「裏」:始まりし生れしは白
ヤマブキシティ、シルフカンパニー社の社員達が屯っている一室で三人の人間が待機していた。
言わずもなが、ガイ、モモ、ジンの三人である。
「なぁ……」
よれよれの煙草を口元にくわえ、ガイはソファの上でダラダラと天井を見上げる。蛍光灯が室内を明るく照らすが、その人工的な光は気だるさを増幅させていく。
「なぁーにー?」
当のモモはファッション雑誌に目を通しながら、チョコのスナック菓子を頬張っている。パラパラとめくられる雑誌から察するに、真剣には読んでいない様子である。
「暇だなー」
「そうだねー」
ぽきっと口でチョコスナックの棒を折ったモモは、気になるファッションデザインの記事に目がいって凝視する。
「お前はそうでもないみてぇだな」
「そうー?」
クチバでルカと別れてから、三人は待機を命ぜられた。
最初は歓喜した三人だったが、本社からの外出禁止という命令を受けてこの部屋で軟禁状態となっている。
「それにしても、変ですね。何もしていないはずなのに……」
ジンが自身のポケギアを工具でいじりながらぼやく。
「お前も退屈はしてないよな」
「あ、そう見えますか?」
かちゃかちゃと道具を使ってはジンは自身のポケギアを改造していく。彼はポケギアをパソコンの端末に接続して中身のアップグレードまでも行っている。どうやら新しいプログラムを書き終えたのだろう。
「お前、本当にこの会社の正社員になれよ」
ガイの本音の言葉にジンは作業に没頭しながら、
「それはちゃんと考えてます」
「ちゃっかりしてんな……」
煙草の煙を吹かしながら、ガイは天井を眺める。
「一体、上は何を考えてんだよ」
眉を寄せながら、ガイは紅蓮の髪を掻きむしる。
「そんなこと下っ端のお前達が考えることじゃなないにょろー」
いきなり部屋の扉が開いたかと思えば、そこにいたのは奇天烈な帽子を被った一人の少女。
「レイハさん……!」
ジンが机から立ち上がって敬礼する。
「あ?」
ガイはソファに寝そべりながら扉のある方を顔を擡(もた)げて振り向く。
「もうガイくんー、失礼だよ〜」
と、ガイを咎めながらモモもだるそうに立ち上がる。ニヒルな表情を浮かべながら、彼女は緩やかな動作で右手を眉間へと当てる。
「お前達グループはいろいろと曲者揃いにょー」
若干頭を抱えながらレイハはてくてくと部屋の中へと入っていく。
「なあ、レイハさんよ……俺達に何か仕事をくれ。いや……ください」
レイハの視線にガイが気圧されてしまう。
「安心するにょろ。君達は下っ端でも特に精鋭にょー。いろいろ話し合って次の任務を言い渡すにょろろ〜」
見合わない容姿と覇気に誰もが必ずひれ伏してしまう。そう、ロケット団四幹部の一人レイハ・ニョロモンド。ふざけた名前に聞こえるかもしれない、だが彼女の実力は幹部達の中でも頭角を現している。
まあ任務時以外の彼女はそのかわいらしい容貌から、皆に愛玩動物みたいに扱われているのだが……。
そんな彼女の経歴は誰も知らない。誰も、知らないはずである。
なぜなら彼女は―――
「君達三人は今からミュウを捕まえに行ってもらうよ」
レイハはそう言うと、モモに黒いローブの中から幾つかの書類を放り投げる。
「おわっと」
ばさばさと宙でばらける紙を受け取りながらモモは腕を広げる。
「今から出発するにょろ〜。もし捕まえれたら、お前達には新しい席が用意されてるにょー。せいぜい頑張ることにょ」
そう言い残すと、レイハは扉前で待たせていた自分の部下を引き連れて退出してしまう。
ガイ、モモ、ジンの三人は敬礼のポーズのまま、モモが抱える紙の束に目を向ける。
「ミュウって、あのミュウですか?」
ジンは二人に尋ねるように声を曇らせる。
「上の役職なんて興味ねえ。下っ端の方が気が楽だっての」
ガイはまたもソファにどかっと座りなおして煙草を吹かす。
「そうよね〜。でも、捕まえれたら凄いよ報酬」
モモはそう言いながら一枚の紙を差し出す。
ジンはマジマジと、モモが突き出す紙を見つめる。
「凄い。研究班の班長(ヘッド)になれるって……」
青年近き年齢といえど、ジンには夢があった。将来、シルフカンパニーのような一大企業で研究者……願わくば開発者として世界がより良い生活を送れるような発明品を世に送り出したいという夢が。
