V:お腹一杯の幸せ
私はハルちゃんと彼女のご両親と一緒のテーブルに座っている。
とっても優しそうなご両親で、ハルちゃんは凄いお嬢様じゃないんけど上品な振る舞いをしている。
「ルカちゃん、ごはん取りにいこ」
「あ、うん」
ハルちゃんが私の手を取って、私は立ち上がる。そういえばビュッフェスタイルだったよね、ここ。
うわーすごい楽しみ!
「それではお父様、お母様、行って参ります」
「はい、行ってらっしゃい」
「ゆっくり吟味すると良い」
「はい」
ハルちゃん一家のやり取りを右耳で聞きながら私はすでに前方に並べられた銀ケースに入れられた数々の料理に魅了されていた。普通ビュッフェスタイルっていうのはリッチ感を漂わせるものじゃないんだけど、さすがはサント・アンヌ号は違った。だって銀トレイ以外の料理は全てに専用のシェフさんがその場で作ってくれるんだもん。その料理人の数、軽く見ても10人は超えてる。
「すごいっ」
「ここは中華料理が美味しいんだけど、それ以外のものもなんでも揃ってるんだよ」
自慢げにハルちゃんが紹介してくれる。これは確かにすごい。だってきっと一回来ただけじゃ、この十分の一も堪能できないだろう。
「ルカちゃん、よだれっ」
「っ!!」
咄嗟に口元を覆って、じゅるっという音が微かに口の中で響く。で、出てた?!
「あはは、うそだって」
「も、もぅ!」
微笑みを浮かべながらからかうハルちゃんに私は恥ずかしくなってちょっと大声を出して彼女を叱る。内心は穏やかではなかったんだけど。
『ば、ばれてないよね……?』
そんなささやかな疑問が浮かぶも、またも視界に入りこんでくる料理のレパートリーの数々に圧倒される。
もちろん、私達が食べる食料にポケモンは含まれてる。この世界の生態系には人間とポケモンしかいないからしょうがないことなんだけどね。でも私たちはお肉を食べる。
でもそれは、ポケモンだけどポケモンではないもの。
「あ、この蟹の蒸し焼きおいしそうだよ」
ハルちゃんがヘイガニの身が解されて小さな貝の上で蒸し焼きにされた一品をお皿に寄せている。
そう、ポケモンでポケモンでないもの。
俗に言われる牛(ビーフ)、豚(ポーク)、羊(ラム)、鶏(チキン)、魚の類の魚肉類はポケモンを材料にしているという概念を和らげる名称として浸透している。
既存の選別されたポケモンのクローンの生産。それが私達人間が一般に食として食べているものとなってる。
昔はそうじゃなかったみたいだけどね。
野生のポケモンを人間が自分達のポケモンを使って狩りをして、皆で感謝して食すのが自然だった。
そして人は現代において遺伝子の解明を成し遂げ、ポケモン達が昔どの動物から進化してきたのかを解明。その遺伝子情報を元に食用のクローンを生み出している。
あ、あんまりご飯前にこんなの思い出すんじゃなかったな……。
若干自分を責めながら、私もハルちゃんと同じものをよそっていく。
「あ、みてみてこれふわふわタマゴの厚揚げだって」
「おいしいの?」
「ルカちゃん食べたこと無いの?」
「う、うん……」
私はハルちゃんがトングで掴んだ、そのふわふわタマゴの厚揚げを持つ手が震えているのに気付く。
ハルちゃんは頭を俯かせていて、わなわなと肩を痙攣させている。ど、どうしたんだろう?
「ハルちゃん?」
「めっちゃくっちゃおいしいんだよ!」
危うく驚きのあまり声を発してしまうところだった。
び、びっくりさせないでよ、もぉ。
「ほらほら、ルカちゃんも食べなって」
ハルちゃんが私のお皿にその料理を乗せてくれる。
「あ、うんっ」
ハルちゃんが私の方をじーっと見ながら、微かにだけど眉を寄せている。
その右手に持ったトングをカチカチと鳴らしながら。な、なに?
