II:S区のお客様は特別なんです
図書館についての詳しい記述はパンフレットには載ってなくて、きっと知る人ぞ知る情報なんだろうと私は決めてここまでの旅の功労者を召喚する。
「でておいでガーディ、シャワーズ」
「がう〜」
「ふぃ?」
私はボールからガーディとシャワーズを出す。最初はきょろきょろとあたりを見回していた二匹だったけど、この広い空間に私たちしかいないことを察知すると緊張感を解す。
途端にガーディは大きな室内を駆けまわり、シャワーズは窓を目の前に大海を臨んでいる。
「もう、あんまり騒がないでよ」
「がうっ」
「ふぃいー」
私は一応忠告してからパンフレットの続きを読んでいく。
図書館の場所は把握したから問題はない。カナのことは気がかりではあるけど、これほどの客船に乗ったからには満喫してみたいという衝動はどうにも抑え切れるものではなかった。
『お客様専用の施設として、天体観測(夜のみ)、プラネタリウム、ムービーシアター、フィットネスクラブ、談話室、ボーリング場、プール(屋外・室内)、テニスコート(屋外・室内)、カジノ、ショッピングモール、レストラン街、卓球場、温泉・スパ(サウナ有り)、ゲームセンター、ドリンクバー、エステ……』
うわー、たくさんある。
『そしてお客様のポケモンと共に楽しめる施設、イベントとしてポケモンコンテスト(一日一回)、フリーバトルフィールド(数に制限有り)、ポケパーク、プール(ポケモン用)、エステ(ポケモン用)、フリースペース……』
これも中々たくさんあるんだなー。本当に人間もポケモンも最高の設備を堪能できるほどに充実していることが読み取ることができる。
『なお、週に一度トレーナー問わずのオープンバトル大会が行われます。是非、臨場感あふれるバトルの感覚をお楽しみください』
へー、バトルかー……。でも私じゃすぐやられちゃうかも。
船内設備のパンフレットを閉じて、お食事と書かれた方を次に手に取る。
「えへへー、お食事〜」
やっぱりこれが楽しみなんだよねー。あんましお金持ってないけど……え!?
そこで私は気付く。この船の中じゃ、安いお食事でもすぐお金なくなっちゃうんじゃ。
お兄ちゃんからもらったお金は結構なものだけど、それは絶対に使わないと私は決めていた。こんな理不尽に渡されたお金なんて使わずにお兄ちゃんに叩き返してやるんだから。それにこれを集めていたのにはお兄ちゃんなりの理由があるはずだから。
そんな決意を固めながらも、おそるおそる食事のパンフレットを開く。
そして最初の一文に、私は驚愕する。
「あわわわ」
何も食事の値段に驚愕したんじゃない。そこに書かれていた一文に口が閉じない。
『S区のお客様に関しましてはどのレストラン、お食事処では全てが無料でおたのしみいただけます。そして全ての有料施設は無料でお楽しみいただけます』
うそ……本当? え、本当と書いてマジ??
「ガーディ、シャワーズ!」
「ガウ!?」
「フィ?!」
「ご飯がタダだって!! なんでも食べて良いのよ!!」
「「……??」」
私は立ちあがってガッツポーズをする。
こんな千載一遇のチャンスが巡ってきたことが、過去15年の間にあっただろうか? ううん、ない!
あ、そうだ!
「ダイヤル11番〜♪」
ご飯がタダならもしかしたら、と抑えきれない欲によって弛んでしまった笑みを浮かべたまま亡者にとりつかれた妄想が広がっていく。
気がつかないうちに私の中でこのタダという言葉が理性を外してしまっていたのだろう。
「はい、こちらフロントロビーでございます。ハヤミ様、いかがされましたか?」
ハヤミ様だってっ!
「あ、えっとドレスコードの説明を見たんですけど、私ドレスとか持ってきて無くて……」
「僭越ではございますが、お客様のお部屋のウォークインクローゼットの中にドレスや他服装を準備させていただきました。もしお気に召しませんでしたら、ショッピングモール内の服でしたらどれでも選んでいただけますので」
「そ、そうなんですか?」
「はい、S区のお客様は船内で売られております全品無料で提供させていただいております」
「…………(ぽかーん)」
「お客様?」
「あ、はい、あ、ありがとうございます!」
「それでは、失礼いたします」
がちゃっと私は受話器を下ろす。
そして、すーっと視線はクローゼットの方へと移っていく。
ソファから立ち上がってクローゼットの取っ手に手をかけて、戸を開く。
「わぁ……!」
中をのぞけば十数着の服。
イブニングドレスやカクテルドレス。この季節で流行りのブラウスとスカートの組み合わせや、カーディガン、ドレッシーなズボンにシンオウコンテストの衣装用ドレス、清楚でいて動きやすい純白のジャージ、薄生地のコートまでも入っていた。
クローゼット下の引き出しには下着や二−ソックス、アンダーシャツに靴下までもある。
そしてなんと私の荷物配分を考えてのことなのか、私の持ってる服が丁度収納できるスペースがちゃんと設けられている。それはまるで昔お母さんからお下がりではあるけど宝石箱を貰ったときのように、胸が高まる衝動が沸き起こっていた。
でも、それでもある意味ちょっと怖いかも。でも、大丈夫か。これもサービス、サービスなんだよね♪
目の前に広がる色とりどりの衣服に目を輝かせながら、一番真っ先に思い至ったのはそれらの試着であった。
とりあえず、これを着て船内散歩してみたいな。
「ガーディ、シャワーズ、行こ〜」
「がうっ!」
「ふぃ〜」
と、そこで私は思い止まって先に船内の探索へと向かうことを念頭に準備をし始める。
さっきマナーとルールの時に同伴させることのできるポケモンは二匹だって書いてあったし、大丈夫だよね。この服装だったら夕方五時までなら大丈夫だし。
