V:対決、ケン対ミツル
「それでは始めるぞ? 使用ポケモンはお互い二匹のダブルバトルじゃ」
なんでこんなことになったのか。それはキワメさんが一時間ほど前に言い出したことに起因する。
まあ俺としてもこうやってミツルさんと対戦することは望んでいた。自分が付いていく人の実力を自ら確認できる機会なんてそうそうあるもんじゃないし、なにより戦ってみたかった。一体どこまで自分が強くなったのかを。
「ケンくんには悪いけど、全力で行かせてもらうよ」
相見(あいまみ)えるミツルさんは、そう言いながらこっちを眺めてくる。
確かに実力の差から言ったら歴然としているのかもしれない。それでも、だてにスクールでトップとして君臨し続けてきたわけじゃない。腕には自信があるし、なにより俺のポケモンたちは生半可な連中ではない。
「そっくりそのままお返ししますよ」
あくまでも強気でいること。それが俺のスタンスだ。
例え相手が強敵、難敵だろうと弱い側面なんて晒す気はない。中にはそれで相手の油断を誘うやつもいるかもしれないが、それは性に合わない。
「それじゃお言葉に甘えさせていただくよ、出てきてエルレイド、サーナイト!」
「レイッ!」
「サー」
ミツルさんのパートナーである二体のポケモンとの認識はある。あっちこっち転移するときも世話になったし、その【テレポート】の座標を的確に捉える実力は俺のケーシィとはくらべものにならないだろう。
エルレイドとサーナイトが律儀に一礼してくるのが、ミツルさんのトレーナーとしての資質を感じさせる。俺とは正反対の戦い方になりそうだ。
「俺たちも行くぞ、ニューラ、キュウコン!」
「ニュラ」
「コンッ!!」
ニューラは敵対するであろう二体をどういたぶろうかと悪人面をうかがわせ、一方のキュウコンも自身の新たなる強さを確かめたいと体をうずうずさせている。
ちなみに俺たちはキワメさんの道場へと来ている。それと言うのも、キワメさんはこの2の島でトレーナー育成の師範代として君臨しているからだ。故にたくさんの島人(とうじん)からの支持も信頼も厚い。
そんなキワメさんの道場はバトルフィールド一つ分程のスペースがあり、木造建てではあるが強固な内装が施されていて技が直撃してもびくともしない。
「バトル、始めじゃ!」
審判ゾーンにてそう宣言したキワメさんに呼応して俺とミツルさんは一斉に声を挙げた。
「エルレイド、【剣の舞い】。サーナイトは【トリックルーム】だ」
「ニューラ、【爪とぎ】。キュウコンは【悪巧み】だ!」
最初のターン、両者は補助技によって有利な状況を作り上げていく。けど、くそっ。これで相手に先制を取られてしまう。【トリックルーム】、一時的に素早さの優劣をひっくり返す奇妙な空間が道場いっぱいに広がった。
ニューラもキュウコンも慣れない環境で自分たちの行動に制限がかかったような感触に嫌な表情を浮かべる。
「まずはニューラから倒させてもらうよ、エルレイド【インファイト】! サーナイトは【瞑想】」
瞬きすら許されないような速度で迫るエルレイド。蹴りでの跳躍力が凄まじいのか、間の取り方が達人技なのかは今判断できるほど余裕はない。
「ニューラ、懐へと潜り込め! キュウコンはサーナイトに【火炎放射】だ」
よける余裕なんてあるわけがない。スピードが落ちているんだとしても、目で追う速度が遅くなったわけじゃない。きちんと相手の動作を読み取り行動すれば問題はない、はずだった。
「ニュラっ!?」
直撃は免れた。だが【インファイト】の衝撃は凄まじく、ニューラはその余波によってバランスを崩されて弾き飛ばされてしまう。【剣の舞い】の効果以前に、エルレイドの攻撃の高さがうかがいしれる。
そしてキュウコンの放つ業火も、サーナイトの【瞑想】を中断させることも叶わずいとも簡単に念によって攻撃が防がれてしまう。
「もう一度【インファイト】、サーナイトは【気合玉】」
エルレイドは機敏な動きで体勢を整え、狙いをニューラに定めてはまたも超速で突進してくる。対するサーナイトも間髪いれずに【気合玉】をもって攻撃してくる。未だ床に這いつくばったままのニューラでは苦手な格闘タイプの両技を回避することは不可能だ。かといってキュウコンに助けさせるにしたって普段のスピードが出せないのなら意味がない。
ミツルさんが確かにトレーナーとしての資質は凄まじいものだ。だが、俺はそんな経験則で立てられた戦闘パターンにすっぽりと納まるような根性はしてないんでね!
