IV:たくさん美味しいものが食べれるところってありますか?
私はドレスに着替えた後、室内にあった外出用のドレスとマッチするポーチを携えて部屋を出る。
そしたらそこには前に部屋を出た時に対応してくれた人が出迎えてくれた。
「ハヤミ様、これからお食事ですか?」
「あ、はい!」
礼儀正しい物腰で男の人が待遇してくれる。
「あの、えと、どうして?」
私はこの人がなんで出迎えてくれたのかに疑問が浮かぶ。
「失礼いたしました。ドレスコードのお時間でしたので。それとS区のお客様は私(わたくし)達が付き添いとしてお供いたしますゆえ」
「え、え? い、いや、そんな、いいですよ!」
私は両手を突き出して大きく交差させながら振る。
「いえ、これも私達の務めですので」
深々と腰を曲げるその人に、私は本当に申し訳なくなる。
「あの、絶対ですか……?」
「はい」
にっこりと柔和で爽やかな職業スマイルを向けてくるその人の責務を断るわけにもいかず、私はちょっと肩を落とす。
「それでは参りましょう、ハヤミ様」
「あ、はい。あ、えっと―――」
静かに物音一つ立てずに前を歩いて先導してくれるその人の、せめて名前を知りたいと思った。
「コクドウと申します」
「あ、コクドウさん。よろしくお願いします」
緊張はするけど、良い人そうだし。それに、S区にいる人ってのは大体こういう生活に慣れてるからこいうのに違和感とかないんだろうな。
そんなことを思いながら、私はハルちゃんのことを回想する。
ハルちゃんもそうなのかな?
「ハヤミ様、今夜はどこでお食事されますか?」
コクドウさんにそう言われてはっとする。そうだった。ごはんだよ、ごはん。
「あと、えっと、たくさん美味しいものが食べれるところってありますか?」
私より背の高いコクドウさんに、そしてこの船内を熟知してあろうであろうコクドウさんに私はそう尋ねる。
だって、決めれなかったんだもん。
コクドウさんは一瞬だけど目を見開いてから、頷くようにして目を閉じて柔和に微笑んだ。
「そうですね。ビュッフェスタイルというのはいかがでしょうか?」
ビュッフェ。
おいしいし、たくさん食べれる。あ、やば、よだれがっ……。
「あの、ハヤミ様?」
「そこにします!」
「かしこまりました」
ば、ばれてないよね? よ、よだれ……。
誤魔化すようにして私はコクドウさんについていく。ついていくといってもやっぱり付添人としてのマナーなのか、半歩前という絶妙な歩幅を利かせている。
S区の区間から出て、エレベーターでそのままお食事処と称されるエリアで降りる。
すると、ショッピングモール並の広さを有しての、右向け左向けにずらーと並ぶレストランや喫茶店がそれぞれに独特の雰囲気を醸し出してお客へとアピールしている。
「ほわぁ、すごい……」
石を投げればお店に当たる。それぐらいの凄さだもん。
さっきまで寄っていたショッピングモールとは違う階層で、趣も違う。
「ハヤミ様、こちらです」
「あ、はい」
コクドウさんにそう言われて我に返る。それと同時に、たくさんの視線を感じることとなる。
「まさか、あの子供がっ……?」
「まあ……」
「なんでだ?」
「しかし、世の中わからんな」
「いいじゃない、かわいらしいお子様よ?」
「一体どこの御息女なんだ?」
そんな陰口が否応無しに耳へと流れ込んでくる。もはや陰口とは言わないのかも。
「うぅっ……」
私は居づらくなって、ぎゅっとドレスの裾を握る。
「大丈夫ですハヤミ様。ハヤミ様はS区のお客様です。私めが何不自由されませんようお勤めいたします」
「あ、ありがとうございます」
私は不安と安心感を両方共に胸の中に仕舞い込んで、背筋を正してコクドウさんについていく。
数分程歩いて、辿り着いたのはどこかの外国の高級そうなレストランの入り口前。
高級そうってわかるのは、シックな感じがしていて装飾が質素な色にもかかわらずなされている細微な模様などが浮かび上がっているから。
対応してくるウェイトレスの人もコクドウさん同様に、すっごく丁寧な物言いで対応してくれる。
「S区のハヤミ様ですね。かしこまりました。それではこちらの方へどうぞ」
「あ、はい」
私は、小脇にメニューを抱えて右腕を店内の中へと伸ばすウェイトレスに案内されてレストランの中へと入る。
「いってらっしゃいませ」
後ろを振り向くとコクドウさんがお辞儀をして見送ってくれる。
私はただ無言でコクドウさんを見つめて、小さく会釈して振り返る。
こういう時に、どう言えばよかったんだろう? 御苦労であった。とか?
