I:見捨てられし三人
地図上には存在しない水道、それが0番水道。
それは日本という国から遙か離れたとある島へと通じる水道。
他国からもその存在は非公認ではあるが黙認されており、その水道への不可侵条約は締結されていた。
その本国から遠く離れた孤島へと進むは一隻の船艇。
船底が穏やかな海面を切るようにして進み、跳ねた水しぶきが陽光をまとってきらきらと輝く。
絶好の晴天、上空で鳴くキャモメやムクバード達の群れが耳に心地よい。
「ん〜、良い天気〜」
モモが冬用に着用していたチェリンボ色のマフラーを外し、頭の上に大きなグラサンをかけ、薄地のブラウスにショートパンツ、腰にはスカーフを巻いて大きく背伸びをしていた。
足にはクロックスを履き、軽快な服装のモモ。甲板で体一杯に陽射しを浴びては潮風によって運ばれる潮の匂いを嗅ぐ。
「海流の動きをもっと良く察知できる装置を」
と、ジンは甲板の柵から身を乗り出しては海流測定機の試作品を沈めていた。
「おい、ジン! 交代しろ!」
と、ガイは船橋からジンを呼ぶ。
「あ、もう少しかかりますから」
「おいっ!」
一応、船の免許は三人ともが取得しており今は時間交代で自動運転の見守りをしている。だが、じっとしていることが性に合わないガイは早くもジンを呼びつけようとしていた。
そしてそんなガイの性格のあしらい方をジンもモモを介して知ったのだろう。
そんな二人の会話を聞いて微笑むモモ。
「んー、仕事でバカンス〜」
船はただまっすぐと向かう。
はじまりの島へと―――。
新しく言い渡された任務、それはミュウの捕獲。
しかしそれは組織ロケット団が船に乗る三人を排除する為に講じた罠だった。いや罠ではない、そういった処理の方法だったのだ。
すでにミュウツーの創り方をミュウの遺伝子を用いて成功へと近づいていたオーキドとロケット団上層部は、ミュウの存在を完全に無視していた。
「そういえば、ミュウってどんなポケモンなの?」
モモがジンに振り返ってはそうたずねる。
「え、渡された書類の中に書いてありませんでしたっけ?」
がさごそと今回の任務用に配給された道具一式の入ったバッグを探る。
「おい、てめえジン! 測定器はどうした?!」
と、ガイが舵を握りながら怒鳴るもジンは早々にモモへと書類を取り出す。
束となっているいくつものページをめくりながら、モモは今回のターゲットに関する欄を見る。
今回の任務も前回と同様に任務内容の記された膨大な量の書類を渡されていた。ロケット団という一組織であり、その体裁を保っているのは徹底された秩序であり人員の管理能力にあった。
サカキを筆頭に下に行けば行くほどに枝分かれし、揺るがない上がいる為に不動の組織体制を取っていた。
リーダーが存在しない組織というものも実際には存在し、それは瓦解しない組織というレッテルを持っている。だが、リーダーたるもの、その存在感を誇示することにサカキは真意を見出した。
そしてボスという上がいるからこそ、下がついてくる。
自由を選び、束縛を捨て、秩序を自分達で変えていくリーダー無き組織にはサカキは意味を見出さなかったのだ。
そして長年の計画の賜物で、最小限の犠牲にして最大限の益を得たのだった。
「ったく、任務なら普通運転手つけるだろうが」
愚痴をこぼしながら、ガイは新たなタバコに火をつける。片手でハンドルを操作しながら、海図のチェックを怠らない。
「まあまあ、それなら私がこわーいお話するよ〜」
とモモはサングラスをかけて、ガイの首回りにスカーフを巻く。
「だあっ、暑苦しいっての!」
「もう、つれないんだから〜」
とじゃれ合う二人を見ながらジンは微笑を浮かべて蒼穹を見上げる。
『ルカちゃんも、この海のどこかにいるんだね……』
先日出会い、別れたルカのことを想いながらジンは己のポケギアを見つめる。
そこには升目の描かれたレーダー探知図が展開しており、そこで点滅するのはルカの現在地を示す場所。それはゆっくりとではあるがホウエン地方を目指して進んでいっている。
三人は自分達の運命がどう定められているのかも知るよしもなく、まっすぐに無人島はじまりの島へと向かって行くのだった。
そして出航してから半日後、彼らはようやく辿りつく。
「モモさん、ガイさん、見えましたよ!」
舵を任されていたジンが前方に確認できる島を見て、声を上げる。
「やっとついたか……」
「うーん、疲れた〜」
ジンは船を停められそうな場所を探しながら、指示を出す。
前方に見えるのは黒い影と化した孤島。唯一頼りとなるのが船のライトの中、ゆっくりと停船していく。
「降りる準備はしておいてくださいよ」
だるそうにガイが答えながらも、ここから彼らのミッションがはじまる。
依頼主から断たれた組織の三人は、未知にて全知の存在ミュウと対峙する。