「ニューラ、【猫の手】だ!」
苦し紛れの命令だった。それは運ゲーだって言われるかもしれない。だが、その運を引き当てることができなければこの勝負にそもそも勝ち目はない。
エルレイドがニューラを殴る衝撃と【気合玉】が着弾する轟音が響きわたり、道場の床には大きな焦げあとが残される。それでも床の板は破損することはなく、そこには瀕死に陥ったであろうニューラの姿は確認できない。
どうやらうまく引き当ててくれたみたいだ。
「キュウコンは【イカサマ】だ! ニューラはサーナイトに【お仕置き】!!」
「お互いに【守る】!」
相手の技を利用する【イカサマ】に、相手がステータスをあげている分ダメージ量の大きい【お仕置き】。それは俺が得意とする戦法であり、いかに相手の力を利用して戦うかというのに特化している。自分だけでは限界のあることでも、相手が強ければ強いほどに勝てる見込みのある技に俺は男を感じたんだ。
「レイっ」
「サーっ」
キュウコンが背後から全身をこめて行なった攻撃はエルレイドにうまく防御されるも、相手を後手(ごて)に取らせることができた。そしてニューラが使った【猫の手】によって発動したのはケーシィの【テレポート】。唐突に現れたニューラにサーナイトの対応は遅れ、【守る】が完全に発動する前に攻撃が決まるがそこまでの威力は見込めないだろう。
それでも!
「つかさず行くぞ、ニューラは【氷の礫】。キュウコンはそのまま焼き払え!」
至近距離にいるのであれば先制技をもってしてサーナイトにダメージを与えに行く。詳しいプロフィールはわからないが、エスパータイプにとって直接攻撃はかなりのダメージを稼げるはずだ。そしてエルレイドにはすぐに動かれても回避に苦労する広範囲技を仕向ける。
「サーナイトは【サイドチェンジ】からの【パワーアシスト】。エルレイドは【痛み分け】!」
それは一瞬の出来事だった。エルレイドのいたはずの場所にサーナイトが現れ、サーナイトのいた場所に突如としてエルレイドが現れたんだ。
初めて聞く技の名前に思考が停止する中、俺の怒涛の連撃はいとも簡単にいなされた。
いや、いなされただけじゃない。エルレイドが【氷の礫】をくらうも、【痛み分け】によって自身を回復してニューラにダメージを負わせたんだ。その素早く優美な手際には驚嘆するしかなかった。
だが諦めるわけにはいかない。
対してキュウコンの炎はサーナイトの攻撃により拮抗し、お互いに霧散しあう結果となって終わった。【トリックルーム】という環境の中では、例え先制技をこちらが仕掛けても相手に使われたら終わりなのだということを改めて実感せざるを得ない。
「ニューラ、一旦キュウコンの元へ戻れ!」
「ニュラ!」
苦しそうに顔を歪めながらも相棒は後方にステップしてエルレイドから距離を取る。その間、ミツルさんのサーナイトも【テレポート】によってエルレイドの傍へと帰る。両腕のブレードを構えるエルレイドの姿と、自身の念力によって宙に浮かぶサーナイトの姿はまるでトレーナーを守る騎士と天女のようなそんなイメージを彷彿させる。
だがそんな鉄壁の城塞であっても、野獣の血で滾(たぎ)る俺たちには関係のない話だ。
「キュウコン、悪いがニューラとの連携で決めるぞ」
「こんっ」
多少躊躇(ちゅうちょ)するキュウコンも、この戦況を察してか首を縦に振る。それに反応して、ニューラは爪をキュウコンの体に立てないようにして上に乗っかる。ニューラが跨っているような状態だ。
それを見たミツルさんは面白そうだなという風な表情でじっと佇んでいる。
「これで決めますよミツルさん!」