うぅ、難しい……。
「こちらのお席となります」
案内通されたのは海を展望できる窓際の席。サント・アンヌ号自らが発する豪華絢爛なイルミネーションのライトが海を照らしあげている。
私は席を引いてくれたウェイトレスさんにちょこんと頭を下げてそこに座る。
「こちらがメニューとなっております」
左手の方からメニューが差し出されて、目の前に置かれる。
「当店はビュッフェスタイルですので、お好きなだけお召し上がりいただけます。もしそれがお気に召しませんでしたら、こちらのメニューよりお好きなものをご注文いただけます」
丁寧な説明を私は必死に聞きそびれないようにしてうなずき返す。
「先にお飲み物をお運びいたしますが。何になされますか?」
私は開かれる細長くて小さいメニューを受け取る。そこにはずらーと並んだお酒の数々。
発泡酒、カクテル、日本酒、ワイン、ウィスキーなどが膨大なリストをつくり、最後のページにもフレッシュジュース、ソフトドリンク、日本茶、紅茶、コーヒー、天然水と別れていた。
「あ、じゃあ、この特選パッションジュースで」
「かしこまりました」
ウェイトレスさんが頭を下げて、立ち去っていく。
「ふぅ……」
私は初めて味わう微妙な緊張感に肩を下して、息をつく。
緊張しちゃうと人間の筋肉は強張るって言うけど……ほんとだ。
肩を掴んでみて、その状態を確認してしまう。
ジュースが運ばれるまで待つことにして、窓から月明かりが照らす波によるイルミネーションを堪能しようとしていたら、窓に反射して見知っている姿の子を見かける。
その子も私に気付いたのか、大ぶりに手を振ってこっちに駆け寄ってくる。
私は反射的に首を振りむいて、近寄ってくるその人物……ハルちゃんを視認する。
「ルカちゃんだ!」
「あ、ハルちゃん」
ハルちゃんの後ろの方から「はしたないですよ、ハル!」と叱りながら歩いてくる年配の女性が一人。そしてまあまあとその女性を宥める年配の男の人がついてくる。
「あ、お父様、お母様、この方は先程お話いたしました漢方屋で出会ったハヤミ ルカさんです」
いきなり変わったハルちゃんの口調に私が置いてかれてしまう。
「あら、そうでしたの?」
「ほぉ、君が!」
ハルちゃんの御両親がそれぞれに合点がいったようにうなずいて、私の方を改めて向く。
「はじめまして、私、スグラノ ハルの母親のスグラノ アキホと申します」
「同じくハルの父親のスグラノ トウキだ。よろしくね、ルカさん」
二人のかしこまった挨拶に私は反射的に席から立ち上がって、
「は、はい。こ、こ、こちらこそよろしくお願いします! きゃっ!」
勢い良く立ち上がったせいか、私は椅子の脚にじぶんの足を引っ掛けてよろめく。
「あ、ルカちゃん!」
咄嗟に近くにいたハルちゃんが私を支えてくれて、なんとか転ばずに難を逃れる。
「あ、あ、ありがとう……」
「ううん。ルカちゃんって結構おっちょこちょいなんだね」
無邪気な笑顔を向けてくれるハルちゃん。でも、うん、そうですよ、どうせおっちょこちょいですよ〜だ。内心でそういじける私はやっぱまだ子供なんだろうな……。
「ところで、ハヤミさんはお一人? ご両親の方は?」
アキホさんにそう尋ねられて、私は返答に躊躇してしまう。
私のその表情で察せられたのかアキホさんが「ごめんなさいね」と即座に言ってくれる。
「あ、いえ……」
そう、私の家族。お母さんはまだ行方不明だし、バカ兄は、お兄ちゃんは私を置いて行ってしまった。そのことを忘れたわけではない。でも、忘れようとしたがっていたのかもしれない。刺激的で夢心地なこの楽園で、私の本能が勝手に思い出さないようにさせているのかもしれないんだ。
だけど目的を見失ったわけではない私は、毅然とした態度で気持ちを切り換える。
アルセウス教の習慣なのかはわからないけどハルちゃんは巫女服を着用し、アキホさんとトウキさんは和服に身を通している。
「ルカちゃん、一緒にお食事しない? いいですか、お父様、お母様?」
ハルちゃんが私の手を握って、軽く振りながらそう親に尋ねる。
「ハヤミさんがよろしければ、ご一緒いたしましょう」
「そうだね。ハルにもお友達ができたみたいだし。それにこんな可愛らしいお嬢さんをお誘いしないのは勿体無いからね」
トウキさんの讃辞に私は若干頬を照らし、ハルちゃんは笑いながらトウキさんに言い返す。
「もう、お父様ったら」
そして私のパッションフルーツを運んでいたウェイトレスさんが事情を察してくれて、私達四人を別の大きい方のテーブルへと案内してくれる。
一人だけドレスっていうのが、なぜかこのテーブルだと浮いてしまうのになんだか居心地の無さを感じて仕方がないけど、折角のお誘いだしなぁ……。
私の隣に座るハルちゃんが私の方を向いて、話しかけてくる。
「ねぇねぇ、ルカちゃんはあの漢方屋さんで何を買ったの?」
そういえばハルちゃんは先に店から出ていったなーと思い返して、自分の購入したものを思い返しては、若干俯いてしまう。
「え、どうしたの?」
ハルちゃんが心配してくれるような声で語りかけてくる。
「あ、え、えっとね。わ、私もハルちゃんとおんなじのをもらっちゃって……」
その私の一言に、何か空気に一線の稲妻が駆け巡ったようなそんな違和感に陥れられる。
「え、まさかあのパラセクトの?」
トウキさんが目を少しだけ丸くしながら私に問いかけてくる。
「あ、は、はい」
トウキさんおアキホさんがお互いに目線を交差させ、アキホさんが尋ねてくる。
「もしかして、お店の前の執事さんはあなたの?」
執事、ということはコクドウさんのことかな?
「はい。そうです」
アキホさんとトウキさんがお互いに驚きを隠せないなか、ハルちゃんだけは笑顔で私の両手を掴んで目を輝かせる。
「それじゃ、ルカちゃんもS区なの?!」
「う、うん……」
そう答えるや否や、ハルちゃんが私に抱きついてくる。彼女の来ている巫女服がいかに素材の良いものでできているかが感触として伝わってくる。それにハルちゃん自身からも清潔というか、ううんとっても良い匂いがする。
「え、え?」
私が困惑する中、ハルちゃんは私の耳元で呟く。
「すっごい偶然だね!」
そのハルちゃんの言葉に、自然と口元がほころぶような気がした。