それがミュウの捕獲と引き換えに手に入る。そのチャンスがめぐってきたのだ。
「それに、おお〜好きな地方を治めるチャンピオンになれるってさ〜」
そのモモの言葉に、ガイは眉を動かす。
「何?」
モモの握る紙をひったくり、提示された任務成功時の報酬の欄を見る。
「望みの地方の統括……」
復唱するようにガイが呟く。
「へっ、まじかよ」
目を閉じて、口の中で煙草がぎりっと歯で潰される。彼の表情には先ほどまで消え失せていた闘志が蘇っていくかのように変貌していく。
「じゃあ私は、これにしよっかな〜」
と、るんるん気分にモモは呟いて、どんと構える。
「それじゃ行くわよ二人とも。とっととミュウを捕まえて昇進よ」
各々に立ち上がり、やる気を示す。
「ああ、そうだな」
「そうですね。俄然燃えてきました」
三人は荷物をまとめて部屋を出ていく。
彼らが向かうは書類に記されたとある島。
無人島、始まりの島。
レイハが自分の個室へと戻ってきていた。それはロケット団幹部専用の部屋である。
「なんでレイハがこんなことしなきゃならんにょー?」
自分がモモ達に任務の通達をさせに行かされたことが気に食わないのか、ベッドに倒れ込む。普段ならば任務を言い渡すのはオペレーターの仕事であり、多忙な身であるはずの彼女がするような業務ではない。
「結局はあの三人も捨て駒にょ。実力のある若手、でもあの三人は危ない……。ふん、せいぜいもういらないミュウに立ち向かって死んでくるがいいにょ」
ルカとケンの監視という任務を任されていたモモ達も、また監視対象とされていた。そして、ルカとの接触で上層部はモモ達の排除を決定した。
その詳しい経緯についてはレイハの関与するところにない。だがそれでもあの三人をあまり知らないレイハにとってはどうでも良いことであった。
ミュウツーを創りだす為に必要だったミュウも現段階ではもはや用済みとなり、二つの案件を同時に消化するために今回のような任務が生まれた。
「早く、早く、早く……」
なにかが起きるのか、それを急くレイハの姿はまるでなにかを待ち望んでいるかのように見えた。
場所変わり、ジョウト地方の古都と呼ばれるエンジュシティ。
肌寒い天候に見舞われながらも、格調高いここの街並みは色褪せることなく独特な雰囲気を醸し出している。
「ほら」
「ありがとう」
放られた缶ジュースを受け取りながら少女が礼を言う。
二人の少年少女。彼らはトキワシティにロケット団が襲撃してきた時にケンが隙を作って逃がした同級生である。
「しかし、えらいことになったな」
「でも、混乱や暴動はないようだね」
二人揃ってベンチに座りながらジュースのプルトプを外す。
スクールから一時撤退した彼らは一度身支度をするや否やジョウト地方へと逃げてきていたのだ。
「そうだな。実際に、あんなこと経験しなかったら俺達だって他の人みたいに普通の生活を送れたかもしれないな」
「そうかもしれないね」
エンジュシティの公園で遊びはしゃぐ子供達を眺めながら少年はぐっと中身のジュースを一気飲みする。
「今更トキワシティに帰るってのもな。我武者羅に逃げすぎたか?」
はにかむ少年に毒舌な少女の声が返ってくる。
「我武者羅でエンジュまでは逃げない」
しかし一緒に逃亡した彼女も、また必死だったのだろう。
自分達の同級生が次々と倒されていったのだ。死ぬ気で逃げなければならなかったのも、事実なのだから。
「ケンケンには悪いけど、俺達は俺達で何が起こってるか見定めるとするか」
「そう。事情把握は大事なことなのだよ」
共に立ち上がり、少年と少女はエンジュシティで一番高い建物を見上げる。
彼らにはもう帰る家はないものと割り切っていた。世話になった身としてそれが意味することも、彼らにとっても心苦しいことは重々承知している。
それでも二人はケンと同じように復讐心以上にこの世界の在り方について見定めたかったのだ。
一体、なにが起こったのかと。
「あいつが早々と死ぬこともないだろうしな」
「金に強欲な奴は早死にする」
「おいおい、ま、でもあいつの執着心は違うところにあるしな」
「そうだね」
ケンの安否を気遣うのもほどほどに二人は歩きだす。
この二人もまた知らぬ間に世間から取り残され、取り残された故に世界の異変に気付いた者達。
彼らが向かうその場所とは……?
第五章:完