私はウエストのポーチを旅行用じゃなくて小さい方へと取り変える。
もちろんこっちの方に二匹のボールとポケギア、船内パンフレットとお財布にポーチを入れ替える。
ポーチの中身は何かって? それは女の子の秘密なんだからっ。
「行こうっ」
私は二匹を引き連れて部屋の外へと出る。自動的に開かれる扉に、まだおどおどとしながらもエレベーターへとつながる長い廊下へと足を踏み出そうとする。
「おでかけでございますか?」
「うあっ!?」
「がう!」
「ふぃい!!」
私が部屋の扉を出てすぐ傍で待機していたのか、さっきのキャリーボーイさんがいて驚愕する。そしてガーディとシャワーズがその人に対して威嚇をはじめる。
状況は理解できてもさすがにびっくりした時の焦燥はおさまってはいない。
「これは申し訳ございません」
「あ、えと、なんで? 何か用ですか?」
「はい。先ほどフロントの方へとお電話をいただきましたので」
「あ、それなら大丈夫です。なんかいろいろと用意してもらったみたいで、ありがとうございます」
「作用でございますか。それでは一つお客様に確認しておかなければならない事項が一つございまして」
「え?」
そう言いながらキャリーボーイさんは懐から電子パッドらしきものを取り出す。
「お客様は明日に行われますオープンバトル大会にご参加なされますか?」
「あ、いえ。良いです。ただ見てみたいな〜なんて思ってますけど」
「それでしたら客席をご用意しておきますので」
「え、いいんですか?」
「はい。観客席が設けられておりますので」
「あ、はい。じゃあ、お願いします。何時からなんですか?」
そっか。明日あるのがさっきパンフレットで読んだ大会のことなんだ。
「お客様のご都合の良い時間でしたらいつでもよろしいですよ」
「えっと、だったら何時から始まるんですか?」
「朝の八時から行われます」
「そんなに早くから!?」
「はい。毎週参加されるお客様が多いので。決勝戦のみをご覧になりますか?」
うーん。ということは結構遅くまでやるってことだよね……。
だったらその前に図書館行って調べものしておこうかな。
「ベスト8の試合だと何時くらいからなんですか?」
「それでしたら夕方の六時頃になりますが、若干のずれはございます」
「だったら、その時くらいに呼んでもらってもいいですか? 場所とかも良くわからないので……」
「かしこまりました。それでは行ってらっしゃいませ」
あれ、なんだか私免疫ついてきてる?
なぜだかはわからないけど、キャリーボーイさんがお辞儀をしてくれたのに私はそのままガーディ達と共に歩きだしている。
なんか、嫌だな……。
お嬢様階級とかお金持ちに対して羨ましいという感情を抱いてこなかったのかと聞かれれば嘘になる。でも今こうやってサント・アンヌ号の中を一覧してみてわかることがある。堅苦しいんだな、なんてね。
「がう?」
「あ、ううん。なんでもないよ。それじゃ行こっか」
ポケギアを見ればもう四時近く。早くしなきゃドレスコードが規定されてる五時になっちゃうよ。
「ふぃ〜」
「ん、どうしたの? あ、そうだね、どこにしようかなー?」
とりあえずS区を抜けてショッピングモールに行こうかな。
な、なんでもタダら、た、タダらしい、らしいし。
後ろめたさを十二分に感じながらも、私の頭の中ではそんな葛藤が渦まく。
さすがはこの国随一の豪華客船。その船が誇るショッピングモールは、海上だとは思えないほどに目眩を起こすくらいに立派だった。
とにかく店の羅列が半端ない。
右を見れば外国の有名なコスメのお店。左を見れば豪華な外国産のバッグのお店。
上を見上げれば中二階に設けられたお店の数々。
左上には高級チョコのお店。右上にはこの国には一店舗しかないといわれている洋服店。
「す、すごい……」
雑誌とかでは見たことあるのに、本当に今私はこういう場所にいるんだ。
サントアンヌ号の2フロア全てがショッピングモールへとあてられている為、その広さは想像を絶していた。絶している。
「どこから行こうかな?」
部屋に置いてあったポケギア用のアプリを入れたため、船内の細かなマップはインストールした。
「やっぱり、地図の方が見やすいよねー」
ウエストポーチから地図を取り出して、広げてみる。アナログのほうが気分的には良い時もある。不便なアナログでも、どうしても使っていたい気持ちがわからなくもないんだ。
なんか、周りからくすくすって笑い声が聞こえてくるけど、き、気にしない気にしない……。
そういえば、ドレスコード時間じゃなくても皆すごい服着てるなー。結構年配の人が多いけど、私より小さい子もふりふりだけど動きやすくてかわいらしいドレスを着てるし。男の子なんてセーターとシャツを合わせてのズボンといった可愛い成り立ちをしている。
目を巡らせて行きたい店舗を探す。
「あ、漢方のお店がある!」
私がそう言うと、ガーディは嫌な顔をする。シャワーズは「なんで?」といいたそうな表情を浮かべているのに対して。
「あはは、ちゃんとボールに戻してあげるから」
「がうぅぅ〜」
「ふぃ?」
鼻の良いガーディにとって、漢方のお店はきついんだよね。でも、私は行ってみたい。
良薬口に苦しとは言うけど、その言葉通り効力は凄まじい。ハナダのデパートでも扱ってはいるけど、きっとここならすごいのがあるんだろうな。
「それじゃレッツゴー」
「がう……」
「ふぃー」
ガーディの落ち込む姿にシャワーズが一生懸命元気づけようとしている姿がほほえましくて、つい笑みをこぼしてしまう。
「漢方漢方〜♪」
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