「望むところだよケンくん」
ダブルバトルというのは今では立派なメジャーバトル形式である。通常バトルにはシングル、ダブル、トリプル、ローテーション、そしてミラクルシューターという五つの種類が存在する。そして他地方には様々なバトルルールを用いてトレーナーの質を見極める施設なども存在する。
そんな中で昔はシングルバトルが主流だった今日(こんにち)、トレーナーの肥大化と多様化と共に上記のようなルールが作られてきた。
基本俺はシングル派だが、今のスクールではどの形式にも対応したバトルができるよう求められている。ただしスクールにいる間に所持できるポケモンの最大数は三体まで。それによってトリプル、ローテーションがギリギリ行えるまで制限が上がった。もちろん上限三体というのはスクールに連れていける数を表してて、スクール外なら別に問題は無い。
「一気に決めるぞ!」
「こんっ」
「ニュラ!」
ルールの多様化と共に進化し続けてきたのは技の多様化、そして技と技によるコンビネーションだ。それによって今までに見たことのないような技による現象を目の当たりにすることができる。だが、それでもその技同士の調和は難しいし成功したとしてもモーションが大きすぎれば相手には簡単に読まれてしまう。俺自身、そんなに成功した試しはないがこれだけは自信をもってぶつけられる。
「【妖しい光】だ!」
エルレイドとサーナイトに向けて疾走していくキュウコン。その両目はこっちからは見えないが真紅色に光り、煌々と敵の目を捉えようとする。
「サーナイト、エルレイド目線ンを逸らすんだ!」
ミツルさんの判断は的確で正しい。目線が合ってしまえば、ほぼ確実に俺のキュウコンなら相手を混乱状態に陥れることが可能だ。だが、それが一番の狙い。
二体の敵ポケモンがキュウコンから目を背けるその一瞬、俺はその時間が欲しかった。
「見せてやれキュウコン、【ブラストバーン】!!」
試合前にキュウコンに持たせていた木炭が今まで以上の音を鳴らしながら、道場を飲み込み焼き払わんとする熱量が放出される。それはキュウコンの九尾に倣うかのように枝分かれし、その一つ一つが大木のまるた以上の太さをもったギャラドスのようにうねり相手を灼熱の炎で噛み殺そうとする。術者本人のキュウコンもさすがの威力に、四肢に力を込めて床にひっつくのに必死だ。
「そしてニューラ、【よこ---」
俺のニューラへの指示は【ブラストバーン】によってかき消されてしまうが問題はない。いく度となく行なってきた連携攻撃だ、ただ今回に関してはニューラもはじめてキュウコンの大技を見る訳だから面食らっているかもしれないが。
その間ミツルさんがエルレイドとサーナイトに何を指示したのかはわからない。わからないが、今はニューラを信じるしかなかった。
ただでさえ炎が苦手なのに相手の出方次第によってはニューラが無防備なまま焼かれるだけになってしまう。
未だ火炎が道場の半分を埋め尽くす中、驚異的なのはこの道場の耐久度であり、ここがバトルフィールド用に建てられていなかったらと思うとぞっとする。ゾーンに関しても、トレーナーからはあらゆるポケモンの技を受けてもトレーナーを保護するようにできているので心配はしていない。
そして橙色の炎の粒子が消え去って、そこに存在していたのは片膝をつくエルレイドと床に伏せているサーナイトの姿であった。そしてサーナイトのすぐそばで倒れているニューラも確認できる。
どうやら読みは当たったらしい。
「サーナイトとニューラは、戦闘不能じゃな」