「ルカちゃんってさ……」
私もハルちゃんの方をむいて、
「え?」
と聞き返す。
「S区には見えないよね」
乾いた笑みが私の中で漏れる。
「あ、あはは……。実はね、招待なんだ」
「え、誰の?」
言っていいのかな? わからないけど、いいよね。
ハルちゃんからの視線から逃げるようにして目を泳がせて、そう答える。
「ソネザキさんって、知ってる?」
「もしかして、ソネザキ マサキさん?」
あ、ハルちゃん知ってるんだ。やっぱりマサキさんってすごいんだなぁー。
「うん」
「凄い凄い!」
ハルちゃんのいつにないはしゃぎっぷりに私は思わずたじろぐ。
未だにちょっと彼女のキャラを完全に把握してないからどう対応していいのかわからなくなる。だってハルちゃんはなんかカナとは逆のタイプみたいに思えるから。
「それじゃ、もっともっと聞きたいことあるから早くお料理取って戻ろうっ」
ハルちゃんのテンションが上がる。
私はハルちゃんに遅れを取れないように、手当たり次第に料理を乗せていく。
「ちょ、ちょっと、待って!」
お皿の淵から溢れていないことを確認した私たちはテーブルへと戻る。
ハルちゃんのお父さんとお母さんはビュッフェじゃなくて、個別に注文を済ましてもう食べ始めてた。
「いただきます」
「い、いただきます」
とりあえずご飯に専念するのかな。ま、いいや、食べます!
フォークとナイフで淡水魚のソテーを口へと運ぶ。
「…………おいしぃ」
ぼそっと口から声が漏れる。
臭みの残るはずなのに、まったく違った風味が口の中で広がる。それは身に引き締まりがあろうとも舌の上で切り身を転がせばほどけて、滑らかな食感が溢れる。
かかっていた黄色いソースがちょっとした酸味と蛋白な風味をトッピングしていて、一層この一品を際立たせている。
「んふふ、気に入った?」
箸を片手で上下に開閉させてみながら、ハルちゃんが私の方を覗き込む。
「うん、おいしい!」
頬が溶けて落ちちゃうという本当の意味を知った感じがする。
幸せを口の中で感じて、噛みしめる。
あ、セロトニンがたくさん分泌される。
舌の上で感じ取った味が脳内でホルモンに変換されて至福を呼びこむセロトニンがたくさん出ているのが実感できる。こういうので医学知識出てくるのは悲しいけど、でも。
はぅー、幸せー。
「これもおいしいよ」
ハルちゃんが箸で指すのは揚げものの一種。
「これは?」
「これはね、海鮮練物の揚げたやつで、すっごく弾力があっておいしいんだよ」
球状に丸められた練物が揚げられていて、周りにはちりばめられた糸くずのような衣があって食感が更に楽しめられるようになっていた。
サクッとした揚げものの感触の次に私の歯に触れたのは柔らかくも弾みのある練物の中味。
「ああぅー、おいしい〜〜〜」
何、何なの、このおいしさ?!
