I:いざ出港、いざS区へ
煌びやかな船内。
右を向いても左を向いてもリッチリッチリッチ。
そんな高級感に満ち溢れているサント・アンヌ号の中は、乗船している人たちにまで伝染しているかのように私の目には眩しすぎた。
「ほわぁー」
私は情けない声を出して、通りすがりの婦人に見られて口元を扇子で隠されて笑われてしまう。
でもそんな笑い方をする人すら見るのが初めての私はぽかーんと眺めてしまう。他には紳士のみが着るであろうと勝手に思っていたタキシードに身を包んだジェントルマンがあちらこちらにも見受けられる。
「ほえぇ」
そして見つめていた先にあるガラス戸にうつった自分を見て、私は絶句する。
「っ!!」
口がだらしなく開いていて、目は皿のように丸くして見に耐えられない。そりゃ笑われちゃうよと、とんだアホ面を浮かべていた私はすぐさまに表情を引き締める。
うぅ、恥ずかしい……。
私は早速受付なのかカウンターなのかフロントロビーなのかはわからないけど、そんな感じのところへと行って説明を聞きに行く。
「あのー」
「はい、どうかなさいましたかお客様?」
赤色のベストと黒いスカートに身を包んだ受付のお姉さんはしっかりと腰を折って、律儀な歓迎をしてくれた。ベストには金色の刺繍の施されたサント・アンヌ号のマークが縫えられていた。
ほぇ〜、丁寧……。
「あ、えっと、これで乗船したんですけど……」
私はソネザキさん家でもらった無料乗船券を綺麗なお姉さんに見せる。
「失礼いたします」
両手で乗船券を受け取ったその人はカタカタとパソコンのキーボードに指を走らせる。
「ソネザキ マサキ様のご招待ですね?」
「あ、はい……」
「それでしたらお客様にはS区の客室、S-3号室をお使いください。当船は今回が初めてでございますか?」
「はい」
「ただいまお付きの者を同伴させますので、こちらが認証キーとなります。ポケギア、ポケナビ、ポケッチ等に登録していただきますとそれを扉前で翳していただくことにより開閉が可能です」
おおー、すごい。
ちなみにこの時代、ポケギア、ポケナビ、ポケッチなどは最初に本人暗証を済ませる為、例え盗まれる、置き忘れるなどしても他人に使われることはない。そして故意に中のデータを盗もうとするとデータの全てが消去、あるいは契約した会社のデータバンクへと移送されるようになっている。まあ一回その会社の人にデータが盗まれるっていう事件があったんだけどね、犯人が捕まって以降はそういったことは起きてはいない。
「どうぞ、当船での快適な旅をお過ごしくださいませ」
カウンターテーブルから一歩下がってお姉さんは再度お辞儀をしてくる。
「あ、こ、こちらこそよろしくおねがいしますっ!」
私も慌ててお辞儀をするも、勢い余って目の前のカウンターに頭をごつんとぶつける。
「あぅぅぅ〜〜〜」
「お、お客様、大丈夫ですか!?」
「あ、は、はいぃ」
なんかついさっきも同じことをしたような……。
なぜか受付のお姉さんはさっきよりも優しい笑みを向けてくれている。かわいそうな子とでも思われてるのかな。
あ、あはは……。
「それでは、お付きの者が参りましたので」
「あ、はい、ありがとうございます」
右を向けば、そこには男の人が立っていた。
「それでは参りましょう。お荷物お持ちいたしますよ」
「あ、だ、大丈夫です」
「どうぞご遠慮されず」
「あ、じゃ、じゃあお願いします」
「お預かりいたします」
肩にかついでいたボストンバッグを赤と金のベストに純白のズボン、綺麗な装飾のされた黒い長袖制服に身を包んだキャリーボーイさんに渡す。
結構部屋は奥の方にあるのか、なかなかの廊下を歩いていく。もちろん、廊下は赤い絨毯で埋め尽くされて、端の方には鮮やかな金糸で様々な模様が描かれている。
「あ、あの、私の部屋ってどこなんですか? S区ってきいたんですけど……」
いまいち良くわからないので詳しいことをきいてみる。
「当船サント・アンヌ号はお客様のご購入されたチケットによって区間が分かれております。C、B、A、S区と分かれておりまして、それぞれにサービスや施設内容が異なります」
「あ、えっと具体的に言うと……」
私は恐る恐る自分より背の高いキャリーボーイさんに尋ねてみる。
「お客さまのS区は当船で一番ランクの高い区間でして、世界中のどの豪華客船をもってしましても、当船に勝るものはないと自負しております」
え、ちょっと待って、そ、そんなにすごいチケットだったのアレ?!
