III:スロットなる特訓
キワメさんに言い渡された最後の特訓内容、それは……『これを10連続で出来るようになれば、特訓は終わりじゃ』というもの。
これ、とは即ちスロットにおいてのスリーセブン(777)を10連続ということだ。
マジか……。
さっきキワメさんが稼いだ300枚のコインを受け取り、俺は一台のスロットの前で鎮座する。
耳を劈くBGMとスロット特有の打音に包まれながら、俺は人生で初のスロットに挑戦する。っていうか、18歳になってて良かったぜ。
スロットは列記とした風俗営業であり、確か協会の定めた風営法っていうのにひっかっかっている。18歳未満は立ち入りはおろか、遊戯機の使用も禁じられている。
はじめてだけど、やるしかない。キワメさんはさっさと家に帰ってしまい、どうもこれは課題をクリアしなきゃいけないみたいだな。
若干高揚感も覚えた俺の指が早速スロットのコイン挿入口に台専用の金貨を入れる。
ガシャンという音と共に三つある列全てが回り始める。
ぐるんぐるんと回るスロット。
列それぞれの下に設置されたボタン……。キワメさんは瞬時にボタンを三回連打して見事777をかました。
なら、俺も。
おりゃ!!
流れる柄のパターンを意識して、7の赤い文字のくるタイミングを見計らってボタンを押す。
ピタっと止まったスロットが表示する文字は7ではなく、サクランボ。
ん? サクランボ? サクランボって、何だ?
俺は台に描かれているコインの枚数チャートを確かめる。
サクランボxいずれかxいずれか=3枚
さ、三枚? あ、でも二枚儲けたわけか。
俺は多少なりとも挫けながら、残りの二つのボタンを押して出てくるコイン三枚を受け取る。
先は長そうだな……。
「む、無理だ……」
チャリン、と取り出し口に出てくるのはまたもサクランボによる3枚のコイン。かれこれ一時間が過ぎた頃だろうか。
大量にあると思われた300枚のコインは徐々にその数を減らしていき、とうとうこれが最後の3枚となる。
一体、どうなってるんだ? 何回やっても、タイミングがずれる……。
俺は一旦目を瞑り、考えを巡らせる。
もし7を敵だと見做して、他のを敵の攻撃だとするなら……本体を見極めれば良い。そういうことか? って、こんな考えに至るほどにいかれてんのか俺の脳みそ。
無理矢理にでも自分をそう納得させて、コインを挿入する。
ガコンという音と共に、スロットがまたも動き始める。
流れる絵柄。一つ一つが敵の繰り出す攻撃。【影分身】による、ダミーだと思えば!!
敵の本体を見極める!!
ポチっと勢い良く押したボタンが止まり、左端の真ん中に7の文字が止まる。
よし! この調子で!
知らない内に、さらにのめり込んでいた。
次第にバックで流れる音楽と他の人がスロットを回す音は聞こえなくなり、俺の集中力の全てが眼前のスロットに注ぎ込まれる。
汗ばむ手が、指が次の標的を定める。
おりゃ!!
7。
よしっ、最後だ!
並んだ7の二文字。これで念願のスリー7だ!!
ポチっ。
サクランボ。
一瞬目を疑った。なぜか最後の右の列には7が二つ。そして丁度二つある7の間にあるサクランボの絵で止まってしまっていた。
【身代り】からの【影分身】!?
さ、錯乱された……。 敵はなかなかに手強いぞ!
って、何やってんだ俺は…………。
他から見たらとてつもなく変人扱いを受けているであろう行為かもしれないが、ここはスロット場。全員が全員、自分たちの目前に備えられた台にしか興味がない。
気を取り直して、もう一回。
チャリン。
またもや回り出すスロット。
俺は慣れたもので二つの7をドンピシャリと当てとめる。
問題は最後のスロット列。
なんでスロットの前で皆が難しい顔して悩んでるのかわかったような気がする。一歩一歩俺も大人に近づいているんだな、うんうん。
と、そんな訳のわからない実感を噛み締めながら気の抜けない時間が流れていく。
なんてったってここでミスって次もミスったら自腹切るしかないんだ、覚悟しねーとな。俺の金銭感覚から言わせれば自腹なんぞ言語道断、ここいらで気合いの一発入魂を見せてやる。
流れる絵柄から見える二つの赤き印。高速で行き交うダミー達には騙されず、俺はスロットを睨み汗ばむ指をスイッチへと添える。
「おっと、ごめんよ」
その時、どんっとぶつかるのは後ろを通ろうとした客人A。
肩が押され、俺の腕が前へと傾き、指はボタンの端っこを、標準のずれたままに押してしまう。
「うぇ?」
ポチっ。
…………サクランボ。
まるでスロットが勝ち誇ったように、無言のままにを嘲笑しているように見える。
きっと後ろを睨んでぶつかってきた客人Aを探すも、この混雑な人混みの中に紛れ込み、検討もつかない。
手元を見れば、キワメさんが使っていた1000枚は入るという大き目のボックスにコインが一枚。俺の足元には巨大なボックスが後二つ置かれ、傍から見ればかなりバカげた光景だろう。
何こいつ意気込んで1000枚用を三つも持ってんだ? コイン後一枚だしよー、なんて聞こえてきそうだ。
くそ、やってやる!
最後のコインに全てを託して、スロットが回り始める。
最初の二つの7はもうお手のものだ。俺は確認するように背後を振り返り、誰も近くで歩いている者がいないかチェックする。
そして再度最後の難敵へと向かう。
お前の錯乱攻撃はくらわない。俺が、お前を倒す!!
