II:ミュウ、発見
ジンが島の浜に船を乗り上げさせて、船は波の影響を受けることはなく完全に泊まる。
三人は無闇に外に出ることはなく、そのまま一晩を船内で過ごした。
「ったく……。やっとかよ」
そうぼやきながらガイは素足で船から飛び降りる。膝下まで海水に浸かりながら、彼はサングラスをかける。
すっかりと太陽は上っており、燦々と輝きが放たれている。
上着を脱いでタンクトップ姿のガイ。服の上からではわからなかった彼の筋骨隆々とした肉体は薄い汗を覆い、逞しさをアピールしている。
彼はぐだぐだと愚痴りながら砂浜へと上がり、白砂へと足を沈ませる。
「はい、ガイく〜んキャッチ!」
そして甲高い声と共にモモも船から跳ね降りる。
「おぁ!?」
ガイは自分の頭上から降ってくるモモを全身に受け止める。両腕でがっしりとモモをお姫様だっこするガイ。
「ありがとぉ〜」
「てめえ、いきなりすぎんだよ!」
腕に抱えるモモに激昂しながらも、モモはポーンとガイの腕から抜けて砂浜に降りる。
「ちょっと、待ってくださいよ!」
任務用の機具や必需品を詰めたズックを担ぎながらジンも船から降りる。
「おわっ!?」
そしてジンは着水した表紙に海中の苔石で滑って横転する。水しぶきをあげながら全身が海水によってずぶ濡れる。
「おい、気をつけろジン!」
「あちゃー、まあでも防水だし」
と、ジンのことよりも荷物のことを気にかう二人。
「うっ、べ」
口の中に入り込んだ海水を吐き出しながら、ジンは体勢を立て直して二人の元へと駆け寄る。水を吸って重くなった衣服を引きずりながら、彼は浜辺に荷物を置く。
「はぁ、手伝ってくれても……」
後ろに機材を詰め込んだザックが二つ。両肩には食品などの最低限の生活必需品一週間分が入ったリュックに両手には個人個人の荷物を持ったジンは、もはや大量の鞄に埋もれた状態になっており黒いゴローニャのような格好をしている。
「交代しなかった罰だ」
「モモ、非力な乙女だから」
ため息をつきながら、ジンは諦めの色を見せる。
「い、いきましょう」
「ああ、そうだな」
「ミュウ、まってろ〜い」
三人は肩を並べながら、密林を目指して歩き出す。
はじまりの島、三方が絶壁に囲まれた孤島。
上陸するにはジン達のように残り一方の砂浜から入るしかない。
そしてそこから先は鬱蒼と生い茂る樹木の密林。
ミュウという存在は人の目に触れることなどなかった為にその詳細は以前まではわからなかった。しかしある一人の人物の下にミュウという存在を確認した記録が残っている。
フジという今は亡き故人。
彼は若い頃、海外でミュウを見つけた。それがたまたまだったのか、そうでなかったのか、ミュウは彼の前から逃げることをしなかった。
フジはミュウの生体を研究し、それを文献として書き遺した。ミュウも何かに貢献したかったのかはわからない、だがフジはミュウを連れて本国へと帰ってきた。彼の発表した文献はすぐさまに注目を浴び、生物学者の権威達から学位をも授与された。
しかしそこから悲劇は始まった。
あるごく一部の人間がミュウを独占しようとした。フジはかたくなにその要求を拒否するも、強行手段により帰らぬ人となる。そして強行した組織は、その時ミュウを捕まえることはできなかった。そう、ミュウはこうなることを予知して逃げていたのだ。
だがフジが発表した文献はミュウの生態性を詳しく綴ったものであり、生物学的にはめまぐるしいものがあったかもしれないが化学的な観点からの調査は行われてはいなかった。その為フジのミュウとのコンタクトは単に図鑑の一ページを拡大したにしか過ぎなかったのだ。
ミュウの逃亡から数十年、ミュウの存在はまたも世間へと知れ渡る。そう、成人したサカキによるミュウを用いての研究が大々的に進められたのだ。それまではシルフカンパニー社の社長と地位を築き上げ、行われていたポリゴンの研究を躍進させた彼は一人の権威と接触した。
それがオーキド ユキナリ、ポケモン博士として世間に名を轟かせるその人であった。