「更に言いますとS区のお部屋は全てで5部屋しかございません。詳しい施設案内やランク分けのされたパンフレットが部屋にございますので、どうぞ目をお通しください」」
「……は、はい」
私は呆気に取られるしかなかった。
「そんなにソネザキさんってすごいんですか?」
「ソネザキ マサキ様はポケモン転送装置開発の第一人者であられます」
それぐらいは知ってるんだけど、結構親密にお付き合いのある人だからそんな感じしないんだよね……。
研究においては馬鹿が付くくらいの人なんだけど、生活スキルから言わせればなにもできないような人だし、いつもなんかちょっとばっちぃんだよね。
「そして今まで不可能と言われた船や飛行船の旅にてのポケモン交換を可能にもされました。本当に人類の宝脳(ほうのう)と呼んでも憚(はばか)りません」
た、確かに……。移動中でもポケモンの交換ができたり、転送できたりできるのは結構大きなことかも。
マサキさんがこの転送装置を開発したのが確か二十代前半頃だとは聞いていた。今はすっかり良い感じのおじさんにはなっているけど、その開発のおかげで今の私たちの世の中は快適にはなっているらしい。らしい、というのは私たちの世代はすでに転送装置のある社会で育ったから。
「ソネザキ様のご紹介のお客様でしたら、S区への案内が最低限のおもてなしでございます」
「あ、ありがとうございます」
エレベーターの前に辿り着いて、そのまま乗り込む。というか、船にエレベーターあるんだ……。そこで受付で軽く説明を受けたことを実行する。エレベーターを使う際にはポケギアへと転送したキーデータをかざすことで行ける階数が表示されるって言ってたっけ。行けない階でもあるのかなーと思ってたんだけど、なんと見た限り全てのボタンが点灯して、「失礼します」と言ってボーイさんが最上階のを押す。
ボタンはたくさんあるんだけど上が多いんじゃなくて下の階に行くためのものがたくさんあるみたい。というか、そんなにサント・アンヌ号に詳しくないからあれなんだけど、絶対おかしいよねこれ!?
最上階へとたどり着いて、もうしばらく歩いた後に私はS区と表示された区間へと到達する。
「S区へはS区にお泊りになられる方しか通ることができませんので、お知り合いやご友人をお通しになられる際にはお客さまのポケギア、ポケナビ、ポケッチより仮通行パスを送信していただけますとご同行していただけることができます」
S-3と書かれた豪華な風構えをした扉を前に、私は言われた通りにポケギアに渡された認証コードを入力。するとアプリとしてサント・アンヌ号のイラストが現れて、名前表示にキーと書かれている。私はキーアイコンを開いて、扉の前にかざす。要領はエレベーターの中と一緒だから助かる。
するとウィーンという自動ドアのような音と共に扉が開く。
私はキャリーボーイさんが腰を少し折って、視線を落としているので先に部屋へと入る。
「わあー!」
「気にいっていただけましたか?」
案内された部屋。それは凄かった。凄すぎる。
部屋に入るや否や両腕を広げるようにして伸びる空間は日光の優しい光によって明るく、部屋の一面を覆うのは海を一望できるガラス張りの壁。
太陽が燦々(さんさん)と照りつけているのに、見上げても目が眩しくなくそれでいてガラスも太陽光遮断用みたいに暗くなくていたってクリア。
ベッドは大きなキングサイズ。浴室までもが私の家の部屋の3倍は広い。
ソファは六人もの人が余裕で囲める程の数と平べったい木彫りのガラスが台となっているテーブル。
テレビもソファ側に一台とベッド側の天井にも一台、そしてお風呂のところにも一台設置されている。
ベッド脇にはオシャレな小さなランプ、そして大きなウォークインクローゼット。
更に、ミニバーまでもがあって……私、未成年なんだけど……。
「お荷物はこちらへ置いておきますね」
「あ、はい。ありがとうございます」
荷物が荷物置き場用の無駄に広すぎるスペースに置かれる。
「それでは失礼いたします」
「あ、ありがとうございました!」
またもされるお辞儀にまたしてもお辞儀で返す私。駄目なのかな、これって?