瞳孔が開き、俺がどんだけ熱中しているのかがわかる。今までに味わったことのない、ポケモンバトルでも味わったことのない自分の欲との対決に俺は身震いしていた。金には貪欲に生きてきたつもりだったが、それはあくまで他人に対してだ。自分と金における駆け引き、ましてや真剣勝負なんてしたことはなかった。
俺の人差し指が掴むのは確かなボタンの感触。そう、全ての責任が自分にのしかかるこのとてつもないほどのプレッシャー、病みつきになりそうだ。
ポチっ。
7。
特殊な、ファンファーレを思い出させるような音楽と共に俺のスロットの台が輝き鳴りだす。
「っし!」
じゃらじゃらじゃらじゃらじゃらじゃら、と止めどめなく出てくる、出てくるはコインの濁流。それが指し示すのは己が自身の欲に勝利するという確かな感触だった。
このまま1000枚行ってやる!
そしてそれから三十分後、俺の両腕に重くのしかかるのは三つのコインケース一杯に溜まった3000枚ものコイン。
受付のカウンターにどんっとコインケースを置き、受付の人の多少の戸惑いが通じてくる。
「お願いします」
多少息を整えた俺は、受け付けカウンターの後ろで並べられた景品を指差す。
「キセキの種、木炭、神秘の雫をください」
これがキワメさんに言われた、買ってこいと言われたもの。
「はい、かしこまりました。それでは少しお待ちください」
受付人がケースを装置へと入れて、コインのカウントを開始する。
ガシャンガシャンガシャンという音と共に、最後にピーという終了を促す音が聞こえる。
「お、お客様、申し訳ございませんが10枚足りません」
は?
「スリー7を10連続で成されましても、スロット一回にコイン一枚ですので結果的に2990枚となっているのです」
丁寧な説明に、俺は稼いだコインを一つを返してもらい最寄りのスロットでもう一度スリー7を成し遂げる。
『こんなんじゃ、うちの商売あがったりなんじゃ……。て、店長?』
バイトの受付人が店長の方を恐る恐る振り向いているのが見える。なんか、そんなことを言ってそうな顔だ。しかし当の店長は営業スマイルを絶やしてはいない、プロだ、この人はプロだ。
いや、本当にすみません。
「これで、さっきの景品お願いします」
「は、はいっ!」
三つの景品を受け取り、ポケットの中へと詰め込む。
「後のコインは要らないので。後、多分もう来ませんから安心してください」
その時の受付の女の人のドキっとする顔と、なんだか頬を赤らめてこっちを見てくる視線に俺の方がドキドキしてしまう。
女性はちらりと隣の店長が他のお客の対応に勤しんでいるのを見て、俺の両手を掴んできた。
「え?」
耳元で囁くその人の声に、俺は一瞬意味がわからなかったが、でも彼女の悲しそうな目と笑みに頭が混乱する。
『おばあちゃんをよろしくね。それと、ごめんなさい』
彼女が残したごめんなさいという言葉。それが何よりこの人物がキワメの孫であることよりもひっかっかってならなかった。
その後、何も言わないままに受付を立ち去る。俺は多少なりともぽけーっとしながら、ゲームセンターから出る。
「早く、キワメさんに報告しなきゃ」
そう思い、俺は急ぎ足で岐波の岬で一つたたずんでいる家屋へと向かった。
きっとあのキワメさんの孫は俺が修行に付き合わされているということに対して謝罪したんじゃないだろうか。だと考えると、良い人じゃないか。しかしあんなしわくちゃなキワメさんの孫があんな美人だったとはな、案外当人も昔は……いやいや、んなわけねーか。
帰りの道中、一人そんなことを妄想していた。
夜空を見上げれば、満月が2の島全体を照らすほどに輝いていたというのに。
がちゃっと扉を開けば、キワメさんが一人テーブルの椅子に座っていた。
「言われたもの、取ってきました」
俺はポケットから景品の三つを取り出す。
「ふむ、早かったのう」
杖をカッと床について、立ちあがるキワメさん。
「キュウコンを出すのじゃ」
急な指示ではあったが、さすがにここまで来たら慣れたもんだ。俺はベルトからボールを取り出してキュウコンを出す。
「木炭を持たせてやれ」
俺はキュウコンに木炭を放り投げてやる。
かぷっと口の中でとらえたキュウコンは木炭を飴のように口に含んで、舌を動かす。
炎ポケモンにとっては木炭ってうまいのか?
「それじゃ早速外に出るぞい」
俺はキワメさんに続いて、外へと出る。
岐波の岬、俺がバンジーをさせられた場所の崖頂上部分ぎりぎりまで歩いていく。
「後はお主次第じゃ。炎タイプ系最強の最終奥義【ブラストバーン】。それはキュウコンに唱えてやるのじゃ」
キワメさんが俺と一向も視線を合わさず、ただ前方に広がる地平線を眺めている。
どうやら、ここが大一番みたいだな。
な、キュウコン?
「こんっ!」
意志疎通はばっちりってことか。
よし……。
俺は満月を一度仰ぎ、拳をぎゅっと握る。
「キュウコン、【ブラストバーン】!!!」
バチバチバチ! と、キュウコンの口中が今までにないぐらいの火花を上げる。
勢い良く、肺にたっぷりの酸素を送り込むキュウコン。胸が若干膨らみ、キュウコンの赤い目がきっと見開く。
その後、俺が見たものは夜空を焼き尽くさんばかりの業火と空気を裂いて焼く炎の轟音。
これが……【ブラストバーン】。まるで火の柱がギャラドスのように躍動し、それでいて時間が経つと共にその火力が増大していく。こんな技が存在していたなんて。
この時俺の胸の中で、何かが熱くなって体全身を包み込むように溶けていった。
「うむ、合格じゃ」
そんなキワメさんの声も、この幻想に心打たれていた俺には届きもしなかった。