それからは誰もが知っているマサラの悲劇の幕開けとなったのである。しかしミュウがこの年月の間、どうやってサカキの手へと渡ったのかは不詳である。
そうしてミュウはいつの間にかこの島に住み着くようになった、と報告書には記載されていた。
悲劇を生みしはじまりの島、その密林へと三人は歩み入るのであった。
「リザード、【居合切り】!」
「りざっ!」
リザードの鋭い爪が豪快な腕の振りによって勢いを増しては進行方向で邪魔する蔓や枝を薙いでいく。密林へと足を踏み入れてから一時間ばかり、ターゲットの手がかりは未だつかめてはいない。
「ったく、本当にこんなとこにいんのかよ」
若干いらだち始めながら、ガイはため息をつく。
「はいはい愚痴愚痴しないの」
モモはしっかりとガイの後ろに付きながら拓かれたルートを通っていく。
「フシギソウ、どう?」
「ふっしぃー」
ジンは背中に担いだ機材を働かせながらフシギソウにコンタクトを取る。
フシギソウも目元にサングラスのようないかつい黒いゴーグルを装着しており、自慢の蔓を自身の背中に乗る蕾の中へと入れている。
ジンが担ぐのはミュウのサンプルから入手したDNAデータを元に開発されたレーダーであり、ミュウが好む匂いをフシギソウの蕾の中の花粉を用いて作り出すという装置である。
その為、フシギソウにゴーグルを装着しフシギソウの脳に直接ミュウが好むような匂いのデータを送信、フシギソウが体内で作り出す花粉の調合を操作するのである。
そしてジンはフシギソウの蔓の先に付いた花粉を採取して装置へと入れる。機械が今度は勝手に動き出しては調合された花粉にさらなる刺激をもたらす液体を混ぜては空気中に分泌する。
「んー、それにしてもジメジメしてるわね」
モモがタンクトップだけの姿となり、彼女の豊満な乳房がその反動で揺れる。
「ったく、虫ポケモンがいねえだけマシだな」
そう、ガイの言う通りこの島にはミュウ以外のポケモンが生息してはいないのだ。それはミュウ自身が整えた環境なのか、もともとポケモンが生息していなかったのか、真相は闇の中ではあるが報告書によるとこの島で野生ポケモンの存在は確認されてはいない。
「ガイさん、そのまままっすぐ行ってください。高台になっているはずです」
ジンは腰回りに付けたバッグからGPSを取り出して島内の地図を算出しながら、現在位置を確認する。
「ああ」
「やっぱジンくんは頼りになるねー」
ガイがリザードと共に道を切り開き、モモはカメールに【水遊び】を命じて涼みを供給していた。
三人が互いに陣形を崩すことなく、リザードの最後の一振りで開けた場所へと出た。
そこは作為的につくられた場所なのか、三人の躍り出た場所ははっきりと密林との境界線が敷かれていた。そして三人の目の前に横に広がるのは絶壁。島の外からはわからなかったが、はじまりの島の頂はとぐろ状になっており密林が段々畑のようにして岸壁の上を覆っている。そのため、GPSを用いても詳しい地形のデータは取れないでいた。
「なんなんだよ、ここは……」
「うわー、たかいねー」
「さすが、というべきなんでしょうか?」
三人はそびえる岸壁を見上げながら、茫然とする。
「みゅうっ……?」
そして、そこに降りてきたのは三人が見たことのないポケモン。
尻尾と足が長く、薄い桃色のポケモン。頭に耳と思しき突起物を持ち、両瞳はエメラルドグリーンに輝いている。
「おいおい、もうかよっ」
「かわいい〜」
「早速ですね」
三人は出していたポケモン達に小さく合図を出して臨戦態勢へと移させる。
「みゅっ」
そして空中に漂うミュウは何をするわけでもなくくるくると回っては、くんくんとジンの背後の機械から出る匂いを嗅いでいる。
ぎゅっとガイが拳を握り、リザードに指示を出そうとする。
「リザード、【火炎―――」
「みゅ〜」
しかしガイが指示を言い終えることはなく、ミュウの鳴き声と共に三人と三匹の意識はどこか遠くへとさらわれていった。
ミュウの目下ではオーロラ色の念に囚われて動かなくなったガイ達とリザード達。
「みゅう♪」
かわいらしく、ミュウはまたも鳴くのであった。