「ルカちゃんはさ、メディター目指してるの?」
ハルちゃんが唐突に尋ねてくる。
「え? な、なんでわかるの?」
ハルちゃんはふわふわタマゴを頬張ってから、うーんと箸を握る手をぐるぐると空中で回す。
漢方のおばあさんにはわかったみたいだけど、私がメディターを目指していることをハルちゃんは知らないはず。
「漢方に興味あったり、お店入る前にちらって見えたガーディを見てそうなのかな〜なんて」
アルセウス教のお巫女さんは皆博識なのかな? って思わせるぐらいの洞察力。
私がガーディを手持ちとして入れている理由は、そりゃ好きだからもあるし昔ちょっとしたことで出会ったのがきっかけなんだけどね。それでもガーディとの出会いには奇跡的なものを感じざるを得ないのは、その特性にも由来する。
それは、嗅覚で相手の気持ちまでも嗅ぎ分けてしまうという力。
精神病やテラピーへの活用もできるし、なにより臨床の際にはとっても役立ってくれる。このことを知ったのは後になってからなんだけど、今まで以上にガーディを愛するようになった要素でもあった。
「すごいね、ハルちゃん」
感嘆としながら、私はハルちゃんを見つめる。
「ハルちゃんは、何かを目指しているの?」
そして逆に今度は私の中に疑問が浮かぶ。
「私はね、トレーナーかな。全国を旅しながら、アルセウス教を広めたいんだ」
遠くを見つめるような、でも力強く近い将来を目指して進んでいきそうな芯のこもったその瞳は確かん輝いていた。
「ハルは跡を継ぐ前に、旅に出たいと言ってきかなくてね。困ってはいるけれど、ハルの志はこれからのアルセウス教の存亡に大きく影響すると思うんだよ」
ハルちゃんのお父さんが自分の娘に微笑みながら私に言ってくる。
「ルカちゃんはバトルとかしないの?」
「うーん、できるけど弱いかな」
ハルちゃんがワクワクとした感じで聞いてくる。
「えー、でもバトルはできるんだよね? だったら、明日のトーナメント出ようよ」
ハルちゃんが言うのはきっと明日のバトルトーナメントのことなんだろう。
「私は見てよっかなって思って」
「えー、そっかー。じゃあ、私の雄姿を目に焼きつけといてね」
「うんっ」
ハルちゃんがトレーナーだということにもびっくりしたけど、その動機も立派だと思う。
「すごいね、ハルちゃんは」
素直にそんな言葉が漏れる。
「んふふ〜ならルカちゃんもどう? アルセウス教?」
私の意図を読み取ったのか、ハルちゃんが私の傍によってきて耳打ちをする。
アルセウス教……。
自然の力を持ってして病気や怪我を治すという自然療法を用いた医学を生み出した宗教。
そこには多少の興味もある。
漢方が好きなのもそうだし、鍼灸の治療法もアルセウス教から生み出された。ポケモンの【毒針】を薄めてから熱っして使用することによって難病をも治したりする鍼灸は少数ながらにも大きな成果をもたらしている。
そして極めつけはやっぱり食は薬という理論をもとに構成された、今で言うところの家庭医学の基礎を生み出したこと。
「あ、でもルカちゃんなら医学のこととかの方に興味がいっちゃう?」
頭の中を見透かされているような、そんな気がして恥ずかしくもなるけど笑ってごまかす。
「あはは、うん。自然療法は魅力的だし、鍼灸の勉強もしてみたいなって思ってたから」
アルセウス教は当時のスウセルア教が生み出した解剖や遺伝子操作、現代医学と呼ばれ、革命的な大躍進の元となった医学を受け入れなかった。
だからハルちゃんのようなアルセウス教の人達はメディターのことが嫌いなのかなって思ってたこともあったけど、今では一括されてメディターと称されている為そうでもないみたい。
「お若いのに立派ですわ」
ハルちゃんのお母さんに褒められて、私はうなずきながら頬を染める。
照れちゃうな……。
「それじゃ、ルカちゃん、ソネザキ マサキさんのこといっぱい教えてっ」
今思い返してみたら、マサキさんは拉致されたんだっけ。
でも、その拉致したのがカスミさん達だったという話をミツルさんから聴いて逆にほっとしているのかもしれない。
私は絶品の料理に舌鼓を打ちながら、マサキさんの話をした。
その話をして周りにどう思われたかはわからないけれど、目一杯おいしい思いと楽しい時間を過ごした私はお腹を満たして部屋へと戻った。
その時に半ばコクドウさんにおぶってもらったことは内緒なんだから。