「ケンくんがなにをやったかはわからないけど、さすがだよ」
キワメさんがそう判断を下すが、ミツルさんがかけてきたのは余裕に満ちた言葉だった。
「そうでなくちゃ、面白くないからね」
ニューラがなぜあそこにいるかと言えば、作戦が成功したことを意味している。
実はキュウコンの背中にニューラを乗せたのは、九尾の間に隠れ潜ませる為にあった。【妖しい光】によって相手から視線を外させ、その間にニューラが九尾の中に忍び込む。これをやるとキュウコンは嫌そうな表情をするんだが、今は仕方がない。それによって次はそれがばれないようにキュウコンによる盲(めくら)ましと攻撃を兼ね備えた技をさせる。そして相手の出方を予想しての【横取り】をすることで相手に避ける余裕や防ぐことを遅らせるのが目的だ。
ちなみになぜ九尾に隠れるかは、保険のためのものなんだが次の機会があれば説明することにしよう。今回、ニューラが【横取り】したのはサーナイトの【テレポート】だった。つまり先にこちらが転移を行い、サーナイトの目の前に躍り出たニューラによる一撃によって拘束、そのまま業火に焼かれたのだ。
完全なる捨て身の攻撃。これによって相手片方のフォローまで送らせて確実に攻撃を当てることができる。できるんだが、まさか耐えるとは思っていなかった。
「ただ、この勝負は僕の勝ちかな」
「っ」
そしてその通りだ。
究極技【ブラストバーン】、それに伴う代償は反動だ。およそ自分の全体力を消耗させるこの技はリスクが大きい。
つまりこれで仕留めきれなかった場合、負けは確定するようなものだ。だが、それでも諦めて降参を選ぶ程できた人間でもない。
恐らくエルレイドが使った技は【堪える】。本当ならサーナイトによる補助を持って攻撃を免れるつもりだったみたいだが読みが外れたんだ。そしてとっさに【堪える】を指示したってのが妥当な読みなんだが、それでも瞬時にその判断ができるミツルさんもまた脅威だ。
「エルレイド、【サイコカッター】」
スピードはそれほどまで出てはいないが、それでもその早さに反応できる訳もなくキュウコンは手刀を受けて力尽きるようにして床へと倒れ込む。それをただ何も指示をだすことできずに見守るしかできなかった俺は、まだまだだなと痛感させられる。
「そこまでじゃな」
そこで告げられるバトル終了の合図。俺はキュウコンに駆け寄りボールへと戻した後、ミツルさんが抱えて運んできてくれたニューラを受け取る。
「ありがとうケンくん、面白いバトルだった」
「そうですか。でも次は負けません」
「何回でも挑戦は受けるよ」
「次こそミツルさんの本気、引き出してみますから」
そして俺が一番歯痒かったのは、目の前の人物に本気を出させることができなかったところだ。まだまだ修行が足りないな。
「楽しみだよ」
「期待しててください」
この人には嫌味ったらしく言葉を投げかけたとしても、こちらがたじろいでしまうような返答しか返ってはこないだろう。でも、それでも、目標はとりあえずできた。打倒ミツルさん、か。
「中々良いバトルじゃったぞ? 今日はもう休むとするかの」
「「はい」」
そこで合致する俺とミツルさん。
道場の窓を覗けば、外はすっかりと闇の帳に覆われていた。
久々にバトルで負けた感触は、でもあまり嫌な気分ではなかった。自分に足りないものが見え、そこに向けての意力も湧いた。それは確かな収穫であり、それが嬉しかった。
「ただ、浮かれてばっかしてられないな」
そう零した独り言は誰にも聞かれることはなく、俺は夜空に輝くブルームーンを仰いでミツルさんとキワメさんの後を追った。
第四章:完