエン地方は国内で唯一ロケット団の制圧に対して抵抗したが、それでも彼らの勢力を抑えるには至らなかった。
ホウエン地方のチャンピオンがツワブキ ダイゴがサカキの行動に誰よりも早く目をつけ、自分のリーグ統括をきちんとなしていたことが救いではあった。しかしダイゴもすでに身内にロケット団との内通者がいたことは見抜けず、乗っ取られる形となってしまう。
そんなダイゴは現デボンコーポレーション社長の息子でもある。しかし彼もサカキが自身の父親を手中に収め、今回の騒動気付かなかったのだ。
ダイゴは今や行方不明となっており、そんな彼には弟が一人存在する。
そう、それがツワブキ ジン改めカイドウ ジン。
そしてジンが犯したという、自責の念にかられている出来事、それは……。
「君に頼みがある」
たった一年前の出来事。
すでに幼少のころから兄のダイゴがバトルの才能を開花させたように、ジンも工学の面において才能を開花させていた。
そしてそんな時にデボンコーポレーションに訪れたのが、シルフカンパニーの社長であったサカキだった。
「君はあのダイゴくんの弟くんなんだろ? 君にしかお願いできないんだ」
「え、でも……」
「もし言う通りにしてくれたら、君に私達が使っているポケギアのシステムデータを提供することも考えている」
「ほ、本当ですか?!」
当時のジンにとっては自分の父の会社で開発されている製品に自分なりのアレンジを加えていくことが主な趣味だったが、ライバル社でもあるシルフカンパニーが開発したとされるポケギアのシステムデータを入手することができればデボンコーポレーションは更に実績を上げて飛躍できることができる。
そう思っていた。
「君の行動が未来の科学の発展を促すんだよ」
「……はいっ!」
そしてジンは父親の会社で培われ、特許を取得したポケナビの製造データをポケギアのシステムデータと交換してしまった。サカキがほしかった情報、それはポケナビがポケギアやポケッチと違ったシリアルコードの配列データだった。
俗に暗証コードとすれば話が早い。サカキはジンを利用してポケナビに干渉できる手段をポケギアのシステムデータと交換して手に入れたのだ。
ポケギアのシステムデータは確かに極秘ファイルではあるが、国全体を乗っ取ろうと企んでいたサカキにとっては切り捨てても良い犠牲であった。そしてジンのような子供を釣るにもちょうどいい餌だったのだ。
「僕が、僕が未来を変える!!」
当時のジンには他人から忠告も自分を顧みる余地もなかった。サカキの言葉を鵜呑みに、関係者という管理者権限を用いることでデボンコーポレーションの機密情報を持ち出してしまったのだ。それによって知らぬ間にデボンコーポレーションの株価は暴落していき、それを救う形として現れたのがシルフカンパニーというシナリオが出来上がってしまったのだ。
ジンを上手く利用したサカキの策略は見事に成功したのだ。
しかしそれと同時にサカキはジンの腕を買っており、ジンが真実を知り実家に帰れなくなった状況に陥らせた後、自身の会社へと勧誘したのだ。
「帰る場所がないのか? なら、私のところへ来なさい。歓迎する」
「…………」
その時のジンに果たして明確な意思があったのか?
自分の行いのせいで父が興した事業を他に吸収され、挙句の果てにとてつもなく大きな陰謀に加担してしまった。
『僕はもう、家には帰れない……』
そして犯人がジンだということも父や兄に後々知られることとなる。
兄、ダイゴはもし自分を見つけたら殴るだろう。
父に顔を合わせたら、何を言われるかわからない。
『もう、僕の居場所は……』
そう思っていた時に、サカキはジンのもとへ現れたのだ。先のような言葉を口にし、ジンは誘われるがままにサカキの手を取った。全ての元凶であるサカキの手を。
「君達が未来を変えるんだ」
サカキのその言葉にジンはされるがままについていった。そう、されるしか道がなかった。
そしてシルフカンパニーに入社、技術師の見習いとして入りロケット団の存在をサカキから知り、今の編成隊に入れられた。
自分より年上のガイとモモを見た時、ジンは不安でしょうがなかった。
しかし気さくでマイペースなモモと乱暴だが面倒見の良いガイのチームへ入れたことを今はとても誇りに思っていた。この三人ならどんな任務でもこなせてしまうのではないか……そう自分を騙しつづけてきた。ホウエンという故郷を離れ、彼は新天地にて様々な感情を抱え込みながら、ロケット団の一員としての道を余儀なくされたのだ。
そして今、三人はこのはじまりの島へとやってきている。
ミュウによって自由を奪われ、互いの過去を見せられて。
自身の過去(きおく)が他の二人に暴露され、ミュウはその間もずっと楽しそうにくるくると宙を舞っている。まるで面白おかしくて、腹を抱えて転げまわっているかのように。その笑顔は無垢でありながらも、腹の奥底にはどす黒い陰湿さが入り混じっている。
互いの軌跡を見終わり、解放されたのかミュウの放っていたオーロラのような物質は霧散する。
ガイ、ジン、モモが自由になり地面に手をつき、体勢を整えるために激しく呼吸を繰り返す。
「くっ!! い、今のは……」
ガイは冷や汗を流しながら、キッとミュウの方を睨む。
「悪趣味よね、いくらなんでも……!」
そこでジンは初めてモモの怒った顔を見ることとなる。
「僕も、良い気分じゃないです」
そしてジンもフシギソウの蕾に手を当てて立ち上がる。
「【火炎放射】!」
「【水の波動】!」
「【リーフストーム】!」
ガイ、モモ、ジンがそれぞれの攻撃をミュウへと繰り出す。
燃え盛る炎に冷え切った水の奔流と草花の激しい舞風がミュウへと飛来する。しかし、いとも簡単にそれはミュウによって防がれてしまう。
ミュウは三人と三匹を見下ろしながら口に手をあててくすくすと笑いをこみあげる。
その姿は傍から見れば可愛いのだろう、しかし今の三人にはそんなものを観賞する余裕などなかった。
自分達の隠してきた過去を暴かれ、互いに掛ける声も無い今、やらねばならないのはミュウの捕獲。それだけだった。
しかし彼らの攻撃はミュウに届くことはなく、ただ虚しく、いとも簡単に防がれてしまう。
主人との大切な思い出であったことを一番にしていたポケモン達もこのままミュウを見過ごすわけにはいかなかった。だが、それでも実力差は圧倒的であることには変わらない。
「くそっ、あたれ!!」
「ちっ」
「なんで、なんでよっ!?」
ガイが自身の無力さに逆切れし、モモが顔をしかめて舌打ちし、ジンが訳がわからないと言ったように困惑する。
そしてミュウは彼らを見捨てるようにして空へと舞い上がる。
「待てっ!!」
ガイが叫ぶも、しかしミュウはどんどんと高く、高く……。
「追うわよ」
そして今までになく冷めた、低い声を鳴らすのはモモ。彼女はいち早く行動へと移り、ジンが運んでいたリュックから登山用の器具を取り出しては迅速に装着していく。
「モモ、さん?」
ジンがモモに問いかけるが、モモはジンに見向きもせずに走り出す。彼女は断崖絶壁と化した斜面の突起を見つけながら、どんどんと上の方へと登って行く。その鮮やかな動きは、まるでマンキーを見ているかのような華麗なものだ。
「行くぞジン」
「……はい」
ガイ、モモ、ジン、彼らがこの島に来た理由をミュウは知っているのだろうか?
それを確かめるためにも、彼らは登る。