とりあえず私は言われたようにパンフレットの類を見てみることにした。
豪華絢爛極まりないこの一室。まだまだ発見がありそう。
わくわく。そんな表現が適しているように私の心臓は躍動している。
とりあえず一番上に乗っているパンフレットを開いてみる。表紙にはサント・アンヌ号の写真と船内案内書とタイトルに書かれていた。
『本日は当船をご利用いただき誠にありがとうございます。以下が船内の詳細な地図となっております。ご質問がありましたらダイヤル11か、各ロビーにお越しくださいませ』
私はすーっと船の内部構造を示す何面にも分かれたマップを見ていく。
S区、A区、B区とC区と分かれた色別ごとの詳しい配置を見ていく。
本当にS区を示す赤色のマークは少なくて、それでいても結構なスペースを誇っていた。
たった五室にこんなにスペースを取るなんて……すごっ。
そして下階にA区、そして更にもう一つの下階にはB区とC区が半々となっていた。
私がいるのは船のバルコニーを一階だとすれば、五階にあたる最上階である。
他のアミューズメント、レストラン、ラウンジ、バー、カフェ、ショップ、スポーツ、リラクゼーション、カルチャーなどそれぞれの分野に分かれての施設案内も丁寧に写真と共に書き添えられている。そしてページの右下にはバーコードみたいなマークがあって、それをポケギアのカメラで読み取ることで地図を取り込むことができるようになっている。
「へぇ〜、これは持ってた方がいいかも」
じゃなきゃ、迷子になっちゃうし……。
そして次に開くパンフレットはっと。えーっと、マナーとルールと書かれたパンフレット。
なになにー。と、私は中身を凝視する。
『船内ではドレスコードをしっかりと守り、他のお客様のご迷惑になりませんようご協力お願いいたします』
ドレスコード?
ドレスコードについて詳しく書かれたページを開いて、そこには数々の用語と服装にちなんだイラストが書きこまれていた。
『日中、寄港地にての服装』
『カジュアル』
『インフォーマル』
『フォーマル』
と、大まかに四つの項目に書かれており、夕方の五時以降は施設によってドレスコードがきちんと決まっている。
……私、持ってないよ、そんなインフォーマルやフォーマルな服装。
鞄の中にあるのは動きやすいレッグウォーマーやボトム、小さなジャケットやT-シャツばかり。スカートもあるけど、決してドレスみたいなのは持ってない。
後でフロントの人に聴こうかな。あ、そういえば11番押せばいいんだっけ。そしてマナーの下の部分には更にたくさんの項目事項が連なっている。
『船内にてポケモンを出せる場所は限られております。規定としましては身長1m50cm以下で体重60kg未満のポケモンのボールから出しての連れ歩きは可能です。更に、搭乗口ですでに荷物チェックをさせていただきましたので規定外のポケモンはボールから出すことはできません(なおバトルフィールドにては使用可能となります)』
そういえば、乗る前に機械通しの荷物検査をしたような。あの時、ボールにロックとかかけたのかな?
私は時間のことなど忘れて、パンフレットを読みふけっていた。いろいろと興味を引くものがたくさんあったけど、それでも一番探してた施設の名前を見つけることができた。
そう、サント・アンヌ号にしか存在しない幻の図書館。その区間はなんとS区のみの人しか入れないらしく、私はすこぶるこの機会を得られたことに感謝した。
リッチな船旅が始まる。それはあるけど、カナを助ける近道に光が射してきた。
このチャンスを、私はしっかりと使わなきゃいけない。